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09 イノベーションのための戦略作法/創発戦略編

(2024/05/07)

記事第08話 イノベーションのための戦略作法/リスク対応編では、一時的突発的な経営環境変化など不測の事態に対する戦略上の注意喚起をしましたが、予測できないという意味ではもう一つ、商品が市場に受け入れられるかどうかさえ分からないカオスな事業開始段階とか事業の推進に不可欠な情報が全く入手できない場合などがあります。

こういうケースでは従来は、創発的戦略と呼ばれるいわば後付けの戦略形成がされると言われてきましたが、これについて近頃はかなり体系的な検討がされているので、ざっくり俯瞰しておきます。

新発明や新しい概念の商品化などはいわば未踏領域で、ある意味ややもすると自己流で試行錯誤的に取り組みがちだったケースでも、体系的に取り組める可能性がある方法論があるを知っておくのは有効だと思えます。

軌道修正前提の計画的戦略

「一方的に計画的で、まったく学習のない戦略はほとんどない。しかしまた、一方的に創発的で、コントロールのまったくない戦略もない。現実的な戦略はすべてこの2つを併せ持たなければならない。つまり、学習しながらも計画的にコントロールするのである。別の言い方をすれば、戦略は計画的に策定される、と同時に創発的に形成されなければならない」

ミンツバーグ、アルストランド、ランベルは著書戦略サファリで、現実的には計画的戦略と創発的戦略の両方が必要だといっているのだそうで、環境からの学びを反映する仕組みがない事前決め打ちの戦略は現実的でない、と主張します。

※この指摘で大事なのはいうまでもなく、環境を反映する仕組みの有無はむろんですが、環境から学ぶ仕組みがあるかどうかにあります。なお環境からの学習には、戦略策定時点では把握・反映できなかった影響因子の影響を試行錯誤しながら特定し対策を戦略に反映するという側面と、戦略遂行の途上で起こる予測できなかった環境変化を観測し戦略を更新する側面と2つの観点があると思いますが、後者の対応については記事を改めます。

わかり切っていると思える事業ドメインであっても戦略論の大家がそういっているのだし納得もできるのですが、従来一般的に言われていた創発戦略はリーダーの属人的スキルなどに依存して再現性があるともつじつまが合っているとも言えなさそうなモノだったし、戦略を創発していると自称しているにしては、単に戦略策定を手抜きしているようにしか見えないケースも少なくありませんでした。

不確実性下の経営戦略・経営計画

伊藤は、不確実性のもとでの事業計画法の多様性に関する考察:学習計画法(Learning Plan)の意義で、事業計画について

『従来通りの、1点のみを予測する方式での事業計画の方法では、期待したように機能しないばかりか、組織にもたらす弊害も大きい。不確実性が高いとは、現実が予測できないということである。そうである以上、予測したシナリオの通りになるとは限らない。予測があたらないケースも多くなる。誤ったシナリオにあわせて行動を続けていけば、破綻が待ち構えている。』
『あらゆる状況で機能する事業計画手法を考えるのは現実的ではない』
『不確実性が高い状況下では、様々な前提や可能性を仮置きした複数シナリオを公式の場で検討し、方針転換を想定した資源配分をする必要が生じている』

と事業計画の硬直化に警鐘を鳴らします。

『不確実性の程度にあわせて、もっとも適切な事業計画の手法を選択できるように理論構築』すべきだというのがこの研究の主張であり、不確実性の程度にあわせて『学習計画法』『DDP』『マイルストーン計画法』『ステージゲート法』『通常の事業計画』を使い分けて事業計画を作ることを推奨しています。

事業計画はすなわち経営戦略の実行シナリオだから、経営戦略が不確実性を前提にして立案されるべきで、曖昧性をどの程度見込みクリアする手順をどう選ぶか、どう結果を学習し計画を見直し確実性を高めていくか、その意思決定やプロセスつまり事業計画の立案手法をどう選ぶか、それら自体が重要な戦略判断だといえます。

事業戦略の実行プランが事業計画だし実行結果を戦略にフィードバックするから、ここでは戦略と計画とか、あるいは経営戦略/事業戦略など厳密に区別せず説明しますが、その点ご了承ください。

通常の事業計画

とても簡単に事業戦略の立て方のおさらいをすると、多少前後する場合はあってもおおむね最近の経営戦略とその課題で説明したように、
01.理念ミッションの確認
02.ビジョン策定
03.環境分析(外部)
04.環境分析(内部)
05.統合分析
06.ドメイン設定
07.戦略ブレークダウン
といった手順が一般的な取り組みで、これを実行スケジュールに落とし目標値を設定したのが事業計画です。

事業計画は「企業が将来に到達すべき未来のあるべき姿(=ビジョン)の実現計画」であり、仮定や前提があったとしても充分に確度の高い予測・単一シナリオとして同意され事業収益予算として提示されて業績コントロールのよりどころになります。

しかし策定過程で事業戦略や計画に埋め込まれた仮説が実行時に検証されず、計画修正の検討に至らないことも少なくありません。

戦略は目標に向かってベクトルや足並みをそろえるのが目的だから、不確実性がない前提なら唯一無二のコンセプトが掲げられるべきで、最上位に複数もしくは曖昧な戦略が掲げられるのは解釈にバラツキができてしまい原則的に心得違いになります。

シンプルな経営環境下で目標が1点のみなのが従来の事業戦略・事業計画で、計画実行にあたっては不確定要因がないハズだから遅れも予算オーバーも考える必要が無く、環境からの学習も必要ないから実行に試行錯誤もオーバーヘッドもなく、計画通り効率的に事業完了するはずです。

一点狙い

当然ですが現実にはピッタリ計画通りに物事が進むわけがなく、少なくとも進捗の管理とコントロールが不可欠で、それでもたいていの場合にはスケジュールや成果は当初予定と乖離が発生してしまい、その理由はいうまでもなく当初予想し得なかった不確実性があるからであって、1点狙いはあくまで理想ではあります。

もっとも産業組織心理学では、ベストを尽くせと命じるより1~2割ハードな具体的数値目標を明示するほうが好成績になることが知られていて、1点狙い高ハードル戦略が人の認知に適したミッションなのかもしれません。

※ノーベル経済学賞を取ったサイモンは、全知全能の神にあらざる人間はすべてを知り完璧な判断をすることができず、自己の限られた知見と判断の中で合理性を追求するという、限定合理性という概念を提示しています。経営戦略や経営計画は、身も蓋もない言い方になってしまいますが、そういうものなのかもしれません。

ステージゲート法

化学系ブティック型(領域特定型)日本企業へのステージゲート法適用の課題と提案で金子らは、

「ステージゲート法とは、研究開発テーマを管理する手法である。研究から開発に至るプロセスを5~6段階の「ステージ」に区切り、ステージの間に「ゲート」を設け、研究開発テーマをふるいにかけて、絞り込んでいく仕組みである」
「ステージゲート法の目的のひとつは、研究テーマを明確な基準を用いて段階的に絞り込むことである。」
「ゲートの基準に沿った事前調査を促すことで、問題が後から発覚することを減らすことができる」

と指摘し

「「多産多死型」の研究開発を前提とする」
「最大のメリットは「意思決定プロセスの明確さ」」

だとも言っています。

ステージゲート

金子は研究開発テーマを合理的にスクリーニングする手段として説明していて、コンセンサスが得られた既知の評価基準を使っていくつかのプランをふるいにかけ淘汰選別する方法だといえ、いわゆるデザイン思考の試作/テストはこれに該当するような気がします。

複数プランの比較優位性を客観評価する手法、すなわちテーマ絞り込み基準とその評価実施タイミングに曖昧さが無く納得感がある場合に、プランの実行過程をいくつかのステージに分けて、ステージアップ時の関門でプランの完成度の評価・その後の処遇決定をすると言い換えていいでしょう。

マイルストーン計画法

ここでいうマイルストーン計画法はどうもプロジェクトマネジメントでいうマイルストーン(どちらかいうとステージゲート)とは少し意味合いが違ってるようで、情報の少ないマイルストーン計画法の概要がわかるのはMilestones for successful venture planningです。

かなり詳細な記述があって参考になるのですが、とても端折っていえば、

ステージゲート法がステージ満了段階での活動成果の出来上がりを評価して足切りするのに対し、マイルストーン計画法は事業が成立するための前提仮説の真偽を適切なタイミングで確認して、その結果を踏まえ次の行動を決める手法、のようです。

マイルストーン

目標燃費50km/リットルのエンジンが出来るまで次の開発段階に進まないし作れなければ開発中止するのがステージゲートで、燃費50km/リットルの乗用車は作りさえすれば本当に売れるのか企画フェーズから技術開発フェーズに移行するときに仮説検証(たとえば再マーケティング)をする、というのがマイルストーン、といったイメージでしょうか。

50km/リットルを実現しさえすれば売れる、というのはあくまで50km/リットルの車を多数消費者が必要としているという仮説が前提にあるわけで、仮説の検証ができていない(仮に作れても売れるかどうかわからない)ほうがより不確実だといえます。

不確定要素は多いもののどんな時にビジネスが成功しそうか、それなりビジネスの土地勘があって支配要因となる仮説を特定できるときに使える手法といえそうで、いつ、どの仮説をどうやって検証するのか、あらかじめ計画しておくことが重要なのだそうです。

次のDDP記事の参考文献新規事業評価のためのDDP(discovery driven planning)に関する考察も、マイルストーン計画法を実行する参考になります。

DDP

DDPはdiscovery driven planningの略で仮説指向計画法と呼ぶ場合もあるようですが、これまでの経験則が通用しない状況、たとえば必要な情報が欠けていたり矛盾した情報が同時に見いだされたり、仮定を多く含んだ情報にもとづいて計画を立てなければならない場合に有効な、不確実な状況についての学習に重点を置く手法だそうです。

新規事業評価のためのDDP(discovery driven planning)に関する考察DDP仮説指向計画法の意義などの文献が参考になりますが、特徴として逆損益計算(ゴールを達成する条件を洗い出すために、ゴールを分解して仮説を洗い出す手法)があげられます。

マイルストーン計画法のように仮説を設定するのが難しい土地勘のない事業のとき、目標利益など最終目標を実現するための要素(たとえば売り上げ額と費用)を選び出してさらにそれらを実現する要素・・・・、と「逆」向きに要素分解を繰り返していき、最終目標達成するためのそれら要素を仮説群として抽出したうえで順次もれなく(または事業の行方を左右する重要仮説を)検証するという概念です。

逆損益計算

逆損益計算が漠然としたビジネスの重要仮説を特定するための手法で、引き続きマイルストーン計画法で仮説を検証する、それら両手法と付帯するテクニック全体をまとめてDDPと呼んでいる、という感じだと思います。

事業計画策定時に確たる根拠のないまま仮置きで決めた売り上げとか原価率が、一人歩きし皮算用から乖離して事業崩壊の引き金にならないよう、事前に検証プログラムを決める考え方といえそうです。

学習計画法

もっとも不確実な状況で事業計画を策定するための戦略として不確実性のもとでの事業計画法の多様性に関する考察:学習計画法(Learning Plan)の意義が紹介するのが学習計画法です。

「学習計画法がよく適合するのは、具体的な最終目標でさえも不明確である場合、あるいは最終的な目標はいちおう明確になっているがそこに至るまでの道のりが不明確である場合・・・目標達成へのマイルストーンとその達成過程を事前に定義することが難しい状況であるため、DDPのようなマイルストーンの事前設定を前提とする事業計画手法は適用できない」

といいます。

ここで用いられるのは「規律的な仮説志向」で、

「正確な情報が得られなかった問題について、仮説として推定する。仮説として仮置きした変数や項目について、実際の状況を観察し、実験・実証を繰り返すことで、仮説のうち正しいものは検証されて保持され、現実に合わないものは棄却・修正される。この結果、問題についての理解が促進される。一度に問題が解決することはなく、残された問題についてまた新たに仮説を構築する。このプロセスを繰り返すことで、組織内で学習が促進され、知識が蓄積されていく。規律的な仮説志向のアプローチは、テスト・アンド・ラーンのアプローチとよばれることもある」

「注目すべき不確実性が確定したら、その次に、迅速かつ経済的な方法でその背後にある仮説を検証し、知識を蓄積することによって事業遂行に関わる不確実性を削減していく。分岐や確率変数が把握できるレベルまでこのプロセスを繰り返すことで、事業についての最適な実施方法が明確になると期待される」

学習計画法

「進むべき方向性が明らかになってDDPが適用できるようになるまでに、経験によると3~4回ほど学習ループを回す必要がある」

「学習計画法を実行し学習ループを何度か繰り返すことによって、事業の構造が明確になるか、事業の可能性が完全に棄却される。この意味では学習計画法は、DDPの準備段階の手法として位置づけることができる」

のだそうです。

ここで重要なのは、事業計画の不確実性を減らして事業を成功させること以上に仮説検証と知識蓄積すなわち組織学習であって、これはいわばダイナミックケイパビリティの発現であり、そのビジネスの土地勘を養い競合優位性を高めることにつながります。

もっとも土地勘のないビジネスで仮説検証をするのは当初は盲撃ちをするようなもので、その結果が体系的な意味を持つまではかなり効率の悪い作業になるので、よほど体力があってかつ試行錯誤のセンスと開拓者としての強い意志が必要なのかもしれません。

それが難しい場合には、次に述べる思い違いされた創発戦略はお勧めできないので、実りは小さくてもより確実性の高い戦略を選択するのが賢明だと思います。

思い違いされた創発戦略

いきがかり上説明しておくと、不確実性のもとでの事業計画法の多様性に関する考察:学習計画法(Learning Plan)の意義では、創発戦略の原動力といえるインターラクティブ・コントロールについて、

「トップ・マネジメントの問題認識容量、情報処理能力は有限であり、希少資源であるため、企業の存続にとって影響の大きい戦略的不確実性に関心を傾斜させる必要が生じる。戦略的不確実性を個人的にモニターするために利用されるのが、インターラクティブ・コントロールである。・・・トップ・マネジメントが注視しているという事実は、組織構成員にも大きな影響を及ぼし、戦略的不確実性に関する情報収集、意見交換が促進され、戦略変更の可能性を広げるというのが、インターラクティブ・コントロールに期待された役割である。」

「インターラクティブ・コントロールは、戦略的不確実性のモニタリング、対話の促進については(いろいろな文献で)記述されるが、どのように戦略が変更されるかについてはブラックボックスになっている。」

「インターラクティブ・コントロールを採用することによって、組織全体の試行錯誤の方向がトップ・マネジメントの関心事である戦略的不確実性の周辺に限定される。学習の方向性を絞り込むことは効率的である反面、情報収集の範囲がせばまることを意味する。インターラクティブ・コントロールが有効か否かは、トップ・マネジメントの資質に負うところが大きい。継続的な学習プロセスもきわめてインフォーマルであり、強制力をともなわない点で、規律的な仮説志向のアプローチとしての特徴を有する学習計画法(DDP)とは異なるアプローチであるということができる。

と指摘します。

要は、技術・市場・組織・資源すべてに深い洞察を持つ稀代のリーダーの正しい直感のもと、阿吽の呼吸でトップの関心のありそうな情報を配下が自律的に収集解釈し対処法を考えて、それをどうにかして会社の戦略に反映し望ましい状態に近づく、というのが創発戦略の概略であり、リーダーの思惑を部下が忖度しフォローするための日常コミュニケーションがインターラクティブ・コントロールといえます。

リーダー

もっとも経営環境はしばしば、稀代の経営者が身に着けた勝ちパターン(ドミナント・ロジック)とかヒューリスティックでは説明対処しきれない変化を起こすし、稀代の経営者の部下は往々にしてトップのドミナント・ロジックを再現する能力はない(もしくは能力があるため逆に出る杭打ちされかねない)し、組織構成員のベクトルがうまく揃い効果的の物事が進む可能性も微妙で、VUCA環境下で非規律的取り組みが成功するのはとても難しそうだとしかいえないでしょう。

不確実性と組織学習と環境適応

人間は不確実性を克服するため、イノベーションを起こして文明を発展してきたといっても過言でなく、そこには常に仮説の検証と学習があったともいえます。

創発戦略はそもそも見方を変えると知識の探索を怠って組織学習に投入するコストを削減し、特定のオペレーションに集中して部分最適化しているだけなので、結果的に新たな組織智の蓄積がおろそかになる危険をはらみます。

一時的にはリーダーのドミナント・ロジックで凌ぐことはできたとしても、環境から学習しなければ次第に環境との乖離が無視できなくなるか救いようのない井の中の蛙になって、いずれにせよ経営能力が低下し衰弱していくのは明らかです。

ひょっとしたら昨今の日本の失われた30年とやらは、創発戦略の濫用に安住してしまった深刻な後遺症かもしれないと思えてなりません。

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