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08 ダイバーシティ&インクルージョンはもろ刃の剣か

(2022/05/29)

昨今では、人材の多様性を認め受け入れて活かすことが持続的成長に必要だという、いかにもそれらしい主張がかなり目につくようになってきているのですが、これにどう取り組めばよいものか少し考えてみたいと思います。

ダイバーシティ&インクルージョンの背景

国がこの問題に積極的な姿勢を見せるのは当然ながら、就労人口減少に伴ってGDPが減少して貧乏国になっては困るから、女性、シニア、障害のある人や外国出身のひとも安心快適に就労して国富の産出に貢献してほしいという魂胆にほかならないでしょう。

多様性

もっとも本来のダイバーシティ&インクルージョンと多様な人が安心快適に就労できるのはまったく意味合いが違っていて、混同すると少々厄介なことになりかねません。

内閣府の令和元年度年次経済財政報告の「第2章労働市場の多様化とその課題/第3節労働市場の多様化が経済に与える影響/1.多様な人材の活躍は生産性等を向上させるか」では、「多様な人材の活躍により期待される効果として、生産性や利益率等の向上がある。多様な人材がいることで新しいアイデアの創出やイノベーションが起こり、企業業績や生産性にプラスの効果が期待される一方、従業員間のコミュニケーションコストが高まる等のネガティブな影響も考えられる。最終的にどちらの影響が大きいのかは企業の組織のあり方や産業分野にもよるため一概に言えないが、実証的にも諸外国も含めた分析結果は両方の結果がある」と言っていて、人材多様性が業績に一律にプラスになるとはこれっぽっちも言っていないのです。

産業組織心理学から見たダイバーシティ

産業組織心理学では、チームワークとか集合知などの研究の一環でこの問題が昔から研究されていて、やはり効果は認められるがクリアすべき一定の条件がある、というのが常識になっていそうです。

そもそも会社で複数人がかかわる仕事としては、加算的協働連接的協働離接的協働の3種類があります。

技能労務のようにメンバーの貢献が単純に加算され10+10=20のように結果が出る加算的協働だと、個性よりは作業標準の順守が大事で連携もしないほうが好成績になるとされ、人材の多様性は効果が少なくむしろマネジメント負荷が増える傾向になります。

軽作業

表層の多様性と呼ばれる性別や年齢・人種の多様性は、単純にコミュニケーションの困難化を起こしかねず、また下手な連携は集団圧力、集団浅慮、社会的手抜きなど負の効果を派生しかねないからです。

連接的協働は全員が達成しないと集団として達成できないチームスポーツのような場合で、チームワークや戦術が非常に重要になります。

サッカー

チームの効果やパフォーマンスを高めるには、共有メンタルモデルのほか、チームの結束やコミットメント、目標設定や手順の共通認識が必要だしチーム内の葛藤は負の影響を起こす場合があるそうで、これらがクリアできれば10×10=100のような成果を出せる可能性があります。

もっとも連接的協働は緊密なある意味阿吽の呼吸のような高度なチームワークとチームメンタルモデルが必要だとも考えられ、個性や価値観の違いは邪魔になりこそすれメリットはないだろうし、昔の人が「同じ釜の飯を食った仲間」といったように、昨今のリモートワークのようなバーチャルな協働を急に持ち掛けても、緊密な関係を築くこと自体容易でないかもしれません。

離接的協働は誰かが達成すれば集団成果になる、ビジネスでいえば新商品開発企画のブレーンストーミングのような集団問題解決活動が該当し、個性・価値観・スキルといった深層の多様性によって相互刺激しあうことでアイデアや成果につながるとされますが、うまくやるためには好ましいグループダイナミクス状態が必要です。

ブレスト

中途半端な多様性は対立の増加を招くともいわれ、組織内の断層が複数・複雑に混在するとパフォーマンス改善する、つまり基本的にはいろんな深層の多様性を集めたほうがいいということです。

ダイバーシティ&インクルージョンで効果が期待できるのはすなわち離接的協働でお互いの刺激でひらめきが降臨するようなタイプの仕事の場合で、でもそれは相当に高いビジネススキルとチームワークスキルが備わっていて初めて実現することだと言えます。

ビジネススキルやチームワークスキルの強化の仕方は別途触れていくとして、ここでは適切に協調訓練されビジネススキルの高いチームでないと、組織化された烏合の衆になりかねず、あぁでもないこうでもないと迷走しかねないことを理解してください。

ビジネスモデルから見たダイバーシティ

そのいっぽうで、ビジネスモデルによっては離接的協働でなくてもダイバーシティ&インクルージョンが有効な場合があり、かなり高度にパーソナライズされた対人サービスなどはそうかもしれません。

たとえばスターバックスはドトールと同じく業界的にはコーヒーショップチェーンですが、ドトールがリーズナブルなコーヒーを販売しているのに対してスターバックスはくつろぎを販売しています。

コーヒーの味の好みも多様だといえば多様ではありますが、店員さんは手早く正確にコーヒーを入れることが求められるので、若くて活動的な男女のほうが有利かもしれません。

いっぽう居心地よさは若者、高齢者、障がい者、異国籍者などお客様の価値観の違いで全くと言っていいほど受け止め方が違っていて、若くて活動的な男女が異なるセグメントの不自由や快適を理解し最適なくつろぎを提供することは容易ではないでしょう。

バリアフリーカフエ

スターバックスが今後さらに繁盛するためには、まさにさらなるダイバーシティ&インクルージョンが必要なのかもしれません。

どう取り組めばよいのか

ダイバーシティ&インクルージョンとしては本質的にはそういう訳なのですが、仮に施策が功を奏して画期的なアイデアが出たようなときに、果たして組織がそれを活用できるかという深刻な問題が潜んでいます。

頭が固くてアイデアを理解できない上司や現状維持で動こうとしない現場などは、組織学習能力を高めないとアイデアは持ち腐れになってしまい、アイデアを出したメンバーははなはだしくモチベーションを下げるでしょう。

アイデアを実施できるかどうか財政面など実施能力も考慮する必要があって、実現見込みの立っていないダイバーシティ&インクルージョンは無意味かもしれないのです。

いっぽう加算的協働であっても、例えばいわゆる男の職場に女性やシニアが入るためには女性やシニアでも取り組めるように仕事を見直さなければならず、そうすることで男性でも仕事がやりやすくなる、より負荷の少ない仕事にできるというメリットがあります。

もし会社のミッションを実現するうえで人材不足が足かせになっているのなら、それが自動化やアウトソーシングで克服することが困難なのであれば、多様な人を採用してもそれに見合う価値はあるでしょう。

昔から外観検査や軽組み立て作業などは製造業で女性が活躍できる仕事だったし、ハンデを気にせず従事しやすい業務にすれば働き手を選ぶ必要はないとも言えます。

大事なことは既存の仕事をそのまま女性やシニアに従事してもらうのでなく、仕事を見直し・組み替えて人間工学的に効率化最適化もはかることで、先入観なく適材適所で働いてもらうことなのです。

具体的な取り組み方は、中小企業庁が令和2年5月にとりまとめた中小企業・小規模事業者人手不足対応ガイドライン改訂版を参考にすることができます。

働き方の門戸を広げるという意味で、フルタイムでなく短時間労働・リモート勤務を希望する専門技術者などはねらい目といえます。

昨今では事情を抱えながら仕事を探している求職者も少なくないし、本業があるエンジニアの副業も社会的に認知され始め、フルタイム勤務は難しいけれど高い能力を持つ人材も流通し始めています。

たとえば中小企業で高度IT技術者を雇っても、大企業のように常にどこかの部門で解決すべき課題があるというわけでないからフルタイム雇用だと宝の持ち腐れになりかねません。

DXの戦略企画をできるクラスの人材が暇を持て余してパソコンの設営をするなどは、ポルシェでコンビニに牛乳を買いに行くようなもので、変則短時間勤務で採用すればお互いに無駄のない関係が作れるでしょう。

パソコン

もっとも掘り出し物はなかなか見つからないのと、保有スキルの見極めは簡単ではないので腰を据えて戦略的に募集する必要があります。

そういったお話とは別に、シニアや障がいを持つ人などでもより良く能力発揮できる働き口を提供するという社会的責務は企業にあって、そういう意味では会社のポリシーとして前向きに取り組むことは意義があると思います。

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