イノベーショントップ
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05 イノベーションなるものの本質とは

(2024/01/09)

手段であって目的ではないとはいえイノベーションが必要なのは論をまたないことなのですが、どうも人それぞれに主張するイノベーションのニュアンスが微妙に異なり本来的なイノベーションとも認識のズレがありそうで、曖昧なままイノベーションを十把ひとからげに扱うのは適切ではなさそうです。

生起するメカニズムも担い手もイノベーションのタイプによって異なることもあり得て、それぞれ特性を見極め適した促進の方策を用いる必要があるのかもしれません。

イノベーションの類型

人的資本経営で意図するイノベーションはおそらくラディカルイノベーションでしょう。

ラディカルイノベーションは商品やサービスの基盤になる技術やビジネスモデルが従来の延長にない全く新しい技術革新・変革のことで、根本的な革新であり、対概念はインクリメンタル・イノベーション(既存の技術やビジネスモデルにおいて、小さな修正・改善を繰り返し図っていく変革)です。

商品の品質・性能・機能改善や業務の効率化などのインクリメンタル・イノベーションのほうが短期的な収益や生産性向上に有効なのですが、人的資本可視化指針にはしばしば「長期的な業績や競争力」というフレーズが使われていて、ラディカルイノベーションによる「新事業・新製品の展開」が念頭にあるとみてよさそうです。

ラディカル/インクリメンタルはたぶんもっとも古くから議論されているイノベーションの類型ですが、これを含めいろいろなイノベーションの考え方があるので、改めて主だったものをすこしおさらいしてみます。

シュンペーターの分類

イノベーションの父と呼ばれるらしき経済学者のシュンペーターは、イノベーションを「新規の、もしくは、既存の知識、資源、設備などの新しい結合(ニューコンビネーション)」と定義し、

アンパン

①プロダクト・イノベーション(新しい生産物の創出)
②プロセス・イノベーション(新しい生産方法の導入)
③マーケット・イノベーション(新しい市場の開拓)
④サプライチェーン・イノベーション(新しい資源の獲得)
⑤オルガニゼーション・イノベーション(新しい組織の実現)

の5つに分けて、イノベーションを「価値の創出方法を変革して、その領域に革命をもたらすこと」だとしました。

ビジネスのどの部分が結果的に変わるか、という切り口の分類だといえるでしょう。

新発明などしなくてもビジネスのあらゆるところにイノベーションのネタはある、イノベーションは誰でも担い手になるチャンスがある、という示唆でもあります。

シュンペーターのイノベーションにいついては小林のシュンペーター,イノベーション,技術革新(科学技術・イノベーション政策のために)(岩波書店 科学2018年4月号)が興味深い指摘をしています。

シュンペーターはイノベーションをこれまで組み合わせたことのない要素を組み合わせることによって新たな価値を創造することだとしているそうで、だとすると自分が思うにもともとイノベーションに技術革新はこれっぽっちも必須ではなくて、後になぜか日本で意味がすり替えられ一人歩きしているのかもしれません。

クリステンセンの分類

イノベーションの始祖だといわれるらしきデンマークの経済学者クリステンセンは、イノベーションを

①持続的イノベーション
②破壊的イノベーション
③効率型イノベーション

に分類しました。

それまでは、ラディカルイノベーションが既存先行の類似ビジネスの存続を危うくすると考えられていたのに対し、ラディカルかインクリメンタルか(従来技術との間の連続性の有無)と既存有力企業の存続・非存続をまったく別次元の内容の問題として捉えたのが、持続的/破壊的イノベーションの概念です。

既存有力企業の存続を危うくするのはイノベーションのジレンマで、先行企業にとって新規事業・マーケットは小規模不確実で魅力を感じにくく、参入するのは経営資源の散逸と感じやすくむしろ既存の商品を改良する持続的イノベーションのほうが収益増大につながる確度が高いので、新興市場参入が遅れ結果的に破壊的イノベーションに敗れることになると指摘しました。

既存のビジネスを破壊するのは新規参入企業であることが多く、新規参入するには既存企業と同じ土俵だと負けるので、新たな価値を市場に示して既存ビジネスの陳腐化を図る戦略をとるわけです。

破壊的イノベーションは課題解決手段を単純化し市場をダウンサイジングする試みで持続的イノベーションは現市場への適応強化の試みであって、いずれにしても商品やサービスの企画力が要なのかもしれません。

知的所有権による技術独占などの事情がない場合であれば、破壊的イノベーションとはブレイクスルー(技術的な突破・躍進)ではなく、ローエンド新市場創造を踏み台にしハイエンドを侵食する下剋上だといえます。

破壊的イノベーション

破壊的イノベーションは、企業と経済を成長させより多くの雇用を生み出すことができ、ほとんどの成長は破壊的イノベーションで生まれているそうです。

もっとも効率化イノベーションのほうが、雇用を削減するものの企業のキャッシュフローを改善する、つまり利益率や収益性を高めるとされます。

第03話 ビジネス収益性に効く組織能力とは で、現行業務の目的や成果物をより効率的に生み出すためのオーディナリー・ケイパビリティにおける改善活動に触れましたが、これは製品などの改良とともに地味ながら効率化イノベーションの代表例といえます。

破壊的イノベーションや持続的イノベーションはおおむね研究開発要員やエンジニアによって取り組まれることが多いのに対し、効率化や改善はイノベーションを本務としない営業や生産などの従事者が取り組むことが多いのが特徴で、いいかえれば取り組む姿勢やモチベーション、必要なスキルが異なる可能性があるといえます。

なおイノベーションとは直接の関係はないですが、「Jobs to be done(顧客が片付けたい用事・問題)」がモノやサービスを購入する理由になるとした「ジョブ理論」を提唱したのもクリステンセンです。

ジョブ理論は当たり前のことを言ってるように思えますが、お客様が商品やサービスを購入するのは、解決したいが自分では解決できない課題があって、商品やサービスに効果的に課題を解決できる機能があって、そのことをお客様が知ってる場合だけなのであって、そのことを正しく理解できている企業は意外と多くありません。

なおクリステンセンの主張については、佐野のイノベーションに関するクリステンセンの見解に詳しいです。

チェスブロウ、ヒッペル

アメリカの経営学者でオープン・イノベーションの父と呼ばれるチェスブロウは、オープンイノベーションととクローズドイノベーションの概念を提唱しました。

従来の自社内経営資源や研究開発に依存したイノベーションの「自前主義」といえるクローズドイノベーションは、製品の高度化・複雑化と競争激化などから限界を迎えたとし、「組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすことである」というのがオープンイノベーションの考え方です。

ユーザー・イノベーションを提唱したのはヒッペルで、ユーザーが直面する課題に対し、自らの利用のために製品やサービスを創造や改良することだといいます。

オープン・イノベーションやユーザー・イノベーションは、自社が保有していない多様な外部リソース特に知的資源をイノベーションに活用する、多様性メリットを導入する概念といえます。

もっとも、自社に全く経営資源のない分野のオープン・イノベーションは実施困難だし、ユーザー・イノベーションはともするとニッチマーケットに陥る可能性もあって、いずれにしても鑑定力が問われそうです。

ほかにも主張があるかもしれませんが、おおどころはだいたい網羅できているでしょうか。

ドラッカー

イノベーションについて語るなら知らずに済まない、ドラッカーによる世界最初のイノベーション方法論についての著作がイノベーションと企業家精神です。

イノベーションを創出するきっかけとなりうる要素を成功しやすい順に、予期せぬこと、ギャップ、ニーズ、産業構造の変化、人口構造の変化、意識の変化、発明と発見、と指摘した、1985年の出版ながらいまだ色褪せぬ著作です。

予期せぬ成功

多少の発明経験があれば結構納得いく内容で学ぶ価値は十分にあるのですが、何百万部売れたかわかりませんが、この書に学べているイノベーション事例はそうそう多くはないのではないかという気がします。

ちなみに同書では発明と発見つまり技術革新は高リスクで、イノベーションのきっかけとしてはもっとも低ランクに位置付けられていて、もしかすると技術革新信仰が逆に日本のイノベーションの芽を摘んでいるのかもしれないような気がしてきます。

ドラッカーも、ビジネスのあらゆるところにイノベーションのネタはあってむしろ、それに気づくかどうかがカギだと考えていそうです。

イノベーションをマネジメントする心構えを企業家精神と呼び、イノベーションを受け入れ、変化を脅威でなく機会とみなす組織を作ること、イノベーションの成果を体系的に測定・評価すること、組織人事報酬につき特別の措置を講じること、イノベーションを抑止するいくつかの禁じ手を理解すること、が重要だとします。

どうすればそのような心構えを身に着けることができるか、どうすればイノベーションのきっかけに気づきそれを使えるようになるのか、どう人材を育てればよいかについては触れられていなくて、ドラッカーほどの教養があればともかく、一般民がイノベータなり企業家になるのはこの本を読んだだけではやはり容易とは言えません。

組織変革と組織学習

ここまではどちらかいうとプロダクトイノベーションのニュアンスでまとめてきましたが、プロダクトインベーションと負けず劣らず重要ながら、イノベーション政策ではなんとなく軽んじられているように思えるのが組織変革です。

そもそもイノベーション能力の乏しい組織は、自己を変革しない限りイノベーションを起こすのは困難であり、仮に画期的なプロダクトイノベーションに成功したとしても、ビジネスプロセスやマネジメントが旧態然だと作るのも売るのも並大抵でないし利益を上げるのもままならないので、組織自体は環境変化に合わせ適切に変貌する必要があります。

范は組織変革と組織学習の関係についてで、

組織変革とは、組織が環境の大きな変化に適応するために、組織構造や組織文化あるいは経営戦略、その基本にある価値観などを大幅に変えて、質的に変容する過程

だといいます。

組織変革するために必要なのが組織学習で、范は呆れるほど多くある諸説の定義に共通する認識として

・必要な知識や技術、技能などを(組織が)習得すること
・組織内外の変化を適確に感知し、自己の組織の現状との差異を知覚、認識する能力を高めること
・組織の問題や課題を発見し、解決する能力を高めること

をあげて、組織学習は組織変革の基礎であり、組織変革は組織学習の結果として現れるといいます。

多くの研究は組織変革と組織学習の関係について、低いレベルの組織学習は低いレベルの組織変革を引き起こし、高いレベルの組織学習は高いレベルの組織変革を引き起こすと考えます。

すなわち、低次学習(シングルループ学習)は組織の既存規範と戦略に準拠した変革いわばインクリメンタルな変革を起こし、組織構造、規則体系などの手段や業務プロセスを変革する次元であり、いっぽうで高次学習(ダブルループ学習)は組織の行動を規定するビジョンや使命、世界観、価値などについての修正を引き起こすというような考え方です。

学習ループ

従来の延長線上にない経営課題や顧客課題に対処するためには、高次学習を通じた従来と非連続・高次の変革が必要だということになります。

※低次だとか低レベルだとかいう表現を使ってはいますが、くりかえし触れているように商品の改善や業務改善などのインクリメンタル・イノベーションは収益性に極めて重要で有意義な取り組みで、これをおろそかにしてはビジネスがうまく成長することはありえない事はここであらためて強調しておきたいと思います。

クジラやシャチでも集団の他の個体の狩りを真似て協調して集団狩猟行動をとるから、低次組織学習は極端に言えばそこそこの知能があればできそうですが、高次組織学習はいまのところ生起するメカニズムは突き止められていないようです。

ロナルド・ハイフェッツ教授は『最難関のリーダーシップ 変革をやり遂げる意思とスキル』で、何か複雑で新しい課題にぶつかった際に、技術的問題(課題の所在も解決法も明確)なのか適応課題(状況から学習しないと課題の所在も解決法も見いだせない)なのか見極めるのは難しいと指摘しているそうで、ある意味高次学習できていないと課題の本質を見通せないということかもしれません。

イノベーションの本質

物事を十把一絡げで考えるのは、結局のところ個別の事情のどれにも最適でない中途半端な理解になってしまい往々にして失敗するのですが、いっぽうで木を見て森を見ないのは細部に振り回されて本質を見落とすことになるので、常に両方の視点を持つことが大切でしょう。

共通する本質と個別の相違点として物事をとらえる方が、必要なメモリーやプロセシングリソースを節約できる気もするし、多少高次な認知の仕方に思えます。

イノベーションなるものの本質はなにかと考えると、社会的余剰を増大する試み、卑近な言葉を使うなら付加価値を高める行為といえるのでしょう。

余剰


消費者(あるいは顧客)はクリステンセンが言うところのジョブ(いいかえると顧客自身では解決できない課題)を持っていて、商品サービスにそれを解決しうる商品価値を見出せばそれを購入するわけです。

もっとも、仮に商品価値(図では消費者価値)より販売価格が高いと、顧客は購入メリットがないと考え購入を手控えるので、ある程度以上に購入メリットが販売価格(を負担するデメリット)を上回っている必要があります。

問題は顧客にとってジョブがどのくらい深刻で当人にとって解決価値があるか、人それぞれの事情で価値観が異なるし環境変化によっても変動するから生産者にはかりかねることで、それゆえプロダクトイノベーションを起こすメリットを判断しきれないのです。

いっぽう生産者は商品を販売用に確保するためいくばくかのコストを負担し、それに利益を加えて販売しようとするものの、利益(生産者余剰)を多く取くとると顧客の購入メリット(消費者余剰)が減って売れ行きが低迷します。

利益(生産者余剰)と購入メリット(消費者余剰)の分配はゼロサムで一定量をシェアするしかないものの、コストを低減するか購入メリットを増やす、つまり社会的余剰(メリット)総量を増やしプラスサムにするという取り組みがイノベーションの本質なのではないかという気がします。

ちなみにここでは顧客と生産者のメリット分配を念頭に説明しましたが、そもそもビジネスによって社会課題を解決するというスタンスが必要なのは言うまでもありません。

もうひとつイノベーションについてあらためて強調したいことは、技術革新だけがイノベーションではないということです。

自社で従来やっていなかった新しい結合の結果としてあらたな価値が創出されたら、それは規模の大小はともかくイノベーションであり、新技術によって創出した新製品はむろんですが、製造工程や事務処理の改善、新しい販売手段や顧客層の開拓、従来より生産性の高い組織作りなど組織変革も、余剰を増やす行為だからイノベーションだといえます。

また、経営環境もしくは世界は少しずつでも止まることなく必ず変化していくから、昨日まで顧客や社会の課題解決に最適であった商品やサービスも明日にはニーズと乖離が生じ、顧客が感じる購入メリットは減じていて、そういう意味ではイノベーションのネタが途切れることはないといえるでしょう。

発明は誰かが成功すればよい接的協働だし、イノベーションはみなが結集してできる連接的協働でしかも正しいことをやるのでなく正しいやりかたを探す試行錯誤で、いっぽうで事業化以降は効率の追求が主目的になり、まったくコントロールのしかたや課題アプローチが違う取り組みといえます。

最終的に社会課題解決を達成するまでには、動機も、実現手段も、実施に携わる役職・役割や関係者の多彩さも、必要なスキルも、むろん難易度や影響範囲もさまざまで、イノベーションを成功させるためにはそういった多様な要素を踏まえてそれぞれのケースに合致した方策を実施していくことが必要になり、それをうまくマネジメントできる人材が必要になるということです。

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