人材戦略トップ
シェア

20 コンピテンシーの強化戦略を考える

(2022/09/04)

これまで〇〇力と呼んでいた思考特性や行動特性のうち、職務や役割において優秀な成果につながる行動特性といえるコンピテンシーの強化戦略を考えるすこし掘り下げてみようと思います。

業績に貢献する行動特性

社会人基礎力などが提示する〇〇力はあくまでも一般的普遍的に社会人に必要な能力で、確かにすべてに秀でているに越したことはないのですが、ビジネスモデルや職種やその時々の環境によって業績に貢献する行動特性は異なるはずで、影響度の大きいものがコンピテンシーである、と考えて重要性を見極めることが必要でしょう。

本当にその業務に〇〇力が必要ならば、日々の業務執行のなかでたびたびその能力を発揮する機会や重大な局面が生じるはずです。
逆に発揮機会が少ないあるいは業績寄与が少ない〇〇力は、育成する優先度が低いと割り切らないと育成エネルギーが分散してしまいます。

はっきり目に見える業務成果が出にくい〇〇力も少なからずあるかもしれず、業績との因果関係が不明瞭だと成長実感が得られにくく育成しにくい特性だといえるでしょう。

では業務にはどんな〇〇力が必要か、(独法)労働政策研究・研修機構が平成 27年5月の労働政策研究報告書 No.176 職務構造に関する研究Ⅱで、建設、税増、運輸、小売り、宿泊、飲食、医療、福祉、IT、その他サービスの各業種、また、研究者技術者、専門的職業、事務、販売、サービス、農林漁業、生産工程、輸送機械運転、建設採掘、運搬清掃包装といった職種別で、仕事に必要な能力等について5万人の勤労者に調査した結果を公開しています。

多くの人が重要と考える特性がその業種で重要で重点的に育成すべき能力だと考えるか、他社と同じビジネスをしていては差別化できないと考えるかは経営戦略次第ですが、参考にはなりそうです。

氷山モデル

コンピテンシーという概念はそもそも、ハーバード大学の行動科学研究者であるD.C.マクレランド教授を中心としたグループが、「学歴や知能レベルが同等の外交官(外務情報職員)が、なぜ開発途上国駐在期間に業績格差がつくのか?」という調査・研究の依頼を米国国務省から受け、「業績の高さと学歴や知能はさほど比例することなく、高業績者にはいくつか共通の行動特性がある」と回答したことが始まりであるとされています。

これらの研究結果から、さらにマクレランド教授は人の行動の目に見える部分である「スキル、知識、態度」に対しては、目には見えない「動機、価値観、行動特性、使命感」など潜在的な部分が大きく影響を与えていることに注目していきます。

行動の目に見える部分は氷山の一角であり、実際に氷山を動かしているのはその水面下の大きな部分だという着想です。

この考えは「氷山モデル」と呼ばれ、成果を上げる行動を評価する現在の人事システム構築のためのコンピテンシー理論の基礎となったそうです。

氷山

つまり柔道の心技体のごとく、キレのある有効な技を繰り出すには、目に見えにくい正しく強い心や、技を使いこなせるパフォーマンスの高い身体の育成が不可欠だということです。

強化育成するための効率的な手段

問題は、コンピテンシーや潜在的な意識を強化育成する効率的な手段が見い出されていないことでしょう。

コンピテンシー強化研修や相互啓発などそれなり足しにはなるものの、知っているのとやれるのとは別問題で、実務において困難な課題を割り当てること(タフ・アサインメント)が最も育成効果が高いといわれているようです。

研修

価値観や使命感にいたっては、研修等の育成施策で一朝一夕に開発することが難しいのはいうまでもないことです。

学習の定着率に関して良く知られたものとしてはラーニングピラミッド理論がありますが、文献「ラーニングピラミッドの誤謬」を見る限り残念ながらほぼ科学的根拠がないと一刀両断されています。

昨今比較的支持されているコルブの経験学習理論は、具体的経験→省察→概念化→試行の4段階からなる学習サイクルを提唱していて、見聞きするだけでは知識として定着することは難しく、体験したり学んだことを能動的に咀嚼反すうするようなプロセスを学びに取り入れることが習得効果を高めるコツだとします。

経験学習理論

自分なりに学びの本質を振り返り検証することつまりメタ学習がスキルを本物にするといってよいのでしょうが、問題は初期の学びは基本理論を研修で知ることができても、得られた知識を応用する方法そのものは応用の中で習得するしかない、いわば缶詰の中に缶切りがあることです。

たとえば実務で課題発見力が求められるシーンは往々にしてありますが、課題発見力が十分涵養されていない場合、今こそ課題発見力を発揮するべき課題に遭遇した場面であると気づくこと自体が難しいでしょう。

運が良ければ指導者が介入して気づきを与えてくれるものの、そういうサポーターがおあつらえ向きに傍にいることはほとんどなくて、しかも課題発見力が十分高い指導者でなければ指導者自身がそのタイミングであることに気づかない、気づいてもうまく課題発見に誘導できない、発見した課題そのものの本質を洞察助言できない、課題の解決方法についてコーチング・ティーチングできない、といったことが生じます。

それどころかヘボな上司だと、そんなこと考えてる暇があったらアポ電話の一本でも掛けんかボケとか怒鳴り散らす訳で、その結果、課題発見力を発揮して怒られるくらいなら言われたことだけやってればいいやと、指示待ち人間化を促進することが産業組織心理学で指摘されています。

コーチングは確かに有益なスキルではありますが、「傾聴」、「質問」、「評価(認める)」ことで部下自身に解決策を考えさせるだけでしかなくて、コーチ自身が問題の存在に気づき解決できるだけの能力と教示力が伴っていないと正しく導くことは不可能に近いといえます。

なおかつ十分に能力が形成定着される前にサポートが中断されると、たとえば部署の異動でヘボな上司のもとに移籍させられると、行動が変容習慣化しないうちに介入効果が中断してしまい、学びかけたコンピテンシーの消去(退行)が起きてしまいます。

上司あるいは指導者は当然のことながら指導される側より相当程度高いコンピテンシーが求められ、組織的体系的計画的に配備される必要がありますが、そもそもそうなっていない人材不足な組織は少なくないでしょう。

したがって、実務でたびたび発揮する必要がありそのチャンスの多いコンピテンシーであっても、実務で実体験して能力強化できる可能性はそう多くないと考えるべきかもしれません。

また経験に偏りすぎずに正しい理論や体系的なセオリーを学ぶことは守破離の破にあたって経験を積むのと同じくらい重要です。

なお行動の消去というのは行動分析学で使われる言葉ですが、新しい行動パターンを修得させる手法は、行動分析学に多くの知見があります。

注)行動分析学についてはのちほど簡単に説明します。

コンピテンシー強化

コンピテンシー獲得するうえで、使命感や価値観から生じる内発的動機が形成されるまでは、行動分析学の知見を使った指導者によるパフォーマンスマネジメントと呼ばれる行動強化介入は非常に有効だといえ、しかし指導者自身のコンピテンシーが弱い場合やマネジメントスキルが低い場合、さらにはコンピテンシー発現行動への建設的フィードバックなど適切なフォローなしには、十分な強化はできないため別の手段を考える必要があります。

コンピテンシー強化する方法は、産業組織心理学や行動分析学などの知見を咀嚼するとなんとなく思い当たる節もあるのですが、科学的に効果を検証できているわけでないのでここで記事にするのは差し控えます。

またコンピテンシーが獲得できたとしても、それが有効に機能するためには正しく強い心を育成する必要があって、技能・コンピテンシーと併せてそもそも会社の存在目的の理解や「動機、価値観、使命感」などを三位一体で強化する必要があるといえます。

なお、コンピテンシーを強化するうえでもう一つ重要なのが、コンピテンシーの現在のレベルと到達目標を本人が定量的に把握できる仕組みを作る事ですが、抽象的概念の具体的なスケールを作るにはそれなりに工夫が必要です。。

ページのトップへ戻る