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11 早期離職は会社の不徳のいたすところ

(2022/06/26)

人事課題の中でももっとも頭の痛い問題の一つが従業員の離職で、せっかく苦労して入社までにこぎつけた新人が数年もせずに離職してしまっては、苦労が水の泡というか泣くに泣けません。

近頃では入社した人を定着させ速やかに戦力にすると称する、オンボーディングという表現のソリューションも出始めているのですが、あまり科学的な根拠を提示したものは見当たりません。

産業組織心理学の知見をベースにこの問題を考えてみたいと思います。

早期離職の状況

労働政策研究・研修機構の資料シリーズNo.236 若年者のキャリアと企業による雇用管理の現状 「平成30年若年者雇用実態調査」は、第5章(早期離職の背景と離職後の就業状況)のなかで、

・新卒者の早期離職は、いわゆる「7・5・3問題」(中学新卒者の7割、高校新卒者の5割、大学新卒者の3割が3年以内に離職する)として社会的関心が高い
・事業所規模が小さいほど離職率が高い傾向や、宿泊業・飲食サービス業や生活関連サービス・娯楽業など一貫して離職率の高い産業があるなどなんらかの産業特性も離職の背後にある

と早期離職に関する問題提起をしています。

辞表

この調査は常用労働者が5人以上の事業所を調査しており、いわゆる小規模零細事業者での離職動向は把握できていないのですが、

・3年未満での離職者は、労働時間・休日、人間関係、仕事が自分に合わないことを離職理由に挙げる者が多い。
・3年以上勤続後の離職者に比べると、特に人間関係、仕事が合わないという理由が多い。
・3年以上勤続後にやめた場合は、女性では結婚や子育て、男性では会社の将来性への危惧を挙げる比率が高まり、より今後のキャリア選択と絡んでの理由になっている。
・これらの傾向は平成25年調査とほぼ変わらないが、人間関係と労働時間の問題を挙げる者の割合は増えている。
・1年未満離職者では人間関係の問題を挙げる者が大幅に増えている。

とまとめています。

これは平成30年10月1日現在の状況についての調査結果、つまり時間外労働の上限規制発効前なので、労働時間・休日が少ないというのは現状と少し状況が異なる可能性があると考えてここでは検討から除外し、人間関係・仕事が自分に合わないことを離職理由に挙げる者が多いことについて、その裏でどんなことが起こっていそうか考えてみたいと思います。

産業組織心理学で早期離職との関係が深いとされているのはリアリティショックと組織社会化の不具合の2点で、何年も在籍していたベテラン従業員の離職とは原因が異なっていると考えられます。

リアリティショック

リアリティショックとは、「新たに職についた労働者などにおける期待と現実との間に生まれるギャップにより衝撃を受けること(Wikipedia)」であり、入社時に求職者が企業に求めるいわゆる期待のマッチングのミスマッチにあたります。

資料シリーズ No.221 若年者の離職状況と離職後のキャリア形成Ⅱ(第2回若者の能力開発と職場への定着に関する調査 ヒアリング調査)(2020年3月13日)によれば、「初めての正社員勤務先」における早期離職の背景として
・企業が正確な職業情報を提供したつもりでも入職後にミスマッチが発生した
・採用選考時に若者に過大な期待を抱かせる曖昧な言動があった
・採用担当部門が伝えた公式情報と現場での運営とのズレ
・情報の解釈の仕方が若者と企業とで異なる
・若者が雇用契約の内容を確認しないまま入職した
・若者の知識・経験不足に起因する根拠のない自信や思い込み
があるといいます。

悩む

リアリティショックはリアリスティックジョブプレビュー(職場の良い面悪い面を入社前にさらけ出す)のような予期的社会化によって意識ギャップを埋めることができ、過度な期待をすることなく入社できるといわれます。

注)もっともウブな応募者だと悪い面を過剰に気にして応募に消極的になる事もあるので、どの程度にするか匙加減は難しいです。
注)いっぽう軽度のリアリティショックはむしろ、組織と個人の健全な関係を作るのに有益であるともいわれます。雨降って地固まるというやつでしょうか。

早期離職者が多い場合は、離職背景になったと思われる認識のズレを見出し正しい理解ができる入社前情報提供を心掛けることが重要で、採用したいがために現実以上に会社を良く見せるなどというのはもってのほかです。

組織社会化

組織社会化というのは、「組織内での役割を遂行することと組織メンバーとして参加するうえで不可欠となる、価値観、能力、期待される行動、社会的な知識などを正しく理解していくプロセス」であり、「人間関係、政治、言語(専門用語やスラング)、組織の目標と価値観、歴史、組織内での役割」などを学び、組織適応していく過程です。

産業組織心理学によれば、社会化の働きかけのなかで特に社会的社会化を経て組織参加が強化される、すなわち仕事や組織へよりよく適応できるようになるとされます。

社会的社会化というのは社会化戦術のひとつで、組織メンバとのコミュニケーション、たとえば先輩がモデルとなって個性に合わせてインタラクティブに情報提供するといった働きかけが有効なのだそうです。

社会化戦術として他に内容的社会化(どんな情報をどのくらい明確に提供するか)、文脈的社会化(社会化プロセスをどのような文脈で経験するか)といったものがあるそうで、興味があれば調べてみてください。

また組織社会化に有効な本人の行動としてフィードバック探索(新人自身が積極的に情報収集・関係構築行動をとるなかで、自分の仕事ぶりに対して積極的にフィードバックを求める)のようなプロアクティブ行動があって、これが多いと職務パフォーマンスが向上するといいます。

いっぽうでメンバーの役割が明確に決まっている官僚主義的な組織、メンバーが多忙な組織、メンバーお互いが疎遠な組織では、新人にとってプロアクティブ行動が抑制される傾向になるそうで、役割が明確なジョブ型組織は新人にとって溶け込みにくい組織なのかもしれません。

資料シリーズ No.221 若年者の離職状況と離職後のキャリア形成Ⅱ(第2回若者の能力開発と職場への定着に関する調査 ヒアリング調査)(2020年3月13日)はまた、「マネジメントの不行き届きが若者の採用・育成に影響」するとして
・人事部門と現場とが情報を共有・協働していない
・配属後の教育が現場任せで部署や上司ごとの当たり外れが大きい
・上司・先輩と若者の間のコミュニケーション不足
・業務過多・人手不足で人材配置に余裕がない
・業務配分が属人的でお互いに助け合えない
・個人単位の成果主義で短期的成果を求め、上司・先輩が若者を敵視・お荷物扱い
などを指摘しています。

組織社会化研究においては役割明確化、自己効力感獲得、社会的受容を通じて組織適応が進むとされ、本人が職場で受容されて自分の居場所を見つけ、役割を見出し自分なりにそこにいる意義を見出すことで組織に溶け込むことができるとしていて、職場に定着するためには周囲の支援が必要なのです。

自己効力感

資料シリーズ No.172中小企業をめぐるヒトの移動概要 ―「採用と定着」調査・中間報告―は、「学校斡旋の仕組みに乗って就職先を決める場合、学校を通じて、求人票を超えた情報が得られる可能性があり、それが早期離職を少なくしている可能性がある。親の意見によって深まるものは、応募先企業や業界の情報という面もあるだろうが、むしろ自己理解の促進に働いているのではないかと推測される。最終的には自分の意志を持つことが重要であるが、情報収集や自己理解の過程では親や教師、先輩等との相談がミスマッチを防ぐうえでプラスに働くということだろう」と指摘しており、求職者だけに職場の説明をするのでなく、その周囲のサポーターへの理解促進も有益といえそうです。

職場全体でのサポート

職場と新入社員の組み合わせは千差万別で離職の原因もそれぞれではありますが、リアリティショックと組織社会化の不具合から派生する離職衝動は少なくないだろうし、離職が少ない職場であってもよりスムーズに職場適応し早く戦力化できるという点で、職場全体で新人をサポートすることが重要です。

繰り返しになりますが、役割明確化、自己効力感獲得、社会的受容を促進することが、新人にとって組織に溶け込み能動的に会社のメンバーとなるために必要です。

自己効力感獲得は、担当業務を受けもって曲がりなりにもそれをやれるようになる必要があって人材育成の進め方のなかで考えるとして、役割を明確化し社会的受容を促進するにはどうすればよいでしょうか。

組織社会化は新入社員と先輩の絆形成プロセスでもあって、オンボーディングをアウトソーシングするのは絆形成を阻害しこそすれ強化するようには思えないので、丸投げは愚の骨頂、外部の力を借りるとしても適切に役割を分担するべきでしょう。

そもそも会社が人材を採用するのは、会社が目指す目的や目標があってそれを達成するために今の陣容では早晩不足だからなので、逆に言えば新入社員に当面・将来どんな役割を期待するのか、それがどう会社の目的に貢献して社会の役に立つのか、期待する役割や人材像があるはずです。

新人に期待する役割像が不明瞭だとしたら、新人採用の前に会社の方向性の再認識、その実現のための個別戦略戦術を設計しなおして周知するべきです。

産業組織心理学でいうところの役割明確化は、どんなメンバーへの成長が期待されているか本人と認識を合わせ、会社ミッションに準じて期待される行動をすり合わせ役割の意義の自覚を促すことであり、上司や先輩との良好なコミュニケーションの中で自分が必要とされているという社会的受容の実感が形成されるのでしょう。

組織内での自己の重要性を知覚することによっても情緒的コミットメントは高まるとされ、これらのコミュニケーションを先輩が丁寧にやる事が早期離職を防ぐのではないでしょうか。

さらに根本原因追及してみる

さてここでふと考えてみると、上に書いたやや戦術寄りな取り組みは確かに産業組織心理学の研究結果としての早期離職のメカニズムとそこから見出される対策案に違いないのですが、リアリスティックジョブプレビュー機会を増やすとか、職場のサポートを強化する、というのはどうもうわべの対症療法のような気がして、なぜそれがおろそかにされるのかもっと根源的に追及解決すべきことがありそうに思えます。

注)ここから先はあくまでもニシカワの見解であって、必ずしも科学的に検証された知見でないことはご了承ください。

求職者に起因する離職

上の離職背景の中で、求職者に起因するものとしては
・若者が雇用契約の内容を確認しないまま入職した
・若者の知識・経験不足に起因する根拠のない自信や思い込み
によるリアリティショックがありそうです。

しかしよく考えると、契約内容を確認しないとか根拠のない自信や思い込みがある求職者が、組織に定着してミッション達成のために周囲の期待に応える仕事成果を出せるかというと、どうもあまりそうは思えません。

なぜそういう人材を採用してしまったかという問題はともかくとして、そういう人材はある意味早期に離脱してもらう方が企業の傷口が広がらず本人にとってもベターだと考えるべきかもしれないし、もしそういう人材しか応募がない・採用できないという状況なら、やはり離職を防止する以前に根本的な課題があって、それを解消すべきだと思えます。

企業に起因する離職

離職背景のほとんどのケースは企業側に原因がありそうな気がして、でもそれを個々にしらみつぶしに対策しようとするのもなんだか能がないし、それが起きるそもそもの原因があるように思えてそれに対処できれば効果的です。

上の早期離職の背景は、簡単に言えば新入社員を受け入れるうえで関係者がやるべきことをやれていない、ということです。

でもここでやらないやつが悪いなどと本人のせいにしたり、根性論で行動を強制するのは非科学的なのです。

・企業が正確な職業情報を提供したつもりでも入職後にミスマッチが発生した
・採用選考時に若者に過大な期待を抱かせる曖昧な言動があった
・採用担当部門が伝えた公式情報と現場での運営とのズレ
・情報の解釈の仕方が若者と企業とで異なる
・上司・先輩と若者の間のコミュニケーション不足

といったケースは、やるべきことはやっていながら不十分な状態で、言い換えればやらなければいけないことはわかっているものの技能の不足がありそうなので、提供するべき情報を精査し、その正確さをチェックし、わかりやすい表現と手法で新入社員に提供できるよう、コミュニケーションのやりかたを改善し手順として整備共有しトレーニングすればいい話です。

・業務過多・人手不足で人材配置に余裕がない
・業務配分が属人的でお互いに助け合えない
・個人単位の成果主義で短期的成果を求め、上司・先輩が若者を敵視・お荷物扱い

などは少々根が深くて、新入社員をサポートすることにより受け入れ側の本人に何らかのデメリットが生じる場合なので、不都合の原因を取り除くことが肝要です。

業務量を適正化する、そもそもの個人業績評価の仕方を見直す、業務プロセスを見直し整備するなど、新人受け入れプロセスというよりは業務マネジメントや人事考課を見直す必要がありそうです。

この職場の状態はいいかえれば、新入社員あるいは他部署からの要員を受け入れられる職場レベルではないといえ、離職対策以前の問題です。

・人事部門と現場とが情報を共有・協働していない
・配属後の教育が現場任せで部署や上司ごとの当たり外れが大きい

はさらに根が深くてかなり厄介なケースかもしれません。

やった方が良いということがわかっていないはずはなくて、でも自分事だと思っていないあるいは他人事にして関与を避けたがるメンバーをどう動機づけるか、という問題です。

他人事

新人の受け入れ・組織社会化への関与を拒む要員をどう自発的にサポートに参画させるか、という問題を直接取り扱った産業組織心理学の研究は、実は探しても見出せませんでした。

しかしこの問題のヒントになりそうな知見はあって、対策のための仮説を立てることはできます。

産業組織心理学の常識として、情緒的コミットメントは離脱意思を抑止すると同時に報酬対象にならない奉仕行動である役割外行動を強化するといわれます。

新人の組織社会化をサポートする行為は、行為者自身の業績評価上はあまり加点項目になりそうになくて役割外行動に近く個人としての動機は薄いものの、組織への同一化・一体感情が強ければ、新人を組織順応させることは組織にとって重要だから組織構成員としては意義のある行為です。

配属部署の上司や先輩のコミットメントを高められれば、彼らによる新人の組織社会化支援行為も強化できそうに思えます。

鈴木泰詩らによる中小企業従業員における組織コミットメントの規定要因は、中小企業従業員の組織コミットメントと従業員が感じる経営者との一体感・コミュニケーション量との関係を調べた研究ですが、これによれば、
・経営者との日常業務における接触頻度、キャリアビジョン共有の頻度、業務時間の枠を超えたプライベートでの接触頻度が高まれば、おおむね情緒的コミットメントが強化される
・組織コミットメントの強弱が従業員のその後の定着意識に影響を及ぼしている
・経営者のスタンスを踏襲した上司や先輩に業務指示を受けた一般従業員が、その指示内容に経営者との相違を感じなければ、(経営者との接触が多くなくても)組織コミットメントを強化し得る

のだそうです。

日常接触

調査規模や調査対象は限定的な研究ではあるものの、接触頻度(適切なコミュニケーション)が十分であれば中間管理職層のコミットメントの高さは下位一般従業員のコミットメントを強化しうるということだから、一般従業員や新人の離脱意思を抑制できる可能性がある、と読み取れそうです。

新入社員の配属先職場の上司や先輩のコミットメントの高さと、上司や先輩による社会的社会化サポート行動の発現頻度と、新人離職頻度の関係をだれか調べてくれないかと思うのですが、いい相関関係が出そうな気がします。

もっとも、コミットメントの寄与が確認できたとしても、コミットメントの低い上司や先輩のそれを改善するのは容易ならざるノウハウと努力が必要だし、そもそも社長のマインドが低いとコミットもくそもなさそうに思いますが。

ともあれ、新人から仲間入りする価値がない会社と断定され見放される会社にはなりたくないものです。

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