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32 リーダーシップとはすなわち変革実践能力

(2023/02/05)

『第27話 リーダー・マネージャ育成の第一歩は役割定義』で、このホームページではリーダーの役割を
現状の延長では解決できない課題を認識して組織メンバーの先頭に立って解決に取り組むこと、環境の変化に対処して組織に変革をもたらすこと
と定義し、もっとも、
リーダーシップとマネジメントは同じ人材に混在して両方をこなしつつ、役職が上がるほどリーダーシップの比率が増える
と考えました。

リーダーシップとは何か第一線の研究者の統一見解すらない概念だからあくまでもここでの仮の定義であって、経営状況変化によって求める行動は変化するだろうし、会社ごとに経営環境を踏まえてマネージャとしてあるいはリーダーとして何をやってほしいのか具体に役割を定義する必要があります。

ここではリーダーの役割を変革・イノベーションだとしますが、どうすればそういう人材を確保できるかやはり研究者でさえ結論できていない問題で、しかも本来はイノベーションや組織変革などの膨大な知見を踏まえて考える必要があって書ききることすら容易でなく、とはいえ触れないわけにもいかず、ここでは自社なりに考えるたたき台として問題提起と解決の糸口を探すレベルでひとまずまとめたいと思います。

リーダーシップ研究の一例

狩俣は、リーダーシップスキルとリーダーシップ開発(経営研究. 66(2); 21-49 2015-08)で、

リーダーシップは少なくとも、次の三つの影響過程として現れる。
(1)部下に対する直接的な働きかけ
【目標の提示】
 部下の仕事が何かを明確にすることで彼らや彼女らはエネルギーをその目標達成に集中する
【目標達成のための技術的指導】
 目的達成に必要な知識や技能が高まることで部下は業績を高めることができる
【動機づけの役割】
 目標を積極的に達成するように動機づける
(2)組織(集団)要因の形成に及ぼす影響過程
組織構造、規則体系、報酬体系、組織文化など、組織機構を形成する役割を果たし、組織安定・秩序維持をはかる
(3)価値創造や意味創造への影響過程
従来の秩序や価値を変革し新しい価値や意味を創造することで、人々の相対立する価値や選好あるいは欲求を調整し統合し環境で生存できる活動領域を創造したり、あるいは人々に共有される新たな意味や価値を形成する

といい、やはり若干マネジメントが混ざっているのもやむを得ないとして、これらの役割に求められるスキルや能力は
①目的やミッションの形成
②専門的知識・技能の指導
③動機づけ
④組織変革
⑤組織の意味創造や価値創造
⑥意味形成(現在進行している状態に対する意味を形成したり、ビジョンや戦略について新たな意味を形成すること)
⑦コミュニケーション(相互主体的な多面的連続的相互作用の過程で、明示的レベルと暗示的レベル、伝える方法、他者との関係のあり方によって、意味形成が異なる)
⑧システム統合(内面的な意識や認識など/表出する役割行動など/会社の分化や人間関係など/経営戦略や各種制度などの、4象限の成熟度のバランスをとる)
⑨次世代のリーダー育成
⑩自己学習と成長

だといいます。狩俣はまた同報告の中で、
従来のリーダーシップ研究やマネジメント研究で論議されているリーダーシップスキルや管理スキルを検討してきたが、多種多様なスキルが表されている。このことは、組織階層のレベルの違い、すなわちトップレベル、中間管理者レベル、現場レベルによる違いによって求められるスキルも違い、またそれぞれの研究者がリーダーないし管理者の役割や職務の中でどの職能や役割を重要視するかによってリーダーに求められるスキルに違いがあるからである。

といい、リーダーの立場と求める役割を明確にしなければ、必要な資質も育成方法も特定できないことを強調しています。

リーダー

ちなみに上に引用した役割とスキルは、リーダーに共通する記述と思えますが、かなり高ハードルといえそうです。

竹林によるリーダーシップ研究の発展と課題(大阪明浄大学紀要 第4号 2004/03)でも、

リーダーシップに関する文献を 3,000 以上も検討したストグディル(Stogdill, R. M.)は「リーダーシップの概念を決定しようとした人と同じぐらい多くの異なったリーダーシップの定義が存在する」としている

としたうえで、変革型リーダーの役割は

(1)組織に強固なビジョンとミッションを提供する
(2)フォロワーが十分に行動しうるよう個別の配慮を行う
(3)フォロワー自身が自分で問題を認識し、その問題の解決方法を自分で認識するのをサポートする
(4)スローガンなどのフォロワーの努力を集めやすいようなシンボルを構築する

ことを通じ、フォロワーに「リーダーと同一である」という感情を起こさせ、指揮をするというよりは教えることによってフォロワー個人の意識を変化させ、組織全体をよみがえらせ、変革することを目論むことだといいます。

変革型リーダーシップ研究では Bass & Avolio(1994)が有名なようで、

(1)理想化による影響(カリスマ性)
同一化を通して(モデルとなって)部下に影響を与える
(2)モチベーションの鼓舞
フォロアーの中に目標達成・ビジョンの実現に対する内発的な動機づけを生み出す
(3)知的刺激
部下の問題の認識力、問題解決力、思考力、想像力を喚起させ、部下の信念や価値を変える
(4)個別の配慮
個人的な注意を提供し,従業員を個々に扱い,コーチし,アドバイスする

と、やや味付けが異なります。

また、
調査研究報告書 No.124『雇用管理業務支援のための尺度・チェックリストの開発―HRM(Human Resource Management)チェックリスト―』(旧 日本労働研究機構 1999年)の経営者へのアンケート項目(Ⅱ.リーダーシップ/トランスフォーメイション)は、詳細は省きますが
①カリスマ的リーダー行動
②組織変革
③リーダーへの信頼・崇拝
④個別的配慮
⑤知的刺激

の5要因を変革型リーダーシップの度合いとしているので、こちらも参考になるでしょう。

変革型リーダーシップなるものもどう行動すればよいか、そのためにどのようなスキルが必要か、科学的に根拠のある明示的な見解もあまり見当たらなくて、ある意味情報を発掘したり内容を吟味する行為を通じて、今の自社なりの変革型リーダーシップ像を考え直すことが有益なのかもしれません。

リーダーシップ能力の強化手法に心当たりがないわけではないのですが、それこそ役割を特定しなければならないし、科学的に検証している手法でなく公に効果が認められているわけでもないので、ここでの紹介は差し控えます。

リーダーシップを養成する手法とか研修は世の中に少なくないですが、定義や根拠があいまいで個人的にまゆつば感は否めなくて、内容の妥当性に大いに疑問を持たずにいられません。

変革者としての素養・能力とは

仮に上記のような特性や能力があればリーダーとして変革に着手し成功を収めることができるか、というと実は全然そうではないのが現実の難しさです。

変革行動を開始する前にそもそも、自社の課題を認識し、変革する必要性に気づき行動を起こし、変革行動の手ごたえを踏まえた戦略立案が必要で、また変革に着手してからは順調に進めるためのマネジメントスキルと常に目的に立ち戻る意識が必要で、これらの能力を備えた人材の絶対数自体が少ないと思えるのです。

課題を認識する能力

変革を起こせる1番目の能力は、課題を自責にできるかどうかにあると思います。

たとえば自社の業績が思わしくないとしたときに、その原因が新型感染症の大規模流行だとか政府の景気刺激不足だとか他責にして、原因解決しようがないからと行動を起こさない人は多いものです。

心理学の概念でローカスオブコントロール(統制の所在)という概念があって、コロナとか政策のせいにするような外的統制思考の人は、物事の成否を決めるのは状況や運次第だと考え自分の行動を見直さない傾向があるといいます。

反して内部統制の人は、物事がうまくないとき自分の努力が足りなかったと結果の原因を自分の中に見いだす傾向で、それなりに行動と結果を自分でコントロールできると考え自分の人生を自ら切り開く傾向が高いのだそうです。

状況打開の努力をしているのを誉めることで内部統制傾向を強化することができるのだそうですが、外部統制に凝り固まった人にはもはや、自分で状況をなんとかしようと考えるのは困難かもしれません。

また、昔からこうやっているからとかこうやれと指示されたから、という理由で、漫然と仕事をやる人も少なくないものです。

実は人間は、脳を使うのが最もエネルギーを消費するので、慣れてくると省エネルギーのためなかば無意識に行動するようになって、問題や課題を見出す思考機能を停止して消費エネルギーを節約するようになるようです。

ビジネス環境は刻一刻と変化してチャンスが訪れることも危機に見舞われる事もあって、本来はそれを察知しビジネスを環境適応していかなければならないのですが、他責にしたり脳が休止している状態では課題に対峙できるはずもなく問題がある事すら気づかないでしょう。

メタ認知をトレーニングしたり、仕事に対して興味、コミット、モチベーションを喚起するのが良いのかもしれません。

変革を思いつく能力

2番目の能力は、変革を思いつけるかどうかかもしれません。

従来のビジネスのやりかたで成果が順調でない場合に、従来とは別の手段でも同じ目的を達成できるかもしれないことに気づけば、それを試すだろうし自分なりに工夫することもあるでしょう。

もし従来のやりかたしか知らないし考えつかない場合、既成概念が強すぎる場合などは、従来のやり方をもっと頑張るしかなくて変革することに思い至らないかもしれません。

日本の芸道・芸術修業における段階を示した概念で「守破離」がありますが、変革(離)を起こすにはまず現行のやり方(師や流派の教え、型、技)を忠実に守り確実に身につける段階(守)をクリアし、さらに他の師や流派の教えについても学び考え良いものを取り入れ心技を発展させる段階(破)を経て、攻守に工夫する余地があることを見出し開発していく必要を説きます。

守破離

少なくとも変革に必要な広い一般知識・セオリーつまり異なる正しいやり方や考え方を学び、かつ、変革を奨励し意識づける企業文化がないと、変革どころか従来と異なるやり方があることに気づきさえできないかもしれません。

変革のアイデアをより有益なものにするためには、多様性に富む複数協力者の巻き込みと参画も積極的に行いたいところです。

変革戦略の設計実践能力

変革の目標イメージがおぼろげながらに気づけたとしても、どうすればその状態に移行できるか、どんな試行錯誤をすればその手掛かりがつかめるか、どこにどのような影響が出るか、仮説を立て検証を重ねながら変革の戦略を設計する能力がなければほぼ確実に迷走したり座礁したりするでしょう。

こればかりはビジネススクールあたりで各種戦略フレームワークはじめMOT(技術経営)などを学んだうえで、自社ビジネスに精通し、経験を積んでテーマに応じた応用の仕方を学び、理論と実践を積み重ねるしかないのかもしれません。

創発的に戦略を立案するパターンもあれば現場情報を意味づけして経営へ伝達しトップダウン戦略に再編する場合もあり、何年後をターゲットにした戦略なのかによっても手法も打ち手も変わってきて、決め手といえる普遍的方法論はいまのところ思い当たりません。

プログラム&プロジェクトマネジメント

変革は有期の活動といえ、その始まりから終結までは基本的にプロジェクトマネジメントの考え方で統制していきます。

プロジェクトマネジメントに関するノウハウや手法を体系立ててまとめたものがPMBOK(Project Management Body of Knowledge)で、これに準じて進めるのがおおむね最も賢明といえるでしょう。

もっともプロジェクトの本来の目的ではなく手段が目的化(競争優位になるためだったITシステム導入が目的化するとか)してしまうことがあったり、複数のプロジェクトがうまく連携できないなど、結局当初の変革目的が達成できないことが往々にして生じるので、昨今ではP2M(プログラム&プロジェクトマネジメント)の考え方が重視されるようになっています。

詳細説明は割愛しますが、プログラムマネジメントやプロジェクトマネジメントの知識やスキルも押さえておきたいところです。

最低限リーダーに必要な要件とは

果たすには相当に難度が高い変革リーダーという役割ですが、精査したら大部分はリーダー自身がやらなければならない役割でもなくて、能力のある優秀なフォロワーがいれば委任しても何とかなる仕事も多そうです。

とはいえリーダーにしかできない役割もあるはずで、これもやはり100人が100人とも異なる意見になりそうですが、最低限、決断することはリーダーにしかできない役割だと思うのです。

常に、そもそも何を目指す変革なのか、おおもとに立ち返って不完全な情報の中で方針を定めやるべきことを決め、そしてメンバーたちを納得させ行動させることがリーダーの役割ではないかと思います。

分かれ道

ではどうすれば正しいあるいは正解に少しでも近い判断を下せるのでしょうか。

実はそのヒントになるのが、アメリカの経済学者サイモンが提唱した限定合理性(bounded rationality)という概念で、サイモンはこれを含む一連の人間の意思決定に関する研究でノーベル経済学賞をとっているのですが、Wikipediaによれば

合理的であろうと意図するけれども、認識能力の限界によって、限られた合理性しか経済主体が持ち得ないこと

だといいます。

あえて意訳すれば、決断を迫られた人間は意思決定にあたって
1.複数の代替案を考えようとするものの断片的な知識と洞察しか持ち合わせていないから、網羅性が乏しく偏った選択肢しか思いつかず
2.代替案を実行したときに起きるであろう各々の実行結果の予想も不正確だし
3.起きるであろう結果から見込めるメリット予測もあいまいなうえ
4.代替案を採択する決定根拠自体があいまい
なために、完全に合理的な決定はできず主観的合理性でしかない、人間の判断は所詮合理性には程遠い、という概念です。

ということは、知識や洞察を強化すれば取りうる代替案の網羅性は多少なりとも高まるわけだから、PEST(政治、経済、社会、技術)、5フォース、3Cといった情報や経営学や応用心理学などの知見が多いほど、またその活用方略を多く修得しているほど、正解に近い代替案を考えたり結果を予測する精度は高まるでしょう。

代替案の実行方法は完璧とは言えないまでも経営学で学べるし、代替案実行によって得られるメリットの予測精度や決定プロセスの合理性は、意思決定理論のようなオペレーションズリサーチの知見を使うことで改善することができるでしょう。

中村はリーダーシップ論の展開とリーダーシップ開発論(経営力創成研究第6号,2010)で、

リーダーの育成には「一皮むける経験をさせる」ことが必要である

と指摘していて、経験から学ぶ能力も必要なようです。

よりよいリーダーシップはとどのつまりあくなき学びの上に成立し、教養の乏しいリーダーによる決定は合理性を欠く可能性が相対的に高いのかもしれません。

もうひとつ、リーダーに不可欠なマインドとして健全な危機感があるように思います。

ハーバードビジネススクールのジョン・P・コッターは、変革を推し進めるために『リーダーシップ論』(1999年)では危機感の醸成が必要だと主張し、『CHANGE 組織はなぜ変われないのか』(2022年)では危機感が強いと委縮するので生存本能より繁栄本能をレバレッジにすべきだと説きます。

「何としても二階に上がりたい、どうしても二階に上がろう。この熱意がハシゴを思いつかせ、階段を作りあげる。」と松下幸之助さんは言いましたが、繁栄本能が優位な人は願望を梃子にすればよいし、プロスペクト理論では損失感は利得感より意思決定に強い影響を与えるそうだから、危機感をうまく動機づけに昇華できる人はそれもいいのでしょう。

あえて生存本能と繁栄本能のいいとこどりを目論むなら、健全な危機感という考え方もまんざらでもないのかなと思う次第で、いずれにしても自分の知覚をうまく使うことが大事でしょう。

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