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24 キャリア自律に企業はどう向き合えばいいのか

(2022/10/02)

第23話「成人学習メカニズムをふまえ研修効果を高める」で、研修効果を確かなものにして実務に活かすには、

(1)キャリア自覚と必要スキルにもとづいて本人が研修の必要性を理解し納得感を持つことが必要
(2)業務の理解と業務に対するモチベーション形成と、成長を促す職場のムード作りも必要
(3)研修の設計の出来具合に依存するものの、上司や職場の支援姿勢と、本人の成長意欲も重要

と考えてよさそうなことがわかりました。

業務の理解と業務に対するモチベーション形成はマストなこととしてここでは省略し、成長を促す職場のムードとか学ぶ風潮がある職場はこれまた重要ながらどちらかいうと組織開発に関わるテーマだからあとで考えるとして、ここでは、(1)のキャリア自覚と、キャリア形成に不可欠なスキル(技能)について考えます。

キャリア自律

昨今キャリア自律が声高に叫ばれているものの、キャリア自律の定義は少々曖昧というか、キャリア関連産業事業者たちが自分のビジネスに都合のいいように主張している感もないでもありません。

経済産業省や厚生労働省のサイトを探してもキャリア自律の定義といえるものは見当たらなくて、それなりアカデミックに近い表現では、日本労働研究雑誌 2018年特別号(No.691) 自由論題セッション●第3分科会 論文 「キャリア自律」はどんな企業で進められるのか─経営活動・人事労務管理と「キャリア自律」の関係に『めまぐるしく変化する環境のなかで、自らのキャリア構築と継続的学習に取り組む、(個人の)生涯に渡るコミットメント』と引用されています。

ちなみにキャリアとは、中央教育審議会答申(2011 年)1.キャリア教育・職業教育の内容と課題(1){キャリア教育」の内容と課題によれば、「人が,生涯の中で様々な役割を果たす過程で,自らの役割の価値や自分と役割との関係を見いだしていく連なりや積み重ね」だそうで、どうもこれが元祖ではないかと思われます。

自分の社会での役割の価値を見出し連綿と能動的に厚みを増していくために研鑽や機会発見に取り組む自律的な意思・意欲、といったニュアンスでしょうか。

さて昨今では、
・終身雇用や新卒一括採用、年功序列制度などのほころび
・高待遇を求めて昇進したり転職したりする風潮
・フレキシブルに働くためにスキルを身につける
・組織に依存せずに自己実現する
・自分でキャリアをコントロールすることは、働きがいや幸福感になる
といった労働環境なのだそうで、キャリア自律が話題にならない日はないほどです。

日本の学生は「大学生後期」に進路を決める者の割合が高い(未来人材ビジョン)だとか、子供がなりたい職業の筆頭が会社員だとか、そういう情報があふれかえっているのを見ると、ややもすると近頃はヒステリックに過剰反応しているようにも思えます。

進路決定時期

少しでも国民の生産性を高めたい政府の意図もわかりつつ、自分なんかはつい、少子化で将来に危機感を持つ教育産業が、リカレントに活路を見出してキャリア自律ムードを過剰に煽っている陰謀なのではないかと勘ぐってしまいたくなります。

とはいっても、人材育成で研修効果を高めるために必要なキャリア自覚や必要スキル理解はキャリア自律のうえに成り立つと思えて触れないわけにもいかず、さりとて自らのキャリアを主体的に形成する行動はしばしば転職につながりそうな気もしてきて、それでなくても忙しいのに企業としてこれにどう関与対峙すればよいか悩ましいのです。

バーナードは1938年に著書「経営者の役割」のなかで、組織の中で個人が持つ2つの人格に言及し、組織の個人は組織の役割を担っている組織人格と個人的な全人的存在である個人人格を併せ持つとしています。

組織で働くのは個人にとっては目的達成手段であって、組織目標と個人目標は必ずしも一致せず時に矛盾するというのが目標の二重性という考え方で、キャリア自律が持つジレンマの原因なのかもしれません。

二重性をどう統合しバランスさせるかが経営者や管理者の重要な役割なのだそうで、でもどうすればいいかまではバーナードは教えてくれなかったので、どう取り組めばいいか考えてみたいと思います。

キャリア自律に触れる前に結論から言うと、キャリア自律が転職につながる懸念については、『第19話 人材育成したら離職するというのは見当違い』で触れたように、人材育成がコミットメント強化・定着性改善に寄与するという研究は多々あるものの離職を促進する可能性を示唆する研究は見当たりません

また、堀内らは「キャリア自律が組織コミットメントに与える影響」(産業・組織心理学研究 2009年,第23巻,第1号,15-28)で、「研究の対象者は大企業に勤務する正社員がほとんどであり、年齢段階によってキャリア自律の程度が異なっていることが示唆された」という断り書きはあるものの、
社員のキャリア自律は、社員一人ひとりの充実した仕事生活とキャリア形成を促進するだけでなく、組織への貢献意欲を高めることにつながり、組織にとってのメリットも大きい・・・キャリア自律した人材はキャリア競争力に富み、会社の成功にコミットしている社員であって、企業にとっても社員の自律的なキャリア形成を支援することの重要性が示唆された
キャリア自律の自己責任を強調するだけではなく、社員が自らの職業的自己概念を高め自分の能力・スキルの強み・弱みを把握し、主体的にキャリア開発に取り組めるよう支援していくことが重要
と結論しており、キャリア自律推進による離職の懸念はどうやら杞憂なようで安心してよさそうです。

※もっとも以前「第12話 中堅ベテランの離職防止は甲斐武田に学ぶ」で触れたように、心理的契約の不履行、組織公正、不履行理由の正当性、そもそもの組織コミットメント強度、信頼有無などによっては離職のふんぎりがつくこともあり得て、日ごろの付き合いはフェアであるべきです。

それでもIT業界のようにキャリアを積む武者修行に出る離職者は必ずいて、彼らを自社にとどめておくのが困難なことはあるかもしれません。

その場合は、どうしても抱え込む必要があるかどうかよく考えて、それほどでもないのなら副業で自社の仕事を手伝ってもらうくらいの度量を持つのが、今どきの対応だと考えるのもよさそうです。

キャリア理論の知見を浅く読み解く

自分は組織にはそれなり興味はあるのですが、個人にまで手を広げて収集つかなくなるつもりはなくて、ゆえに膨大にあるキャリア理論を深く学んで自ら過負荷をきたす気はさらさらないのですが、組織としてどう個人のキャリアに関与するのがよさそうか、ヒントにできそうな主張をいくつか見出したので紹介します。

キャリア発達の内容理論と過程理論(『人間科学研究』文教大学人間科学部 第 34 号 2012 年 益田勉)とかキャリアの学説と学説のキャリア(日本労働研究雑誌 2010年10月号(No.603)金井 壽宏)あたりで非常に詳しい解説があるので興味がある方はそちらを学んでいただくとして、自分がなんとなく役に立ちそうに思えた知見は、

(1)キャリアには内的・外的があって、内的キャリアには
①達成の誇り
②内発的な職務満足
③自尊心(self-worth)
④仕事の役割や制度へのコミットメント(積極的なかかわり)
⑤充実をもたらす関係(それ自体に価値・意味のある関係)
⑥道徳的満足感
が含まれ、これに対して外的キャリアには
①地位やランク(階層上の位置)
②物質的成功(財産,所有物,収入)
③社会的評判、名誉、影響力
④知識やスキル
⑤友情やネットワークのコネ(資源や情報を得る用具的関係)
⑥健康と幸福
が含まれる。

(2)キャリア発達を説明する理論は大別して内容理論と過程理論があって、内容理論とは、キャリア発達に対する所与の影響因としての、個人の興味や価値観と環境の要件の内容に焦点を当てる諸理論であり、過程理論とは、個人の興味や価値観の発達の過程と、環境要件の変化の過程などに焦点を当てる諸理論である
・仕事における情熱と才能を自覚することでなぜその仕事なのかを知り、他者に自ら働きかけることで誰が支援者・協働者なのかを知り、仕事の機会や転機を継続的に探索してどのようにキャリアを築くかを知っていくことで、キャリアは探索的に形成されていく(=キャリア・クラフティング)

(3)キャリア・コンピテンシー(主体的にキャリア形成を行おうとする思考や行動の特性)を促進するともいわれ広く研究されている心理的要因にキャリア・アダプタビリティ(関心、好奇心、統制、自信)がある

本棚

といったもので、他にも山ほどありますがここでの紹介はこれくらいにして自分なりにこれらをふまえ、キャリア自律にどう会社として向き合うのがよさそうか考えてみたいと思います。

キャリア自律度別対策

キャリア自律しなければいけない、キャリアオーナーシップを高めなければいけない、という強迫的トーンが感じられるというか、どうも近頃の巷の議論は労働者にキャリア自律を強制し、キャリア自律することが目的化してしまっている感が否定できません。

キャリア自律できていなくても仕事に満足できていて充実した暮らしが確約されるなら、キャリア自律を押し売りされるのは有難迷惑なのかもしれないです。

以下は自分だったらこう考えるかなくらいの解釈で、科学的に根拠があってこうするべきだ、というお話ではありません。

すでにキャリア自律行動している人材

すでにキャリア自律行動している人は、なにか行動するメリットがあるから行動しているわけですが、そのメリットとは先に挙げた内的キャリア・外的キャリアのよりよい実現(ないし将来的な実現の確実化)のためだといえるでしょう。

ここで改めて内的キャリア・外的キャリアの内容を吟味すると、内的報酬・外的報酬と限りなく一致するように思え、キャリア自律の目的はつまるところ現在あるいは/および将来の報酬を確実化し増大するためにあると言い換えられそうです。

さて報酬のために努力するとしたら、そのプロセスとしてポーターとローラーの期待理論を思い出すと、

・自己効力感と報酬の魅力により努力が促される
・努力にその方向性の正しさと才能が伴えば成果となる
・成果は内的報酬を喚起するとともに、公平性や適切な評価を経て外的報酬獲得につながる
・内的報酬と外的報酬への満足感が次なる努力の原動力になる

期待理論

という内容でした。

キャリア自律を行動に移しているということは、報酬に魅力を感じていて次なる努力をするモチベーションも行動スタイルもすでに具備していそうだから、自己効力感、方向性の正しさ、才能、公平性や適切な評価がそろえば期待サイクルが自転しはじめ強化される、つまりキャリア自律を促進できそうです。

自己効力感は成功体験から、才能は学びからそれぞれ得られるから、いずれにしても学んで実行することが肝心で、方向性の正しさは周囲のサポートと学ぶ内容に依存するでしょう。

公平性や適切な評価は当然のこととすれば、成人学習者『(4)自分で自己決定的・自己主導的に学習を計画、実行、評価できる』段階の人材は、本人のスキルレベルと希望に合致した学習・実践機会を提供すれば自動的に成長しそうです。

当然ながら、会社が社会的存在意義を発揮するうえで本人にどのような役割を担ってほしいのか、本人自身はどんな役割とやりがいを求めているのか、すり合わせて合意することが重要です、

さらにいうなら、専門領域の将来技術動向や周辺領域の進化動向の情報を提供すること、アンラーニングスキルの提供は有益かもしれないし、自己申告制度とか社内人材公募制度といった制度整備も必要な時が来るかもしれません。

育成する際は、リソースに限りがある外的報酬でなく、内的報酬への感度強化を伴う支援をするのがよいのでしょう。

キャリア自律未行動な人材

キャリア自律必要性は明確に感じているものの自律行動には至っていない人材は、成人学習者でいう
(2)自分で学習内容を決定でき、学習への動機や自信もあるが、学ぶ内容について知らず学習のためのガイドが必要
(3)自分で学習に必要なことを決定できるが、より深く学ぶためにファシリテーターが必要
といったステージなのかもしれません。

つまり、自分が目指す仕事はぼんやりながらイメージできて報酬への期待もあるが、そのために何を学んで努力すれば報酬の確実性を高めその方向に自信をもって進める自分になれるか手探りな状態です。

この人も基本的には努力すれば報われる期待形成はできているので、自己効力感、方向性の正しさ、才能、公平性や適切な評価がそろえば期待理論サイクルは自動的に回りそうです。

意欲はあるがどう学びに取り組めばいいか曖昧な段階だから、受け持つ業務や周辺業務領域の経営学知識や産業組織心理学などの基本知識を体系的に理解して、自発的学びの入り口や方向性を示し学問・業務体系の俯瞰を促すことが有効でしょう。

さらにそれら知見を実践的なナレッジにするために、経験学習でいうところの内省・抽象化を支援するコーチングを通じて、内省・抽象化能力を習慣化すると学びが促進しそうです。

学んだことはやはり実行し仕上がり具合をフィードバックして成功体験・自己効力感を与えることが肝心で、会社が求める本人の役割と本人自身が求める役割のすり合わせ合意も欠かせないでしょう。

キャリア自律を模索している人材

模索しているものの進路を決定できないような場合、以下のような7つの因子が考えられるといいます。
1.特性的不決断(広汎で永続的な不決断)
2.情報不足(意思決定に関する知識、自己理解、キャリア情報に関する知識の不足)
3.選択不安(意思決定に関する情緒的な問題)
4.自己同一性拡散(自分がわからなくなってしまった)
5.他者との不同意(重要な他者からの反対)
6.積極的選択葛藤(魅力的な選択肢から1つを選択できない)
7.情報欲求不足(自ら情報収集する必要性を認識していない)

これらの原因で、キャリア不決断に3類型
1.意思決定の前に生ずる問題(情報不足や自己同一性拡散など)
2.特性的不決断や選択不安と言った認知的・情緒的経験
3.重要な他者の不同意がキャリア選択の実行を阻害する
の問題タイプが生まれるそうです。

早く決めろと急かす話ではなさそうに思うのですが、一歩を踏み出すか腰を据えて能動的に検討するか、いずれにしても何らかの行動を決断する必要がありそうな状態です。

ここで大事なのは自力で解決できるかどうかで、解決できないのに延々ともがいているようだと時間や体力の浪費ともいえるので、会社として業務により良いパフォーマンスを発揮してもらえるように支援することを考えても良いのでしょう。

こういう場合は、こういう状況解決方法に詳しいキャリアコンサルタントなどに、何が問題でどういう対処オプションがあるかカウンセリングしてもらうことが良いのかもしれません。

むろん無理にキャリア方針を決めるべきでもなくて、会社の本人への役割期待は示しつつ、本人の葛藤を緩和し主体的前向きに物事をとらえる心構えで次の一歩につながれば良いのでしょう。

キャリア意識発現に至っていない人材

自己のキャリアへの関心が低い状態(キャリア・ドリフト)や自己の将来キャリアに霧がかかったように不透明で見通せない(キャリア・ミスト)ような場合は、キャリア自律を緩く促す程度、内的外的報酬への欲求を穏やかに喚起する程度でいいのかもしれません。

キャリア発達の過程理論でいうと、個人の興味や価値観の発達の途中段階にあって、なぜその仕事なのか啓示に巡り合えておらず、引き続き仕事の機会や転機を継続的に探索する段階といえるのかもしれません。

キャリアアンカー理論によれば、個人がキャリアを選択していく上で譲れない価値観や欲求や能力はキャリア中期(25-45歳)に確立するのだというから、それまでは個人としてのビジョンは無理して決めずに模索期だと考えて、組織に入った初期のうちは、組織の価値観や会社の本人への役割期待をリファレンスにして自分自身を内省するのがいいのかもしれません。

個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定されていて、その偶然を計画的に設計し、自分のキャリアを良いものにしていこうという「計画された偶発性理論」なる考え方もあるくらいで、キャリア初期はむしろ、特定の仕事に執着せずに会社のおぜん立てに乗って積極的・探索的にあれこれチャンスを試してみるのも良いのかもしれません。

キャリア・コンピテンシーが形成されていないと考えられて、その形成要因である関心、好奇心、統制、自信などキャリア・アダプタビリティを涵養する支援育成姿勢が大事かもしれません。

入社前の内定者なども同様に考えてよいのではないでしょうか。

キャリアが停滞している人材

自分の能力や、今後どこまで昇進できるかなど先が見えてきたときに、キャリアがある程度のところで停滞する状態はキャリアプラトーと呼ばれるようです。

これは自律というよりむしろモチベーションが低迷している状態、ご褒美への期待が失われている状態に思えます。

本人それぞれの価値観に沿った、モチベーションの覚醒が大事なのでしょう。

企業にとってのキャリア自律支援の意義

この忙しいのにそれほどまでに個人のキャリア自律を支援しなければいけないのか、という疑問は抱かずにはいられないでしょう。

キャリア自律によってたとえば生産性が高まるといった、企業にとってのメリットを示す科学的な根拠のある研究論文などは自分はいまだ見いだせていないのですが、モチベーション高揚によっても、コミットメントの強化によっても、生産性が仮に改善するとしてもわずかなのは科学的にはほぼ公知の事実といっていいので、キャリア自律促進が収益に直接貢献するとは考えにくいのです。

堀内らは「キャリア自律が組織コミットメントに与える影響」(産業・組織心理学研究 2009年,第23巻,第1号,15-28)で、
「キャリア自律がキャリア充実感を介して組織のためにすすんで貢献しようとする情緒的コミットメントを高める」「キャリア自律が,仕事のやりがいや充実感,自己のキャリアに対する肯定的評価と今後のキャリアの見通しを高め,キャリア充実感を促進する」ことを報告しており、キャリア自律はコミットメントやモチベーションを高める、つまり間接的に経営革新など役割外行動や困難なタスクへの取り組みを強化しうることが示唆されます。

キャリア自律は社員自身が自らの業務技能を高める行為といってよく、結果としてより高度な課題解決手段を身に着けることになると考えれば、あえて血生臭い比喩をするなら、イヤイヤ訓練を受けて槍や刀で戦う兵隊と、自ら進んで機関銃や近代兵器を使った近代戦術まで学び訓練された軍隊とでは、その戦闘力は比較にならないでしょう。

不透明な経営環境の中で生き残っていくためには、士気や成長意欲が高く自ら育つメンバーの存在こそが大事で、とはいえ、彼らの存在を会社の意義のより良い実現にどう活かすか、戦略的に考え育成に取り組む必要があるように思います。

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