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26 目標管理を正しく使い人材育成を可視化する

(2022/10/02)

目標管理制度はしばしば業績目標(ノルマ)達成度合いを査定する、いわゆる社員の業績考課のための仕組みと誤用されるのですが、自己マネジメントのために使うのがより適切な使い方です。

そもそもドラッカーが考えだした目標管理制度の概念はノルマ主義とは全く反対で、社員に自発的に働いてもらうにはどうすればよいかという問題意識から出発していて、だから正しくは「Management By Objectives and Self-Control(目標管理と自己統制)」であり、組織全体の目標を念頭に社員の自律性を尊重強化するための仕組みです。

日本では往々にしてセルフコントロールの考え方がもみ消されてしまい、個人業績目標を会社が与え管理して、その達成度で報酬を決める、誤った使い方になっています。

個人が会社や部門の戦略や目標を理解したうえで、自分自身の役割は何でどのように目標設定をするかを考え上司やリーダーと話し合い、どのような業務行動を実行すればより良く組織目標達成に貢献できるか考える、そのためにはどんな業務や技能をあらたにレパートリーに加えればよいか計画するために使うことが有益で、目標管理というのは人材の成長計画そのものと言い換えてもいいでしょう。

※ちなみに目標管理と対比して語られがちな概念にOKR「Objectives and Key Results(目標と主要指標)」がありますが、これは挑戦的な組織目標設定をしてその達成のマネジメントをする、いわば経営リソースを効果的に集中あるいは再配分するための概念で、これ自体は人事評価や人事考課とは無関係です。

人材育成をマネジメントする道具立て

人材育成では数十年にもわたり多くの学びに取り組む必要があって、モチベーションを維持しながら迷わず効率よく目標を実現していくために、よいロードマップを設計し運用する必要があります。

ロードマップ

「我思う、ゆえに我あり」と言った哲学者デカルトは、『方法序説』のなかで「困難は分割せよ」と言い、検討しようとする難問をよりよく理解するためには、多数の小部分に分割することが有効だといっています。

最終ゴールまでの課題を細かく小さな目標に分けて、かんたんな内容から少しずつ達成していくというスモールステップの原則を提唱したのは行動分析学の創始者スキナーですが、とはいえ実は人間の「これからすべきことを覚えておく記憶(展望記憶)」はあまり容量が大きくなくて、取りこぼしを防ぐためにはやるべきことをもれなくToDoに展開し、所要リソースを見積もり、優先順位づけを可視化することで達成可能性が高まるわけです。

この可視化の手段こそが目標管理だと言えるのでしょう。

目標管理はいくつかの手法と併せて運用するので、以下は関係性の理解のため、あえてややDoHow寄りな記述になります。

目標管理

目標管理の第一の効能は、自分がこれから修得すべきことを書き出す行為自体にあります。

認知心理学ではやるべき事を書き出し(外化)、それを見ながら上司と難易度や目的に合致するか議論したり自分で内容を再吟味(内化)したり、全体を俯瞰し現実に起きそうな制約などを考慮しながら段取りを考えたりすることで、メタ認知が活性化してやるべきことへの理解が深まり学習効果が高まる効果があることがわかっています。

目標管理を書くのは面倒というか少々苦痛感が否めないのですが、正しく使うなら実は意外と科学的な効能がありそうで、手を抜かずにやったほうが結果的に自分自身のためになりそうです。

むろん期中には進捗をレビューして、遅れにはどうすれば目標達成できるか対策を考えて行動修正することが必要だし、進捗は適切か/リカバリするにはどうすればよいか思いを巡らし対策するうえで目標管理は有益な判断材料となるし、対策を考えることもメタ認知の訓練になるわけです。

目標管理に記述するのは、まずは今期学んで実行して当面の会社存在意義の達成に貢献する具体的な業務行動、たとえば「独力で新規顧客開拓できるようになる」です。

※業務行動を自力で行えるようになるためには、これに必要な技能(たとえば「独力で新規顧客開拓できるようになる」ためのスキルは、有望客の探索手法とか顧客ニーズヒアリング手法とか、ニーズ分析手法やプレゼン技術などなどでしょうか)を洗い出して計画的に修得する必要があります。洗い出し作業自体や、その難易度の見積もり、修得順序の検討やスケジューリングなども有益なメタ認知プロセスです。

業務行動目標はまぐれで成功しても会社へ貢献できるレベルになったといえないので、定常安定的に成果を出せるレベルになることを目標にします。

業務行動目標は、職位や着任年数などに応じて期待される業務行動があるはずなので、職位に応じた業務能力基準のようなものを会社でまとめ、社員自身が自分のキャリア目標と修得すべき能力を関連付けて理解できるよう整備するのがいいでしょう。

中期的に学び実務での発揮が期待される学習要素として、ただちに業績への貢献は少なくても会社の価値生産性を改善するための高度なビジネスリテラシーないし経営リテラシーの実践能力、たとえば経営学、産業組織心理学や行動分析学、各種基礎要素技術(AI、データサイエンス、各種工学などなど)といった知見の修得を目標に加えるのも重要で、これらは守破離の破に該当するでしょう。

さらに長期でビジネス継続性や会社の存在意義を高めるために取り組むべきこととして、コンピテンシーの強化も目標に加えるべきでしょう。

コンピテンシーとは 優れた成果を創出する個人の能力・行動特性のことでしたが、これはビジネスによっても社内の役割によっても異なるので、自社の事業目的を実現するために必要重要で実際に業務で求められる特性を数案抽出し、実行状況を日常でモニタリング・フィードバックするのがいいでしょう。

中長期の本人のキャリア目標を目標管理に併記してもよさそうで、これにより技能、ビジネスリテラシー、コンピテンシーと自分の在りたい姿の整合性を高めることができるかもしれません。

目標管理の進捗はたとえば1on1面談などで確認し、指導者のアドバイスやコーチングを経て目標達成を目指します。

1on1

不幸にして目標を達成できない場合は、よほどでない限り本人の努力不足というより指導に力量不足があったと考えるのが順当で、場合によっては指導者の力量改善や指導者の変更が必要になります。

特にコンピテンシーのコーチングは容易ではなくて、指導者に学習者より十分高い能力がないとティーチングさえ難しいので、戦略的に能力強化に取り組む必要があります。

業務能力基準

ここでは仮に業務能力基準という名前にしましたが、経理部長には経理部長の、人事課長には人事課長の、また中堅の営業マンには営業の中核として求められる役割があるわけで、それらをまとめ、今の自分に求められる役割や次に身に着けるべき業務行動を明らかにする標準を作る必要があります。

たとえば厚労省の職業能力評価基準が参考になります。

業務能力基準を運用するためには、業務の標準化が適切にできていることが大前提になります。

日常業務の中で適切に業務が遂行できれば、その役職に求められる役目が果たせていて、相応する処遇を受けられるわけです。

スキルマップ

各業務・各職位の業務行動を果たすうえで身に着けるべきスキルは、タスクとは別に定義してタスクにマッピングするのがいいでしょう。

具体的なスキルはやはり厚労省の職業能力評価基準の「必要な知識」が、役割とスキルの関係づけは情報処理推進機構の i コンピテンシ ディクショナリの考え方が参考になります。

高度ビジネスリテラシ―も事業内容や職位によって求められるものは異なりますが、担当業務に関連する経営学の基本的知見は早めに修得しておきたいし、さらにリーダーやマネージャには産業組織心理学、部下の育成には行動分析学や認知心理学などの知識が少なからず必要なので、これらもスキルマップに含むのがよさそうに思います。

コンピテンシーディクショナリ

ここでいうコンピテンシーは、好業績者が共通してとる技能レベルの類似行動ではなく、〇〇力の発揮に相当する思考行動特性のことを指すと考えてください。

たとえば社会人基礎力の求めでいえば課題発見力(現状を分析し目的や課題を明らかにする力)などであり、
・あるべき姿(理想像)が描けている
・あるべき姿と現状分析から論理的に問題点が洗い出せている
・問題点の真因を論理的に探り出し、取り組むべき課題を明確にしている
などの要素からなり、「周囲も明らかに認める行動がとれている」とか「あまり行動がとれていない」のかといったレベルで判断するのもよいでしょう。

欲張らず、実際に業務で発揮する必要があるコンピテンシーを抽出することが肝要で、詳細すぎる、事業変化が反映されてない、戦略とリンクしていない、といった場合だとうまく運用できないし、実際に業務の中で発揮できているかどうかで実力を判断することになります。

ノルマ管理

目標管理を人材育成ロードマップとして使うとして、ノルマ達成管理はどうすればよいか、という疑問を持つ人がいるかもしれませんので、念のため簡単に説明します。

ノルマというのは容易には達成できない目標を与えて、達成できたらご褒美/でなければペナルティ、というルールで社員を働かせるものです。

ノルマ

産業組織心理学では、ご褒美としての金銭的報酬は衛生要因であってモチベーションやコミットメントを高めないが、効果の飽和化を起こしたりアンダーマイニングを引き起こす外的報酬に該当します。

ノルマ達成できないときに課せられるペナルティは行動随伴性でいう嫌子ですが、耐性がつく、嫌子を与える人間を避けるようになる、全般的に行動が抑制されて新しい行動が出にくくなる、などの副作用があるとされます。

実はノルマ不達成でペナルティを受けることを避けるため、人間は確実に達成できる程度に目標値を低めに設定する心理が働くので、ノルマ管理自体が生産性を低下させることも公知なのです。

本人賛同のもとで本人のやりがい充足やストレッチ目標による本人の成長を意図するなら良いとしても、容易に達成できない不条理な目標をその実現手段を提供せずに押し付けるのはただの理不尽な無茶振りで、道義的に許容されるものではなくて、そのような業務運用は遅かれ早かれ、モチベーションやコミットメント、公平公正信頼感の低下や心理的契約抵触を招くと考えるべきです。

アメとムチで業績をノルマコントロールすることは全く推奨されないのでやめるべきで、したがって目標管理でもそれ以外でも、ノルマ達成度合いを考課する必要はないのです。

人事考課

では適正な期待を寄せてもそれに応えない社員がいる場合はどうすればよいか、ということですが、組織への貢献量に見合う処遇にすれば済む話です。

本人がより良い処遇を求めるなら組織への貢献のある業務行動を学んで定常的に実行できるよう成長すればよいし、たとえば役職者であるにもかかわらず役職者に求められる役割が果たせないなら降格処遇し、役割実行能力のある人材を後任にすればいいし、返り咲きできる学習機会も制度化すればいいわけです。

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