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15 従業員のモチベーションが重要な本当の理由

(2022/07/31)

モチベーションあるいは自発性といった、従業員が仕事に取り組むうえでの前向きさや充実感に影響する因子は、古くから産業組織心理学で研究が行われています。

それらを喚起するには、経験的手法や科学的根拠が明確にされていない手法でも何もしないよりはましかもしれませんが、同じコストや手間をかけるなら科学的根拠があるほうがより課題の核心を突いて確かな改善が見込めるでしょう。

さらにいえば、世の中に出回っている人材資源系ソリューションも怪しいものも少なくない一方で、ちゃんと背後の原理を正しく理解して使えば知らずに使うよりはるかに有益で効果的に使いこなせる手法もあるでしょう。

広く受け入れられた研究から限定的な知見までいろいろあってどれが確度が高いと言い切れるかはっきりしないのが心理学なのですが、ここではそれなり科学的に検証されて支持されているであろう知見を俯瞰したいと思います。

行動を促すにはご褒美がいる

人に自発的行動させるにはご褒美がいる、もう少し学問的な表現をすれば行動前後の環境状態が本人にとって好ましく変化改善すると見込まれるときに人は自発的行動をする、というのが行動分析学が示す行動原理(行動随伴性)です。

仕事をしたら報酬が貰える(あるいはやりがいという満足感がえられる)から働く、頂上の格別な景色と気分を楽しめるから山に登る、など、物理的なご褒美か精神的なものかは別として、本人にとって状況が自分に好ましく改善するから行動が行われるわけで、暗くて見えないから電灯をつけるのも好ましくない不都合状況が改善されるという意味でご褒美獲得行動なのです。

当たり前のことを言っているように思えるし確かに当たり前ではあるのですが、それが当たり前に実行されないのが世の中のあるあるで、報酬が上がるわけでもないのに売り上げアップを押し付けられたりして、案の定未達に終わったりするのはこの大原則に従っていないからなのです。

このような、ご褒美が手に入るから実行するような行動を総称して、行動分析学ではオペラント行動と呼びます。

ちなみに、梅干を見ただけで唾液が出る、メトロノーム音で犬がよだれを出す、といった学習行動や、熱いものを触ると無意識に手を引っ込めるような反射行動・本能行動は、特定の刺激に誘発される行動でありレスポンデント行動と呼ばれます。

梅干し

上司に命令されてご褒美なしの仕事をしたりタスクリストに従い淡々と業務をこなすのは、いわば刺激に誘発されるレスポンディング行動といえるでしょう。

従業員に自発的に仕事をしてもらうには何らかのご褒美が必要ですが、人によって特に好ましいと感じ行動の動機となるご褒美が異なっていることが面倒なところです。

なお行動分析学は1930年代にスキナーが体系化した応用心理学の一派で、あまり日本ではメジャーな学問とは言えないかもしれないのですが、自閉症児や発達しょうがい患者の問題行動を改善するのに用いられ実社会で有効性が検証されている行動介入手法といえます。

発達しょうがいや自閉症の子どもたちの学習を支援する手法は、社会人が新しい行動を修得したり行動改善するうえでも強力な方法論になりえるでしょう。

命令を聞かないと罰を与えることも人を行動させるためによく使われる手法ですが、罰に対する耐性がついたり罰を与える人間を避けるようになる、全般的に行動が抑制されて新しい行動が出にくくなるなど弊害が多く、罰すなわち嫌子で人の行動を動機づけるのは好ましくない、と行動分析学は指摘します。

誘因(ご褒美)とは

以前の記事で触れたように、経営組織論では、組織と個人の関係は基本的にギブ・アンド・テイクであり、組織側から提供するものを「誘因」、個人が提供するものを「貢献」と呼んで、貢献を提供するのに十分な誘因が提供されることで誘因と貢献の交換関係が成り立つとします。

従業員が前向きに仕事に取組むための誘因(ご褒美)とはなにかというと、産業組織心理学では外的報酬、間接的報酬、内的報酬があると考えます。

・外的報酬
給料が上がる(金銭的報酬)、上司や仲間から認められる、昇進・昇格する(処遇的報酬)など、外部からの刺激を指し、飽和化(外部からの刺激としての働きが鈍くなること、慣れ)が起きたりアンダーマイニング効果(報酬を与えるなどの外発的動機づけを行うことによって、モチベーションが低減する現象)を起こすことがある、ただし有能さを認めたあかしとして提供される外的報酬はモチベーションを高めるし、言葉による称賛はアンダーマイニングを起こしにくいとされます。

お金

間接的報酬
休暇や医療保険、福利厚生といった特別な待遇を指し、外的報酬に含んで説明されることもあるようで、当HPでも以降そのように扱います
内的報酬
達成感や充足感、行動すること自体の喜びといった本人内部から生み出される刺激で、内発的に動機づけられた行動の特徴は効果が長続きすること、興味や楽しさが外的なものによって妨害されない限りは継続的に続いていくとされます。歳を重ねるにつれて報酬や罰という外的要因の影響を受け、内発的動機づけは徐々に薄れてしまい最終的には無くなってしまうという説もあるようです。

ちなみに達成や責任、成長など仕事そのもので生じる内的要素は動機付け要因とも呼ばれ、人間関係や給与、企業方針など外的要素は衛生要因とも呼ばれていて、仕事の満足をもたらす要因は仕事そのものにまつわる内的要素で、外的要素を強化しても動機づけにはならないのです。

ガッツポーズ

動機付け要因と衛生要因の考え方はハーズバーグの二要因理論といって産業組織心理学では古典的ともいえる知見で、重要なので繰り返しますが、報酬アップしてもモチベーションは高まらず仕事へのモチベーションを高めるのは仕事のやりがいや達成感などである、とはいえ給与の減額などが起こるとモチベーションは低下するし仕事や会社への不満足は高まる、という考え方です。

内的な報酬に動機づけられる内発的動機づけと外的な報酬に動機づけられる外発的動機づけは対立するものではなく、自己決定性を高めていくことで、外的調整段階→取り入れ的調整段階→同一視的調整段階→統合的調整段階→内発的動機づけ段階とランクアップすると考えるのが自己決定理論で、有能さ、関係性、自律性の3つの欲求が満たされていくことで、人は内発的動機づけや心理的適応を高次化できるそうです。

ちなみにビジネスへの応用の観点からおおざっぱに言えば、行動分析学が新しい行動を学び習慣化する(適切でない行動の鎮静化を含む)のを研究し支援する方法論だとすれば、産業組織心理学は行動へのご褒美である内的報酬(やりがいや充実感などの心理的満足感)の生成メカニズムを探り、報酬を強化するための取り組みのヒントを与える知見だといっていいのではないでしょうか。

動機の喚起

動機を喚起するメカニズムを説明する理論として、期待理論と職務特性理論があります。

期待理論

自発的行動を起こすかどうか(モチベーション)はその結果に対する期待の大きさに依存すると考え、

期待=V(報酬の魅力)×PO(業績と報酬の関係)×EP(努力と業績の関係)

と説明されるのがブルームの期待理論で

モチベーション=成果・報酬の魅力(誘意性)×成果と報酬の関連度(用具性)×「成果への主観的な見込み(期待)
と記述されることもあります。

この期待理論の発展形がポーターとローラーの期待理論です。

期待理論

図中の文言はわかりやすさのため一部表現を変えていますが、図そのものは基本オリジナルのままなので、突っ込みたいところがあっても我慢してください。

この理論の意図は、

・報酬の魅力(誘意性)と努力すれば報酬を得られそうな見込みの強さ(期待)の度合いによって努力量が決まる。
・努力にさらに能力や資質、努力の正しい方向性(役割知覚)がプラスされることで、業績や成果の大きさが決まる。
・実現された業績や成果の大きさは、努力→報酬の見込みの度合いを補正する。
・業績や成果の大きさは、内発的報酬(自己の達成感、成長感)と外発的報酬(昇給、昇進、承認、賞賛など)の獲得量に影響を与える。
・外発的報酬は必ずしも満足できる水準とは限らず、業績や成果との主観的な比較のなかで公平公正感あるいは不公平不公正感を生む。
・内発的報酬、外発的報酬、公平公正感のトータルで、報酬に対する満足感がきまる。
・得られた満足感が、努力に対する報酬の魅力度の強さを補正する。

つまり、がんばった結果得られた報酬にどれだけ満足したかが、次回の行動を起こすモチベーション(ご褒美の魅力認識と期待感)に影響する、ということです。

この図では公平公正だけが影響因子として記載されていますが、

・能力資質つまりスキルは教育研修機会が多いほど強化されうる、つまり教育研修することでモチベーション強化できる可能性がある
・努力の正しい方向性は上司のフォローによってより正しく修正される、つまり上司からの好ましいコミュニケーション・指導助言が期待できるとモチベーション強化できる可能性がある
・褒めるなど自信の強化や職場の人間関係円滑化といったことも内的報酬強化につながり、モチベーション強化できる可能性がある
・努力~外的報酬の見込みがイメージできるためには、評価制度の公平公正に加え評価者への信頼感が必要で、モチベーション強化に信頼感が必要

など、行間に少なからずヒントや取り組むべき工夫の余地が隠れていることがわかります。

加えて、

・明瞭で納得できる人事評価制度を公開し本人に開示することで、昇給や昇格(外発的報酬)の条件を明確にする
・仕事の指示を適切にすることが業績や成果の効率的実現・報酬の実現性の向上につながり、努力量に対する業績の増大につながる

といった配慮もモチベーション維持に重要と言えそうです。

ハックマン・オルダムの職務特性理論

有意義感(技能の多様性+職務の完結性+職務の重要性)÷3
× 責任の実感(職務の自律性)
× フィードバック(結果の理解)
=MPS(Motivating Potential Score:内発的動機付けスコア)

で示されるのがハックマン・オルダムの職務特性理論で、

・業務に必要な技能が単調でない、職務の最初から最後まで仕事全体を見渡せ関わっている、職務に意義があって重要だと認識できている、の少なくともどれかが満足されていれば仕事に有意義感が持てる
・指示に従うだけの職務で裁量度が低いと動機づけが起きない
・仕事の進捗や成果が明確に把握できないと仕事の手ごたえが得られずモチベーションが下がる

ということを示していて、これが満たされないとチャップリンのモダンタイムズを笑えなくなり、モチベーションや職務満足が低下し、出勤率や離職に悪影響が出るとされます。

本人の成長欲求が高い場合ならば内発的動機付けスコアは、業務の組み換え、ジョブローテーションなど、あるいはジョブ・クラフティング(業務再設計)などによって改善することができます。

その他のモチベーション影響要素

リーダーシップ
部下の個人特性と仕事の環境に応じて、指示型/支援型/達成志向型/参加型といったリーダーシップの使い分けをしないと、部下に効果的な働きかけができないようです。

グループダイナミクス
一人の時と比べ他者の存在に安心して力が抜けるいわゆる社会的手抜きも、動機付け低下状態といえるでしょう。
明確なリーダーシップのもとで、メンタルモデルを共有し、チームの結束やコミットメントを高め、目標設定や手順の共通認識を深める必要があります。

褒める𠮟る
職務特性理論のフィードバックにも通じますが、良い仕事をしたら褒めることが重要で、もっとも応用心理学上は褒めるコツがあり、叱るのも同様にコツを外すと逆効果になります。

褒める

自主性を損ねるマネジメント
指示や命令などを多用し自ら考え動く機会を奪うと、指示待ちになるということがわかっています。
指示以外の行動をして批判や文句をうけることを避けるためだといわれ、それが進行してあきらめを学習してしまうと無力感予期から無力感抑うつ、学習性無力感など動機付け、認知、感情、自尊心に障害が生じることもあるといわれます。

モチベーションの経営メリット

職務特性を改善することでモチベーションや出勤率や離職率の改善につながることが確かめられており、モチベーションが出勤率や離職の原因かどうかはともかく、相関があるのは間違いなさそうです。

池田は「ワークモチベーション研究の現状と課題」池田浩 日本労働研究雑誌 No. 684/July 2017で、働き方改革に伴い、今後一人ひとりの自律的なワークモチベーションが一層求められるとし、さらに課題(業務)遂行過程は3段階あって、着手段階であれば「やってみよう」という意思の方向性や強度に関わるモチベーションが、中途段階であれば紆余曲折しながらも「最後まで取り組み続けよう」という持続性のモチベーションが、そして結果・完了段階では「また次も頑張ろう」という継続性に関わるモチベーションがあって、これらのワークモチベーションを引き出すことが求められる、と指摘します。

モチベーション強度が生産性や収益に寄与するかのような主張を見かけることもありますが、自分も相当探したものの信頼に足る研究で寄与を裏付けるものは見当たらずそういう主張に根拠があるといえないのですが、ご褒美がモチベーションを高揚し、モチベーションが行動を強化するのはおそらく疑う余地は少なく、内的報酬を強めることで外的報酬だけで説明できない頑張りも起こせるし、より困難な課題解決に取り組む姿勢も強化されることは期待できそうです。

※ホーソン実験の例のように、そもそもモチベーションを損なうほどの労働環境を改善すると衛生要因の改善を通じて生産性は改善します。

もっともモチベーション強化することが企業の存在意義や経営目的実現にいかに寄与するのか、今実施しているモチベーション施策の効率性有効性は高いか、検証改善のためのPDCAサイクルは有効か、といったことについて戦略的体系的な取り組みをしてステークホルダーに説明できることが今後必要になるかもしれません。

一般的にHRMと呼ばれているソリューションは、経営目標への準拠性や目標設定・効果の検証と改善の取り組みがややもするとおろそかになっているような気がして、本来のマネジメントという観点からは改善できる余地がおおいにありそうに思えます。

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