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10 応募取り下げや内定辞退の心理を制する

(2022/06/26)

記事「貴社の採用面接選考では人材を見抜けない」で触れたように、選考前後の応募者と会社のコミュニケーション場面は、会社が応募者から選考される場面でもあります。

応募の初期段階では組織との主観的適合感やイメージ、求職者にとって刺さる募集メッセージなど比較的曖昧な要因で意思決定が行われてエントリー行動が行われますが、選考から内定受け入れ頃の後期になるにつれ、多様で具体的な要因が行動に影響するといわれます。

どんなに採用したいと思っても印象が悪いと応募取り下げや内定辞退を引き起こすので、昨今の売り手市場では選ぶだけでなく選ばれるための戦術が必要になるのですが、とはいえ実際よりも会社の魅力を誇張してしまうと、早期離職などの悪影響を引き起こすことになるので慎重を要します。

応募意思決定のメカニズムとは

応募者が選考への参加とか入社などの行動を起こすのは、他社に入社するより自分にとっての就労の見返りが、より少ない勤務努力でより多く得られると判断しそれに期待を持つからでしょう。

それは言い換えれば、他社に行くより少ない努力で仕事を覚えられて会社で一人前に仕事できる(EP)ようになって、会社に認められやりがいのある魅力的な仕事を任され(PO)、結果として仕事も給料も最も効率的に充実する(V)、という見通しの手ごたえの強さが応募者を動機づけていることになります。

期待=V(報酬の魅力)×PO(業績と報酬の関係)×EP(努力と業績の関係)という式で説明されるのがブルームの期待理論で、仕事を覚える努力は必要だけどちゃんとやれそうだし、会社の求人の様子は公正誠実で自分に好意的だから将来やりたい仕事を任してもらえそうだし、仕事はやりがいも意義もあってギャラもよさそうだから、この会社に入社する結果に大いに期待が持てる、という期待形成プロセスを経て意思決定し入社行動を起こすわけです。

注)ブルームの期待理論はもともと仕事をする中での動機づけに関するモデルとして作られており、求人応募プロセスの説明に用いられている事例はなくて、あくまでも当てはめるとすれば、ということで理解してください

逆に言えば、V(報酬の魅力)とPO(業績と報酬の関係)とEP(努力と業績の関係)それぞれについて本人がすっきり納得できなければ、どれかひとつでも説明不十分でわだかまりがあると期待形成がうまく進まず逡巡する、他社のほうがよさそうに思えてくる、といったことが起きるわけです。

なおブルームの期待理論は

モチベーション=成果・報酬の魅力(誘意性)×成果と報酬の関連度(用具性)×成果への主観的な見込み(期待)
と記述されることもあって、言いたいことは同じです。

就職先を決定する要因の調査研究

就職先選択決定要因についてはいろいろ研究されていますが、仕事の特性、組織の特性、リクルータの特性、採用プロセス、主観的適合感の5領域から影響を受けるとされます。

そのなかで、仕事の種類や組織のイメージ、リクルーターが好意的であったか、自分と組織の主観的適合感が、応募するかどうかに特に影響し、仕事環境や組織のイメージ、採用プロセスの公正さ、自分と組織の主観的適合感が企業への魅力の感じ方に影響し、内定受諾するかどうかは仕事の特性全般、仕事環境や組織のイメージ、採用プロセスなど多様な要因が影響するといわれていて、ひとことでいえば当たり前ながら自分との相性がよさそうで従業員を大切にしそうな企業、もっと平坦に言えばやはり良い会社が高く評価される、という結論になるようです。

打合せ

少し古い調査になりますが、(独法)労働政策研究・研修機構が2012年に「労働政策研究報告書No.147」」という調査報告を出していて、そのなかに「仕事や職場の選択で重視される要因(2010調査)」という研究記事があります。

かなり充実したボリューミーな文章なのですがすごく端折ると、
・理解のある上司や経営者であること
・興味・関心がもてる仕事
・収入が安定している仕事
・社会保険(健康、雇用等)に加入していること
・解雇等がない/当面ないこと
・お互いに助け合う雰囲気の職場
・雇用が安定している仕事
・安全で衛生的な仕事
・やりたいことができる仕事
・色々な知識やスキルが得られる仕事
等が上位 10 位になったそうです。

関係深い要因をグループ化すると、

第1因子はもっとも影響が強く「創意・自律・個性」の因子とまとめられ、自分で創意工夫できる仕事、自律的に自分の判断で進められる仕事、自分の能力や個性が生かせる仕事、リーダーシップを発揮できる仕事、やりたいことができる仕事、次第に大きな責任のある仕事が任されること、色々とチャレンジできる仕事、高い技術力がある会社であること、等になります。

第2因子は「定時・安全・通勤」因子で、残業があまりなく定時に帰れること、安全で衛生的な仕事、職場が家から近く通勤に便利なこと、転勤がない/少ないこと、解雇等がない/当面ないこと、すぐに採用されすぐに収入があること、等です。

第3因子は「社屋・海外・有名」、新しい社屋や最近リフォームした職場、海外に進出している会社であること、周囲で有名な企業であること、新鋭設備が導入されていること、外資系の会社であること、会社の託児所があること、将来的には独立することもできる仕事、良く知られた製品やサービスの仕事、周りにちょっと自慢のできる仕事、等になります。

外資系

第4因子は「人員・財務・売上」、組織、人員が縮小していないこと、財務内容が良さそうな会社であること、売上が上昇していること、雇用が安定している仕事、銀行からの借入等が少ない会社であること、等だそうです。

以上の4つが大きな因子として求められたそうで、でも性別や年齢、就職環境や社会情勢、そして何より本人の価値観によって順位が入れ替わる可能性は大いにあるでしょう。

「ちなみにここで因子となった仕事の進め方や社内の人間関係等々は、求人票等には通常示されない情報ではあるが、求職者がこのような情報を求めているのであれば、可能な限りこのような情報を把握し職業紹介の際等に口頭で伝えられると有効であるといえる」というのがこの調査記事の結論の一つです。

これらの項目、読み返すと戦略的な情報発信を仕掛けていくヒントになる示唆でもあります。

比較的取り組みやすい対策とその発展

採用プロセスでは、キャリアプランなど将来展望を話し合う、合否に加えてどんな仕事がしたいのか深く考えるための機会提供する、気づいていなかったことの顕在化を手伝ったりその解決策を提示する、といった働きかけは満足度や納得感が高まって有効でしょう。

面談

また、先に述べた「仕事や職場の選択で重視される要因」でたとえば「創意・自律・個性」を例に挙げるとすれば、創意工夫することが社内でどのように推奨されているか、能力や個性が生かせるようどんな配慮がされているか、リーダーシップを発揮するうえでどんなキャリアパスやサポートが用意されているか、といった社内の取り組み状況の説明ができれば、会社に対する不安は従業員の能力発揮を大切にする企業という好ましいイメージに変わるでしょう。

昨今であれば、健康経営に取り組んでいるなどといったトピックスもアピール材料にできそうだし、他にもいろいろ工夫して自社の良い所を客観的に説明することも可能です。

単に気に入られ内定辞退を抑止するため予期的社会化(組織に入る前に組織に関する情報を取得し納得することで、組織と個人のマッチングと採用の成果を高める)を促進するのみならず、採用コミュニケーションを通じてより良く自社理解を進め、コミットメント形成や入職の期待形成を促して入社後にプロアクティブ行動(将来起こりうる出来事を想定し、自発的能動的主体的に対応する行動)を誘起できるような、戦略的な採用活動に取り組みたいものです。

上で述べた重視される要因は2010年の調査結果なので、ウィズ/アフターコロナの就職環境では求職者心理が異なる場合もあり、しかも自社が必要としている人材は違う価値観かもしれず、項目自体の精査は必要ではありますが、適切に調査された結果としておおいに参考にはできるでしょう。

もっともやはり、やりやすそうなことから成り行き任せにやるのでなく、自社の存在意義やミッション再確認に始まり、特徴や応募者に納得して気に入ってもらいたい入社のメリットを明確化し、どのように自社の魅力を強化しアピールするか戦略的に考え、実行改善する体系的な取り組みをすることが必要なのは言うまでもありません。

良い会社に見せるのではなくいい会社になってそれを過不足なく伝える事が、あたりまえながら確実な入社と定着につながるのです。

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