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25 オンザジョブトレーニングの学習効果を高めるには

(2022/10/02)

人材育成しないと日本の終末が近いかのような論調が最近の傾向ですが、意外と人材育成で重要な位置づけにあるOJT(オンザジョブトレーニング)が議論から抜け落ちているように感じられるのです。

職場や通常の業務から離れ、特別に時間や場所を取って行う教育・学習であるオフザジョブトレーニング(Off-JT)などと異なり、職場の上司や先輩が部下や後輩に対して実際の仕事を通じて指導し、知識や技術などを身に付けさせる職場における実地訓練教育がOJTであって、研修やマニュアルだけではなかなか実践につながらない知識・スキルや経験値が重視される業務を身につけることができ、早期戦力化できるとされています。

もっとも、教育効果が指導者の能力に依存する、体系的に学びにくい、現場の手間がかかる、といった課題があるとされ、なおかつ本来なら手順化し標準化できるしそうすべき業務を、手っ取り早く身振り手振り口頭で教えて済ませる安易な手段になりがちで、その結果、業務が属人化し自己流化する温床になってしまうことも少なくありません。

OJT手法の起源

Wikipediaによれば、オンザジョブトレーニングは 第一次世界大戦時の1917年にアメリカの造船所で開発された4段階職業指導法(the "Show, Tell, Do, and Check" method of job instruction/やって見せる→説明する→やらせてみる→補修指導)と呼ばれる人材育成手法で、その概略は

造船所

(1)新人を配置
安心して行うこと。彼らが仕事に関し、事前に何かを知っているかどうかを調べること。彼らに学習に対する興味を持たせること。適切な持ち場を与えること。
(2)作業をして見せる
注意深く、根気よく、説明し、見せ、図示し、そして質問する。キーポイントを強調すること。一度に1点ずつ、はっきりと完全に教えること、しかし彼らがマスターできる限度を超えてはいけない。
(3)効果を確認する
彼ら自身に仕事をやらせてみる。彼らに説明させながらやらせること、彼らにキーポイントを説明させて示させてみること。質問し、正解をたずねること。彼らが理解したと判断できるまで、続けること。
(4)フォローする
彼らに、彼ら自身が必要なときにだれに質問したらよいかの相手を判断させる。頻繁にチェックすること。積極的に質問するよう促すこと。彼ら自身に、その進歩に応じたキーポイントを見つけさせること。特別指導や直接のフォローアップを段々減らしていくこと。

なのだそうで、ほぼ Wikipedia の丸々コピペなのが心苦しいですが見事にPDCAになっていて感心します。

まさに、山本五十六の有名な言葉、「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。・・・」 を彷彿とします。

現在ですら教えが活かしきれていない職場も少なくない手法ですが、4段階職業指導法では相当に深い科学的示唆がさらっと書かれているので、後で説明したいと思います。

OJTの進め方

中小企業基盤整備機構が運営するJ-Net21の「起業マニュアル OJTの進め方」の解説では、OJTの方法として
1)教える
2)見習わせる
3)経験させる
4)動機づける
があり、
1)トップ層の理解・認識の確認
2)OJTの必要性を社内に認識させるための研修の実施
3)職場の理解・認識の向上
4)研修体系におけるOJTの位置づけの明確化
5)集合研修(Off・JT=Off the Job Training)との連携
6)OJTの進行・管理に関する担当部門もしくは委員会などの設置
7)指導を行う上司(管理者・監督者)に対する研修の実施
8)OJT実施のための計画書、マニュアルなどの作成
9)人事考課への反映
などが肝要で、さらに実施においては
1)何を
2)どの程度・水準まで
3)どのような方法で
4)いつまでに
といったことを明確にしてから取り組むこととされています。

OJTについてはいろいろなホームページや書籍でありきたりな解説が多数あり、おおむね計画的な指導、フィードバックやコーチングが強調されることが多いのですが、人材育成の取り組みの基本としてあらためておさらいしておいていいでしょう。

経験学習

デメリットも指摘されるOJTが普及し重用されるのは、ひとつにはアンドラゴジー(成人学習)の原則
・社会的な役割、つまり職業や役職、職位にフォーカスして学習者の課題を捉えること
・直近の課題を解決するために学んだ知識やスキルを活用・応用することを目的とする
に準じていて学習しやすいことがあるのでしょう。

平成24年版 労働経済の分析 第3章 就労促進に向けた労働市場の需給面及び質面の課題  第2節 能力開発の現状と課題は、
「非正社員に対する計画的OJTが役に立つと考えるグループの方が(そう思わない企業群のグループより)価値労働生産性が高い」
「非正社員に対するOFF-JTと価値労働生産性との間には有意な関係はみられなかった」
と報告しており、どちらか言うと直接業務比率が多いと思われる非正規社員の場合は実際に、OJTがOffーJTより技能習得効果・効率が高いことが示唆されます。

日本語の「学ぶ」の語源は「まねぶ」つまり真似ることから派生しているというから、門前の小僧経を覚えるでもないですが、見よう見まねでOJTするのは意外と学びの本質に準拠しているのかもしれないです。

人は実際の経験から学ぶということを体系化した理論がお馴染みの経験学習で、2004年のデューイの主張以降多くの説が唱えられましたが、共通するのは経験と内省(省察)というプロセスの重要性なのだそうです。

有名なのはコルブの経験学習モデル(1984年)ですが、経験学習のバリエーションを学ぶのは決して無駄ではないと思いますので、経験学習の理論的系譜と研究動向(中原 淳)をおさらいしておくのは有益だと思います。

経験学習モデル

いずれの説でも経験から学ぶ上で重要な位置づけとされるのが省察ないし内省で、「自らをかえりみて、その良し悪しを考える」ような概念で、実は学びを深めるのに極めて重要な能力であるメタ認知の行為でもあります。

※経験学習モデルでは内省と言ったり省察といったり人によってイロイロで、厳密には異なるのでしょうがここでは内省と省察は同じ概念と考えます。

メタ認知

“learn” は、勉強や練習、経験などをすることで、「結果」として知識やスキルを身につけることを意味するのだそうですが、本を読む、暗記する、学校に行くなどして、何かを習得しようとする行為(=勉強するという行為)が “study”で、努力し工夫して学ぶ「過程」を指すのだそうです。
努力工夫して学ぶ行為は実は学習行動という認知行動のメタ認知的行動であって、メタ認知能力が高まると学習能力や記憶能力が高まることがわかっています。

そもそもメタ認知とは、「自分自身や他者が行う認知活動を意識化してもう一段上からとらえる、いわば、頭の中にいて冷静で客観的な判断をするもう一人の自分」のような意識であって、学習という認知活動が行われるときには、「どのような順序で学ぶと理解しやすいか/どうすればよりよく学べるか考えたりその手段を思い出して実践する、正しく理解できているか吟味する」といったメタ理解やメタ学習を並行して行っているといいます。

※むろん自然発生的にできるのではなく、人が成長して学習行動を繰り返す中でメタ認知も徐々に学んだり工夫する中で進化をしていくようで、まさに経験的に強化し学習する能力です。

学ぶときだけでなく実は教えるのにもメタ認知が必要で、予備知識のなさそうな人にわかるように伝えたり探りを入れて理解状態を推定し説明に用いる事例を変える、認知やメタ認知を促すようなヒントや助言を与える、といった行動が該当して、それら教えるメタ認知は他者の視点に立つたり自分自身のものの見方を相対化対象化する高度なメタ認知能力の発現であると言えます。

4段階職業指導法でさらっと示されていた、指導時の以下のような取り組みは、いずれも学習者のメタ認知の発現を促し、より効率よく学習内容を学習者の記憶に定着し、かつメタ認知能力を強化するための指導ノウハウだといえるでしょう。

OJT

(1)新人を配置
認知能力発揮のためストレスフリー醸成、前提知識や学習内容に関係がある知識の有無を確認、保有知識水準に応じた説明、興味や好奇心喚起・本人にとっての学習の目的や必要性の理解など動機づけ、学習後の速やかな実践機会の準備
(2)作業をして見せる
本人の理解能力を踏まえ必要に応じた多角的な説明や学習手段(記憶方略)の提供、質問による理解レベルのモニタリング、本人の認知能力限度を超えない説明
(3)効果を確認する
作業しながら説明させることで覚えた内容や曖昧な部分を検証し、言語化(外化)と精緻化(内化)を繰り返し実行させて記憶定着
(4)フォローする
フォローアップ、足場掛け(ヒントや助言提示)とフェーディング(徐々に支援を減らす)

具体的な実践のしかたは認知心理学や学習心理学のテクニカルな領域になるので、ここではそこまで深入りしませんが、単に身振り手振りで例を見せて真似させて終わり、という指導よりはるかに記憶定着・技能向上効率はいいし、なにより学ぶ力が強化され実務でも幅広く役に立つメタ能力育成になります。

またやはり詳細は省略しますが、行動分析学のパフォーマンスマネジメントやシェイピングの知見を使えば、さらに学習効率を改善することができます。

さらに学びを深め技能を深める

この記事ではあくまでもOJTの効果をどう高めるか、という切り口で説明してきましたが、OJTや経験学習はいわば守破離の守、自社のやりかたを「まねぶ」段階でしかなく、その業務の本質を理解しイレギュラーに対応したりより良いプロセスに改善改革できる力量をつけるにはOff-JTにより正しい理論を学ぶ破へのステップアップが不可欠です。

いっぽう自己啓発やOff-JTでより良く学ぶためには、OJTで身につけたメタ理解やメタ学習能力を自己調整学習(学習者自らが自分の学習を調整しながら能動的に学習目標の達成に向かう学習)や協同学習(相互のコミュニケーションを通じ共通の問題解決を目指してお互いの考えを積極的に出し合うことで、学習内容の理解・習得や新たな創造や発見を行うような学習)のなかで発揮し強化することが不可欠です。

またOJTでも
・キャリアの自覚と実際に必要なスキルにもとづいて本人が研修の必要性を理解し納得感を持つこと
・業務の理解と業務に対するモチベーション形成
・成長を促す上司や職場のムードとサポートの有無
といったOff-JTの学習促進要素は有効に違いなくて、バランスよく計画的にオンオフを組み合わせて学習者本人に能動的に学ばせ、基礎と応用を取り混ぜた教育を実施するのがもっとも人材育成の早道だといえそうです。

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