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23 成人学習メカニズムをふまえ研修効果を高める

(2022/10/02)

企業内の学び・学び直しを促進するためのガイドライン(労働政策審議会人材開発分科会)や成人学習(アンドラゴジー)の概念は、社員を育成するための参考になりそうなことについて、『22 自主性頼りの人材育成では日本を立て直せない』で説明しました。

それを踏まえ、科学的根拠があって効果的な人材育成の取り組みかたを、まずOff-Job研修について考えてみます。

人材育成の課題は効果の把握

人材育成を行ううえでの担当者の悩みは、育成効果の把握ができないことに尽きるでしょう。

効果検証ができればより有効な研修を設計することができるし育成にかけるコストを正当化できるわけですが、実務への寄与度が把握できないことはかなり大げさに言うと人類共通の悩みかもしれません。

教育の効果を測定する試みでもっとも普及しているのはおそらく、米国では約7割近くの企業が採用しているといわれるカークパトリックの4段階評価法でしょう。

復習しておくと、

レベル1がリアクション(Reaction)で、受講直後のアンケート調査等による受講者の研修に対する満足度の評価
レベル2はラーニング(Learning)で、筆記試験やレポート等による受講者の学習到達度の評価
レベル3はビヘイビア(Behavior)で、受講者自身へのインタビューや他者評価による行動変容の評価
レベル4はリザルツ(Results)で、研修受講による受講者や職場の業績向上度合いの評価

という有効性評価の考え方で、さらに

レベル5として「ROI(Return On Investment)=(研修の結果生じた収益-研修コスト)/研修コスト」あるいは 社会的影響(顧客への影響など)を評価するという考え方もあります。

研修が経営成果にどの程度貢献したかを測定するのが容易でないことは、誰でもわかることだし、いろいろな研究者が効果判定の方法を模索していまだ良い解決には至っていないのです。

研修

ROIや顧客への効果については、直接のROI自体は低くてもビジネス継続に不可欠な仕事行動を欠くことはできずそのための研修は不可欠だし、不必要な仕事行動があるのなら人材育成の問題というよりそもそも、無駄な業務を改善せず温存している業務体質に問題があるわけだから、自分はROIを測定評価する必要性は低いと考えます。

言い換えれば、事業にとって必要性のある業務を実行できるようになることこそまさに研修の成果なわけで、目標業務行動を不安なくできるようになったら成果あり、と考えればよさそうに思うのです。

学習到達度(レベル2)や行動変容度(レベル3)の効果測定を継続的に実施している企業では、単なる研修効果の測定だけではなく、受講者への学習内容の復習や、求める行動変化を促す手段として活用している場合が多いといいます。

研修の結果として業務の経営貢献度が高まることが重要だとはいえ、あとに述べるようにうまく業務行動実行に至るには、必ずしも研修のやりかただけに依存するわけではないので、満足度とかテスト結果のような研修そのものKPIを測定し、研修単体の評価とフィードバックをすることは重要です。

研修効果に影響する要因

あまり広くは知られていない知見なのかもしれないのですが、能力・態度における研修効果に影響を与える要因とその関連性(小薗 修,大内 章子、日本労務学会誌/17巻(2016)1号)という調査研究があって、「効果のない研修の多くは研修中よりも研修前や研修後の段階に問題」がある、と指摘しています。

同報告は、Off-Job研修効果の有無を180人の研修受講者本人の主観で判断していて客観判定でない点でやや説得力に欠けるのですが、2016年時点で研修の効果に関する研究は海外では多いものの国内研究は始まったばかりだそうで、あまり例のない知見といえそうです。

政経研究第55巻第3号 日本企業における新卒採用基準の実態と問題点(谷田部光一 2019/02)」は、企業は「自社に適合するための能力開発がしやすい可塑性に富む労働素材」としてコミュニケーション能力の高い人材を採用する傾向を示す、と言います。

しかし改めてよく考えたら、従業員に対する研修や人材育成といえど対象者には普通に社会生活するレベルのコミュニケーション能力(≒見聞きしたことを理解する能力)はあるはずだと考えると、選考採用でことさらコミュニケーション重視するのは的外れで、研修前後を含めた人材育成プロセスを再設計する方がよほど賢明かもしれません。

それはさておき、「能力・態度における研修効果に影響を与える要因とその関連性」によれば、受講者は環境からの学びへの影響(上司支援,職場環境,成長意欲,受講環境,研修メンバー,研修後交流)を受けながら,学習レディネス,研修マッチング,実践レディネス,実践意志というプロセスを経て研修効果の発揮に至るといいます。

この結果を当たり前と考えるか、経験的に感じてはいたが確証がなかったことが科学的に裏付けられたと思うかは人それぞれですが、気づく人にとっては内容を吟味する価値がありそうです。

なおこの調査においては各々の影響関係は統計的には確度が高いといえますが、本人主観に基づく研究でもありどんなケースでも同じ結果になるかというと、類似傾向にはなりそうだがすべての場合に同様の結果が出るとは必ずしも言えないと考えておくのが良いように思います。

研修効果発現に至るステージの遷移

受講者がたどる段階は、

学習レディネス(受講者自身がこれから受講する研修についての受講前提能力を持ち必要性を感じる)
   ↓
研修マッチング(研修内容や発達課題を考慮したタイミングが受講する者にとって適切である)
   ↓
実践レディネス(学んだ内容を業務に活かすことに自分の言葉でやりがいを表現できている)
   ↓
実践意志(実践するための時間や機会を作ろうという意志と実践する機会がある)

で、どこかがボトルネックになるとうまく学びの発揮にたどり着けないといいます。

受講者がたどるプロセス

※図中の数字や*マークは影響度合いの統計学的な表現で、.71***は「かなり影響が強い」、.43***は「そこそこ影響が強い」くらいに理解していただき、気になるヒトは「パス解析」を学んでください。

実践意志
研修効果の発揮に直接影響する実践意志とは、学んだことを実践しようと努力したり、実践できる機会を模索する傾向の強さなので、自分なりに新しいことにチャレンジする意欲や、実行チャンスの探求姿勢が実践の原動力になると言い換えることができそうで、業務の理解と業務に対するモチベーション形成が鍵になりそうです。

モチベーション形成のためには、ポーターとローラーの期待理論によれば、自己効力感、報酬の魅力度、努力の方向の正しさ、才能などが影響するというから、周囲が期待を示し、実践機会をコーディネートし、実践出来たら評価称賛するような成長を促し称賛するムード作りから自発性や自己効力感を育てることが必要なのかもしれません。

期待理論

またハックマン・オルダムの職務特性理論は、内発的動機付けは有意義感(技能の多様性+職務の完結性+職務の重要性)と責任の実感(職務の自律性)とフィードバック(結果の理解)の影響を受けるとしており、実践を通じてそれらの実感を持たせるつまり見守りつつ権限移譲することで、新しい業務を習慣化し習熟するとともに新しい業務に前向きに取り組む姿勢を強めるのかもしれません。

実践レディネス
研修内容の修得度・理解度、学びを実践に移すための計画の練度が実践レディネスの意味するところで、これは研修の設計(と本人の理解能力)に依存するのでしょう。

研修マッチング
キャリア形成のうえでのタイミングよさ、適切な難易度、内容と業務との適合感など、本人のキャリアイメージがはっきりしているつまりキャリアパスが本人の腑に落ちていて、かつキャリア実現の必要スキルと研修内容の一致が必要でしょう。

学習レディネス
研修の必要性と有益性の認識・納得感であり、これもキャリア自覚と必要スキルへの納得理解が必要でしょう。もっとも学習内容を理解するに足る前提知識は不可欠で、四則演算能力が怪しいのに利益管理を教えるのはほぼ不可能です。

つまり学習者本人が研修結果を業務に前向きに活かしていくためには、キャリア自覚と各キャリア段階で必要とされるスキルを理解し、これにもとづいて本人が研修の必要性を理解し向上心や納得感を持つことが必要で、業務の理解と業務に対するモチベーション形成と、学びや成長を促す職場のムード作りも必要、と解釈できそうです。

成人学習メカニズムをふまえ研修効果を高める

成人学習の効果を高める間接的な環境要因としては、

研修後交流
研修後に他の参加者と情報交換相互刺激することで学びがよみがえるのか、実践意思の強化(.36***)につながるようです。

研修メンバー
ともに学ぶ受講生との情報交換が学びの促進や学習意欲増進につながり、少し研修マッチング感を高める(.18*)ようです。

研修仲間

受講環境
オープンでリラックスした受講環境が積極性を生んで、研修マッチング感を高める(.48*)ようです。

職場環境
職場のムードが学びや実践を促すものであると、少し学習レディネスを高める(.27*)のに加え、受講環境に適応し(.33***)研修後交流も少し促進する(.24***)ようです。

上司支援
学びや実践を促す上司の理解姿勢やサポートが、学習レディネスを高める(.39*)のに加え研修後交流(.35***)や研修メンバー(.33***)に影響するようです。

成長意欲
仕事を通じた自己実現意欲や成長意欲が実践意志を高める(.24*)のに加え受講環境(.27**)や研修メンバーを高める(.21**)ようです。

環境要因をまとめると、メンバーや受講環境含めかなり研修の設計の出来具合に依存するものの、上司や職場の支援姿勢と、本人の成長意欲も重要なようで、実際の影響関係については研究報告のモデル図を確認してください。

効果的研修の具体的な設計方略も気になる所ですが、学習心理学とか認知心理学の知見も必要になってきて、手を拡げると収拾がつかなくなりそうなのでここで触れることは見送ります。

ではOJTはどうだろう?

以上はOff-JTでの学びに関する知見でしたが、形式知化しにくい業務や習熟を要する業務に向くOJTはどうかといえば、
・キャリアの自覚と実際に必要なスキルにもとづいて本人が研修の必要性を理解し納得感を持つこと
・業務の理解と業務に対するモチベーション形成
・成長を促す上司や職場のムードとサポートの有無
といった要素は、Off-JTよりもOJTのほうがよりリアリティがあって影響度は強そうに思えます。

適切な参考文献が見いだせたら記事を追記するとして、現時点ではOJTについてもOff-JTと同じ因子が影響すると考えておくことにします。

さらにOJTについて一般的には、トレーナーに目標設定スキル、コミュニケーション力、フィードバック、コーチングスキルといったスキルが必要だといわれますが、その正しい使い方のDoHow的な情報になるといきなり見当たらず、科学的に効果が確かめられたOJT手法なども見当たらなくて、のちほど少し触れてみたいと思います。

とはいえOJTも、実施に先立ってモチベーションやコミットメントを適切に覚醒しておかないとてこずることになるであろうことは、言わずもがなでしょう。

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