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31 マネージャ育成・メンタルヘルス対策編

(2023/02/05)

『30 マネージャ育成・組織市民行動促進編』では、モチベーション・コミットメントと組織市民行動や経営革新促進行動の関係について考えましたが、この記事ではメンタルヘルスについて考えます。

ストレス~メンタル不調

この記事を今読んでいる人なら先刻ご承知でしょうが、労働政策研究報告書No.147 中小企業における人材の採用と定着(労働政策研究・研修機構 平成24年3月)は、第3章 仕事や職場の状況とストレス反応 で、メンタルヘルス対策について

「民法、労働契約法、労働基準法、労働安全衛生法などに基づいて、企業は労働者に対して安全配慮義務を負っている」
「安全配慮義務とは、業務を遂行させるときには労働者の生命、身体、健康を使用者は守らなければならないとする配慮義務であり、業務遂行上、予想される生命、身体の危険から労働者を保護し、恒常的な長時間労働、協力支援体制のない状況の中での業務など著しい肉体的精神的な過重負荷等に起因した精神疾患や身体疾患が発生しないように配慮しなければならない契約上の義務、つまり労働者が業務に服する過程で労働者の生命、健康が損なわれることのないように労働場所、設備、器具その他の労働環境を管理し、又は労務管理に当たって災害が生じないようにする義務を意味する(厚生労働省, 2001, p.13)」

としています。

メンタルヘルス対策はもはや、会社の倫理観や遵法意識の問題になりつつあるようです。

さらに同研究は
「これまでの研究においてストレスは、職務に関連した事故やミス、怠業、転職意図の強さ、バーンアウト、職務中の薬物・アルコール摂取、その他の職場での反社会的行動などに繋がることが示されている」
といい、メンタルヘルス不調は労働者のみならず会社業績にも悪影響があると指摘します。

労働者におけるメンタルヘルス不調の現状とその予防について(原 雄二郎 日本労働研究雑誌 2013年6月号(No.635))は、「厚生労働省は,こうした(メンタルヘルス不調による)自殺やうつ病による経済損失を、毎年 2.7 兆円程度であると推定している」と言っていますが、それでなくても労働人口が減少する中で、手塩にかけて育成した従業員が壊れてしまうのはいかにも残念です。

ストレスの現状

令和3年労働安全衛生調査(実態調査)(厚生労働省)は、個人調査「1仕事や職業生活における不安やストレスに関する事項」で、「現在の仕事や職業生活に関することで、強い不安やストレス(以下「ストレス」という。)となっていると感じる事柄がある労働者の割合は53.3%[令和2年調査54.2%]となっている。
ストレスとなっていると感じる事柄がある労働者について、その内容(主なもの3つ以内)をみると、「仕事の量」が43.2%[同42.5%]と最も多く、次いで「仕事の失敗、責任の発生等」が33.7%[同35.0%]、「仕事の質」が33.6%[同30.9%]となっている」としています。

※ちなみによくストレス源と考えられる対人関係(セクハラ・パワハラを含む)は25.7%で4番目です。

年代によっても被雇用形態(正社員かパートタイムか契約か派遣か)によってもストレッサー順位は異なりますが、強いストレスを感じていない人は46.5%だそうで、世の中はストレスにあふれているようです。

メンタル不調

夏目は勤労者のストレス評価法 (第2報)(産業衛生学雑誌/42 巻 (2000) 4 号)で、社会的再適応評価尺度(注)を用いストレス合計点数を求め,ストレス度判定や精神疾患の把握の指標になり得るかどうかを検討しているのですが、

●過剰ストレス状態を認めない群/過剰ストレス状態が疑われる群/過剰ストレス状態群と有意に点数が増加し、精神疾患と診断された者は有意に高得点を示していた
●点数が増加すればするほど,疾患発症の頻度が高かった
●ライフイベント法により体験ストレッサーのストレス点数の合計点を求め、勤労者のストレス状態、精神疾患との関連性をある程度予測ができる可能性がある

としていて、各種のストレッサーとそれぞれのインパクト累積合計値がある程度、精神疾患と関連性がありそうだと結論しています。

(注)社会的再適応評価尺度:
ライフイベント法とも呼ばれ、ストレスに直面し心のバランスを取り戻すのに要するエネルギー量を評価し、点数化してストレスの程度を示す測定法

ここで注目すべきは、複数ストレスは累積し合算的にダメージを強めることと、結婚や家族が増えるなどプライベートな良い出来事もストレッサーになるという主張で、だとしたらストレスによるメンタルヘルス不調と付き合うのは一筋縄ではいかなそうです。

荷物たくさん

ストレスコーピング

ストレスコーピングの分類はいろいろな見方があって統一されてなさそうなのですが、ストレスコーピング —自分でできるストレスマネジメント—(坪井 康次 心身健康科学/6 巻 (2010) 2 号)によれば、

問題焦点型コーピング
直面している問題に対して、自分の努力あるいは周囲の協力を得て解決したり対策を立てるような対処行動。
自分の能力ではどうにもならない場合、担当を変わってもらったり配置転換をしてもらうような回避行動も、広い意味での問題焦点型コーピングに含まれる
情動焦点型コーピング
今となっては解決や対応の方法がなくどうにもならない場合に、怒りや不満、残念な気持ち、悲しみなどの感情を誰かに話して感情を外に表出し、聴いてもらうことによって気持ちを整理するような感情発散型の対処行動と、不満や怒り・悲しみなどを誰にも話さず自分の心のなかに抑圧してしまう感情抑圧型コーピングの2つの型がある。
前者のほうが精神健康に対してはよい方向に働き、ストレス関連疾患の発生を予防する効果がある
認知的再評価型コーピング
直面している困難な問題に対して見方や発想を変えて、よい方向(前向き)に考えるあるいは距離を置くなど、認知の仕方を再検討して新しい適応の方法を探すような対処行動を指す。前向き思考、ポジティブシンキングなどとも呼ばれている
社会的支援探索(あるいは要請)型コービング
問題に直面したとき、上司や同僚、家族、友人などに相談したりアドバイスを求めたりする対処行動で、問題焦点型コーピングにつながる場合と、つらい状況を信頼できる人に話し慰めてもらったり励ましてもらったりすることで気持ちが楽になり、心理的安定を得られるようになる情動焦点型コーピングにつながる場合がある
気晴らし型コーピング
運動、趣味、レジャー、カラオケ、温泉浴など、いわゆるストレス解消法と呼ばれるもので、気分転換、リフレッシュなど、日常の苛立ちごとによるストレス解消に対しては有効な対処行動である。
そのほかリラクゼーションの技法、ヨーガ、座禅などもストレス軽減法として有効である

きばらし

といったバリエーションになるようです。

問題解決型のみを行っていると、休むことや気晴らしや回避ができなくて気持ちがすり減り、その結果抑うつ状態になる場合がみられる。常にアクティブで元気良く働き続けているのがベストだと考えてしまい、それが全てになってしまうと、休んでも十分に休めないために抑うつ状態からの回復も遅くなる。コーピングのあり方というのは、どれが良いというだけではなくバランス良く使っていくことが重要な鍵である

というのが同研究の結論の一つです。

一般的には、人は問題解決の可能性がある場合は問題焦点型コーピングを選択し,失敗や親しい人をなくしたときなど、今となっては問題解決の可能性がないか非常に低い場合は情動焦点型コーピングを選択する傾向があるが、問題焦点型コーピングは心理的ストレス反応を軽減し、情動焦点型コーピングは心理的ストレス反応を悪化させるという研究結果もあって、本人のキャラクターで最適選択肢は一様でないということでもありそうです。

またストレッサーが個人にもたらす影響を弱めたり消失させる作用をもつ要因、すなわち緩衝要因が知られていて、知識や情報、知的能力、ソーシャルスキル、体力や健康、経済力、個人のコントロール感、ソーシャルサポートや対人ネットワークなどが知られています。

特にソーシャルサポート(何かあったときや困ったとき、支えてくれるひとがいるということ)は、職業ストレス場面においても有効なリソースのひとつと考えられていて、その緩和効果は多くの研究で指摘されているようで職場内外のサポート関係を維持したり、促進したりすることが有効なのだそうです。

ストレス対策

ストレスコーピングは基本的に自分で選び実践する対処行動なわけですが、「仕事の量」「仕事の失敗、責任の発生等」「仕事の質」や「対人関係」などいずれも、その仕事や場から逃避するのが困難で、情動焦点型コーピングに依存して結果的に心理的ストレス反応を悪化させているのが昨今のメンタル不調の根源なのでしょう。

「仕事の量」
残業抑止傾向の昨今にあって時間内にこなせないほどの仕事が定常的に割りあてられているようなら、そもそもマネージャの労務管理能力や見識に課題がありそうだし、慢性的に業務量に見合う人手がないなら、従業員を増やさないあるいは増やせない経営に解決すべき課題があるということでしょう。

仕事の量がストレス源になっている場合は、ストレスコーピングするより職場や労務、場合によっては経営姿勢の見直しが必要です。

「仕事の失敗、責任の発生等」
個人に責任を求めることで、その業務を忌避してやる人材がいなくなる、ミスを回避するため必要以上に業務効率が低下する、業務の属人化を招くといった弊害を招きかねません。

人間に完璧を求めるのはそもそも間違いで、人は失敗するものという前提でフールプルーフやフェイルセーフなどといった安全工学の概念を業務に実装するなり自動化するなりが肝要で、失敗が起きるのは業務設計の不備つまりマネジメントの問題といえます。

「仕事の質」
仕事の質にストレスを抱くとしたら、本人の能力を顕著に上回るか下回る業務を割り当てているか、もしくは本人の希望しない業務を割り当てているかいずれかでしょう。

能力と業務難度のミスマッチは一時的ならやむを得ない事情もありえるとしても、本人の能力を適切に把握できていないか使い潰しであってマネジメントに問題があります。

本人が機会ととらえて自ら能力向上に取り組むにしても上司が適切に学びと成長をサポートすることが肝要で、さもなければただの押し付けでしかありません。

本人とのキャリア方針の合意ができていないとすれば、これも労務マネジメント上の不具合といえます。

「対人関係」
いわゆるハラスメントが起きているような場合、行為を行動分析学的に整理すると

1.ハラスメントであることを認識していない
2.認識していても対処の仕方がわからない
3.わかっているしできるのにやらない

という3パターンがあるでしょう。

たとえば部下の業務成績が芳しくないようなケースで

1.業務未達を指摘するのでなく人格を否定するのはパワハラに該当する、と理解できていない
2.成績未達を責めなじるのでなく具体的な改善点アドバイスをすべきところ、上司に助言する力量がない
3.個人的な憂さ晴らしや優越性の誇示行為として部下にハラスメントをする

というような状況はありがちで、いくらハラスメント防止の社員教育をやっても解決できるのは知識不足のケースだけです。

行為者に対する教育はむろん大事ですが、正しく行動するための適切な力量やマインドを身に着けさせなければならないし、意図的なハラスメントはそれを引き起こす行為者個人の誘因を元から断つかあるいは随伴性に介入する必要があります。

個々の背景要因の一部が一時的に除去されたとしても、組織風土の中にストレスを助長する要素が含まれたままであれば、いずれまた同様の職業ストレスが生じることも指摘されていて、ストレスのない職場づくりのためには、職場の組織風土を捉えた上で、組織風土と職業ストレスとの関係について検討し根本的で適切な対策をする必要があるといいます。

いずれにしても、マネージャが組織の健全性や持続性の維持を担っていて、メンタルヘルス不調の発生に至らなくても従業員がストレスを感じることで無用な負荷がかかって生産性を下げている可能性も否定できず、管理者や経営層のマネジメント能力を向上すれば容易に解決できるし、管理者や経営層のマネジメント能力を向上しない限り解決しないということになるでしょう。

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