人材戦略トップ
シェア

14 社員をつなぎとめる公正・正当・信頼感

(2022/07/31)

『第12話 中堅ベテランの離職防止は甲斐武田に学ぶ』で触れたように、公正、正当、信頼は社員を引き留めるいわば最後の絆といえるわけですが、さりとて公正、正当、信頼もやはり離職が多いから改善するようなものではなくて、コミュニティとして本来当たり前だし、そうあるべく常に心掛けられていて当然なお話です。

公正、正当、信頼はコミットメントや動機づけに重要な位置づけにあることを踏まえ、それらの醸成に関して簡単に整理をしておきたいと思います。

公正

産業組織心理学では組織的公正という概念があり、主に評価や報酬に関して組織内の他者との比較で感じる相対的な比較判断だと言えそうです。

組織的公正にはおもに

・分配的公正:受け取った総量に関して感じた報酬の公平性であり、結果の公平性といえる
・手続き的公正:報酬決定の手続きに関して感じた公平性であり、評価プロセスの公平性といえる

があるとされます。

分け前

分配的公正は人それぞれ感じ方が違うためマネジメントしにくいとされますが、手続き的公正は評価プロセスに
・一貫性(評価者やタイミングによらず評価に再現性がある)
・偏見の抑制(評価者の利益や思想と独立している)
・情報の正確性(正確な情報に基づき合理的に評価する)
・修正可能性(決定に意見表明・異議申し立てできる機会が用意されている)
・代表制(メンバーの多様性が考慮され決定プロセスに反映されている)
・倫理性(一般的な道徳観や倫理観に合致している)

などが満たされていれば公正感が増し納得感が増す、つまり公平公正であると認識されるようです。

公平性を担保するフェアで納得感の高いルールがあって、それが普段から適切に運用されていると認識されていることや、決定プロセスが適切に開示されそれに関与できることが大切かもしれません。

信頼

王 艶梅は、有効な組織作りと信頼形成(大阪市立大学 経営研究 第66巻第4号 2016)で、有効で理想的な組織の研究において「信頼という要素を考慮した研究はほんのわずかしかない」としたうえで、「信頼は(組織内の)コミュニケーションの成立、ひいては有効性の達成に大きな影響を及ぼす」と指摘しています。

この研究では、信頼が成立するための条件として

・信頼者の期待に応えられる能力がある
・信頼者を騙したりしない誠実さがある
・被信頼者の物事や人間関係に対する平等感がある
・他人への思いやりがある
・言行一致

を挙げており、特に
「経営管理者の日常行動は、部下に対するシグナルであり、メッセージである。従業員は、経営管理者との日常の相互作用を通じて、意味を読み取るのである。しかし、最終的にシグナルが有効に伝達されるためには、シグナル発信者の信頼性がものをいう。シグナル発信者の信頼の向上には、『言行一致』が基本である」
(野中郁次郎(1985)『企業進化論 情報創造のマネジメント』日本経済新聞社)
と引用して、言行一致が信頼の構築や強化に大きく貢献することを強調しています。

会社経営のよりどころはとどのつまり理念や存在意義だから、会社あるいはリーダーへの信頼形成はすなわち、納得感がある正しい理念ミッションを経営者自らが唱え率先垂範し続けることなのかもしれません。

いっぽうで、職場の同僚や所属集団への信頼感醸成も必要です。

これについては、某グループウェアサービス会社の公開メディアに、京都大学総長の山極壽一先生へのインタビュー記事(2017年9月27日)人間の五感は「オンライン」だけで相手を信頼しないようにできているという非常に面白い談話があります。

山極先生は「人間は脳だけで「つながった」と錯覚するが、実際には信頼関係は担保できていない」、「チームワークを強める、つまり共感を向ける相手をつくるには、視覚や聴覚ではなく、嗅覚や味覚、触覚をつかって信頼をかたちづくる必要があり、一緒に行動した記憶が積み重ならないと、チームワークはできない」のだそうです。

給食
「同じ釜の飯を食った仲間」という言葉は、単なる感傷にとどまらない、チームワーク醸成の根幹的な秘訣を示唆しているのかもしれません。

正当

「法令または社会通念にてらし、正しく道理にかなっていると認められる状態であること」というのがコトバンク、「ある事柄が社会通念上、正しいと認められる状態」というのがWikipediaの「正当性」の解釈なので、いずれにしても正当かどうかの判断基準は最終的には法令や社会通念に準じることになりそうです。

法律

公正さが組織内の他者との比較で感じる相対的な比較判断であるのに対し、正当は社外基準だといえるのかもしれなくて、だからなのか、あまり産業組織心理学で正当性についての議論は見当たらないようです。

よく似た概念のコンプライアンスはもともとは、企業が法令などを遵守すること(Wikipedia)なのですが、昨今では「倫理観、公序良俗などの社会的な規範に従い、公正・公平に業務をおこなうこと」まで拡張されているようで、公正≒コンプライアンスと理解してもよさそうです。

厚生労働省が「職業について、内容、就労する方法、求められる知識・スキルや、どのような人が向いているかなどが総合的にわかるサイト」として運営しているjobtagのコンプライアンス推進担当
記事によれば、法令を守るだけでなく、社内規則や業務マニュアルは言うまでもなく、法令の背景にある社会規範全般を含めた幅広い規則を遵守するための業務として

・コンプライアンス推進体制の整備
(担当組織の管理・運営、推進プログラムの作成・施行、推進マニュアル等の整備・施行など)
・企業活動に係るコンプライアンス・チェック
(各種契約の内容・締結のチェック、知的財産管理、各部門からの相談対応・係争等支援など)
・コンプライアンスに係る教育・研修
(教育・研修プログラムの策定、研修等の実施など)
・コンプライアンス推進に係る広報
(コンプライアンス推進状況の把握・分析、把握・分析結果の社内フィードバック、経営理念、倫理綱領等の制定・周知の支援など)


を挙げていて、会社の組織によっては法務部門や営業部門、知財部門、人材育成部門と分担する業務も含むようです。

なにより自社はどの社会規範をなぜ順守するべきかを自社の存在意義に照らして明確に決め、どうすれば適切に順守できるか運用監視体制を定めて運用することが重要でしょう。

なおかつ、自社のコンプライアンス順守姿勢が従業員に十分認識されていて、かつその状態に至った経緯や関連情報を開示されて納得感があること、自社が公正であること・信頼感があることなどが積み重なることで、従業員の府落ちを生むのかもしれません。


ページのトップへ戻る