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30 マネージャ育成・組織市民行動促進編

(2023/02/05)

『29 マネージャ育成・業務目標達成対策編』で、業務目標未達を引き起こす因子をどうマネジメントするかについて概観しました。

「組織目標の達成のために資源を効果的かつ能率的に取得し,使用することを確保するプロセス」

が本来的なマネージャ業務なのですが、予算通りに今季実績をあげてめでたしめでたしで済まないのがマネージャの仕事、組織やチームの機能を今季限りではなく将来に向けて維持メンテナンスし、企業の存続とか企業価値などに寄与するのも重要な役割でしょう。

そう考えた時、今期業績にはあまり直接的な影響はなさそうなものの、産業組織心理学で長年研究されているモチベーションやコミットメント、メンタルヘルスといった概念の位置づけやビジネスへの影響、その因果関係や改善するための取り組み方を学んでおく必要があるでしょう。

この記事では、以前の記事でもたびたび触れたモチベーションやコミットメントについて、改めて少し掘り下げてみます。

モチベーション・コミットメント・エンゲージメント

100年以上研究されている産業組織心理学(合流する以前は産業心理学と組織心理学だったようです)で研究されていないはずはないのに、ビジネス生産性との因果関係がぼんやりしているのがモチベーションです。

でも全く無関係かといえばそうでもなくて、ホーソン実験の頃のように従業員の人間性を著しく軽視した職場環境だと生産性は低迷し、人間関係改善によってモチベーションが上がると生産性も普通の水準になるのは確かなようです。

ギスギスした職場や抑圧的な職場は、普通一般的な職場と異なり嫌々ながら怒られない程度にチンタラ働くから、生産性が低いであろうことは想像に難くないでしょう。

エンゲージメント(≒コミットメント)に関しては厚労省資料「令和元年版労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」のp196「ワーク・エンゲイジメントと仕事のパフォーマンス」あたりを見ても、エンゲージメントを高めることで収益性が改善すると言えない(非常に弱い正の相関はあるが因果関係があるとは言えない)と理解できます。

※ここでいうコミットメントは情緒的コミットメントを指します。またエンゲージメントは比較的最近になって提唱された概念で、類似概念のコミットメントほど研究されているわけではなさそうなので、以降は研究蓄積の豊富なコミットメントについて考察します。

ではモチベーションやコミットメントを世間並以上に高揚することには、まったく意味がないのでしょうか。

モチベーション

確かにモチベーションが高いからと言って電卓をたたくスピードが目に見えて早くなったり、いいアイデアがどんどん降ってくるはずもなくて、仕事への習熟とかスキルアップとか業務改善・自動化の方がはるかに生産性への寄与が高いのは冷静かつ論理的に考えればわかる話で、生産性効果を無邪気に信じるのはやめる方がいいでしょう。

池田は「ワークモチベーション研究の現状と課題」池田浩 日本労働研究雑誌 No. 684/July 2017で、業務遂行過程は3段階あって、着手段階であれば「やってみよう」という意思の方向性や強度に関わるモチベーションが、中途段階であれば紆余曲折しながらも「最後まで取り組み続けよう」という持続性のモチベーションが、そして結果・完了段階では「また次も頑張ろう」という継続性に関わるモチベーションがあって、これらのワークモチベーションを引き出すことが求められる、と指摘します。

モチベーション

モチベーションが高いと業務熟達が早く進むことは知られていて、池田の指摘とも符合しそうです。

そしてまたこの指摘は、職責に明確に含まれ難度の高くないルーチン業務には通常程度のモチベーションさえあれば十分で、安定した事業環境で企業業績をそれなり維持するうえでは必要以上にモチベーションが高くても持て余す、高いモチベーションの効果は平穏期には発揮出来ないということも示唆しているように思います。

いいかえればモチベーションの本領は当面の業績維持ではなくたとえば逆境・変革・環境変動を乗り越えるときであり、当面の生産性の工夫などではなく企業の存続躍進の瀬戸際にこそ必要なのかもしれません。

コミットメント

コミットメントに関しても過去多くの研究がなされ、やはり人の業務動作を加速するとは考えづらいものの、情緒的コミットメントが高いと職場の活気が高まる、離退職意思の低減、組織市民行動を強化する、耐ストレスなどに有効である、といったことが知られており、有益性が確認されている類似概念としてほかにジョブインボルブメントやキャリアコミットメントがあります。

ジョブインボルブメントはいわば個人の仕事への思い入れやのめり込みの程度・関心の高さであり、離職意図や取り組み努力を改善するとされます。

またキャリアコミットメントは自分を専門分野と同一視する程度、専門分野の発展の為に積極的に努力しようとする意志の強さ、専門分野に留まりたいと思う度合いなどであって、職務満足は高めるものの、専門性を追求するために他組織に移るきっかけになる事もあるとされます。

定着が強化されることは人材流動化時代としてはメリットを認められるとして、ストレス耐性も同様として、実はもっとも大きなメリットは組織市民行動の促進ではないかと思うのです。

組織市民行動とは「自由裁量的で,公式的な報酬体系では直接的ないし明示的には認識されないものであるが,それが集積することで組織の効率的および友好的機能を促進する個人的行動」、役割外行動は「従業員の職務内容規定には含まれない」といった性格の行動で、概念的には役割外行動は組織市民行動に含まれます。

組織市民行動はまだ十分に研究されているわけではなく、広く共通認識された見解がある訳でもないようなのですが、日本の職場にとっての組織市民行動(田中堅一郎 日本労働研究雑誌 No. 627/October 2012)によれば、「組織市民行動と組織全体の業績とはかなり高い相関係数を示し」「従業員が組織市民行動を盛んに行うほど,組織全体の様々な業績指標が高い傾向を示す」のだそうです。

組織市民行動に似通った概念として、「文脈的パフォーマンス」(職責に明確に含まれる業務である課題パフォーマンスが機能するための、より広範囲な組織的・社会的・心理学的環境を支援する活動)や「サービス指向行動」(顧客に接したり直接顧客に対して行われる従業員の役割外行動)が提唱されていますが、なかでも注目すべきは経営革新促進行動ではないでしょうか。

経営革新促進行動

高石らは、経営革新促進行動に関する研究─職務自律性の影響過程について─(産業・組織心理学研究2009年,第23巻,第1号,43-59)で、
「成員の自発的行動に基礎をおきながら,組織における経営革新を明瞭に意識した行動」を経営革新促進行動と呼び、「経営革新そのものの主体は企業であるが,そのきっかけは,成員の発想や発言がもたらすことも多く,成員の行動は経営革新を促進する重要な源泉である」と重要性を指摘しています。

経営革新促進行動は、高石によれば「問題発見と解決行動」「重要情報収集行動」「顧客優先行動」「発案と提案行動」および「精勤行動」「組織と周囲支援行動」からなるといいます。

情報収集

この報告は、経営革新促進行動を促進するメカニズムについて、経営革新促進行動は職務自律性により直接的に促進されると同時に,職務自律性が組織コミットメントを媒介した場合に発案と提案行動と組織と周囲支援行動に有意に影響し,職務関与を媒介した場合に,問題発見と解決行動,重要情報収集行動,顧客優先行動,発案と提案行動,精勤行動などに影響する、と結論しています。

この研究は職務自律性と経営革新促進行動の直接・間接の関係を調べるのが目的だから、他の因子については言及していないものの、整理するならば

●職務自律性(≒権限移譲)は経営革新促進行動を強化する
●職務自律性(≒権限移譲)は組織コミットメントを介して間接的に「発案と提案行動」と「組織と周囲支援行動」を強化する
●職務自律性(≒権限移譲)は職務関与(ジョブインボルブメントやキャリアコミットメント)を介して間接的に「問題発見と解決行動」「重要情報収集行動」「顧客優先行動」「発案と提案行動」「精勤行動」などを強化する

ということになり、経営革新促進行動の発揮を促し経営環境変化に追従していくためには権限移譲が大切で、組織コミットメント、ジョブインボルブメント、キャリアコミットメントがその効果を一段と高める、と読み取れます。

この研究はそもそも職務自律性の効果の研究なのでそういう結論なのですが、会社との同一感が限りなく希薄な場合とかイヤイヤ仕事をしている場合には、そもそも内的報酬はおろか外的報酬にさえならない貢献行動を取るとは考えづらいので、やはりコミットメントは経営革新促進行動を起こす重要な因子になっていると考えてよいのではないかと思うのです。

ただし同報告はまた、組織のビジョンなどの共有化がなされていない場合において自由度を高めることは、無政府状態もしくは混沌に陥る、成員が組織との一体感や目標を共有していることは革新的な行動発揮の前提として極めて重要なことだ、と指摘します。

※個人的には本人の姿勢がプロアクティブなことも重要な気がします。

以前の記事でも触れましたが、鈴木泰詩らによる中小企業従業員における組織コミットメントの規定要因では、中小企業従業員の組織コミットメントと従業員が感じる経営者との一体感・コミュニケーション量について、
・経営者との日常業務における接触頻度、キャリアビジョン共有の頻度、業務時間の枠を超えたプライベートでの接触頻度が高まれば、おおむね情緒的コミットメントが強化される
・経営者のスタンスを踏襲した上司や先輩に業務指示を受けた一般従業員が、その指示内容に経営者との相違を感じなければ、(経営者との接触が多くなくても)組織コミットメントを強化し得る

と報告しています。

企業規模が大きくなるとコミットメント形成しにくくなることは知られていて、経営者と一般従業員の距離が遠いことも理由なのかもしれなくて、中間管理職のコミットメント強度が一般従業員のコミットメント形成ひいては経営革新促進行動に大きな影響を持ちそうな気もしてきます。

いずれにせよ、経営革新の初期活動は往々にして大部分の従業員にとって職務外のことだから、コミットメントがそれなり強くなければ革新が動き始めるのが容易でないと考えてよさそうに思えます。

なお経営革新がボランティアだけで成り立つわけではないし、それが成功するためにはこれ以外の必要条件も多数ありそうで、経営革新とかイノベーションについては記事を改めて考えます。

モチベーション・コミットメント強化にどう取り組むか

モチベーション・コミットメントを強化する因子は、

モチベーション
仕事のやりがいや達成感など、有能さ、関係性、自律性の3つの欲求満足、など(→第15話 従業員のモチベーションが重要な本当の理由)

コミットメント
情緒的コミットメントを強化する因子は、自律性やスキル多様性・自分の有能性・組織内での自己の重要性・職務の意義や達成感等を感じられる業務設計、強い組織文化や経営理念の浸透、価値の共有、積極的な人材育成やキャリア開発、上司との関係性改善、有能さの承認行為としての昇進機会、役割明確化、自己効力感、社会的受容による組織適応、経営者への信頼、組織内での経験と期待の一致による欲求充足 など(→第13話 コミットメントはまさしく人の城)
ジョブインボルブメントを高めるには職務内容に対する満足感の向上が最も重要で、職務遂行に必要な教育・研修を受けられることも重要(→第03話 コミットメントはすなわち人の城)
キャリアコミットメントを高める因子に関しては過去記事には明記していませんが、キャリア自律はコミットメントやモチベーションを高める、社員が自らの職業的自己概念を高め自分の能力・スキルの強み・弱みを把握し、主体的にキャリア開発に取り組めるよう支援していくことが重要(→第24話 キャリア自律に企業はどう向き合えばいいのか)

といったことが知られています。

もっとも、会社との同一感が限りなく希薄な場合とかイヤイヤ仕事をしている場合に、たまたま仕事がうまくこなせても、そのことで達成感ややりがいが感じられるかというとあまり期待できない気がします。

つまり達成感ややりがいは、多少なりとも組織や仕事にコミットしている状態で上手く仕事できたときに感じられる手ごたえに思えて、それを通じてモチベーションが喚起されることを自覚して、やりがいを提供してくれる組織や仕事へのコミットメントが強まる、といった相互に強化しあう関係に思えます。

コミットメントやモチベーションは、達成感ややりがいの実感を重ね、時間をかけて少しずつ強化していくしかないように思えてきます。

いっぽうで、コミットメントやモチベーションの乏しい上司は、その実感がわからないから部下が達成感を感じられるような業務をあてがうことは困難だし、効果が理解できず手間暇かかる部下育成よりも自分の成果になる短期の業務実績を優先しかねなくて、そういう上司を持つと部下のコミットメント・モチベーションはむしろ弱化されかねないようにも思います。

そういう意味では、社長が幹部のコミットメントやモチベーションを強化し、幹部が管理職を、管理職が一般職を点火していくしかなく、経営層の温度がどれだけ高いかで勝負が決まるのかもしれません。

マッチ

さらにいえば、経営層や上司がコミットメントやモチベーションを発揮している背中を常々見ること・学ぶ・まねぶことによって部下がコミットを強めると考えるならば、経営層や上司には率先垂範して率いていく「実行力」と、経営革新促進行動を促すための「課題発見力」や「働きかけ力」がコンピテンシーとして求められそうです。

コミットメントやモチベーションは漫然と強化するのでなく、目的意識をもって戦略的に育成していく必要があるでしょう。

もしもこれからあらたに革新を意図した経営戦略を立てようとするなら、あるいは経営戦略を実行中だがどうもうまくいかないようなら、革新にとりかかる前に実行部隊のモチベーションやコミットメントのサーベイをしてみるとよいかもしれません。

ただしあくまでも科学的に適切に設計された調査でなければ、正しい結果は得られませんが。

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