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06 優秀な人材を選抜採用する秘策

(2022/05/29)

貴社にとって採用したいいい人材とはどんな人か、根拠・確信を持って論理的に説明できるでしょうか?

いい人に前向きに求人に応募してもらいたいのなら、ぼんやりした募集ではなく訴求点が明瞭でその人が喰いつく可能性が高い刺さる求人情報を出稿する必要があって、どんな記事に喰いつくかその関心を予測するためには人物像を明確化してその人のニーズにフォーカスする必要があります。

人材像の明確化

少し古い情報ですが、日本経済団体連合会が行った「2018年度新卒採用に関するアンケート調査結果」によれば、新卒採用選考にあたって特に重視した点の回答は「コミュニケーション能力」が第1位82.4%(16年連続)、「主体性」が第2位64.3%(10年連続)、「チャレンジ精神」は3年連続で第3位48.9%と、ほぼ横並び変化なしなのだそうです。

コミュニケーション

2019・2020年は調査実施されてないようで、2021年は主にコロナの影響について調査はあるものの最近の選考理由情報はないのですが、変化の激しい時代、しかも企業によって経営環境も事業内容も千差万別なのに、あろうことか選考基準に限っては過去十数年ほぼ横並びのままほとんど変わっていないのです。

変わり映えしないことも大いに深刻ですがそれについての議論は一時保留するとして、はたしてコミュニケーション能力が高い人がすなわち採用したい人材、会社の将来を委ねられるいい人なのでしょうか。

政経研究第55巻第3号 日本企業における新卒採用基準の実態と問題点(谷田部光一 2019/02)」は、大企業中堅企業の文系大学生新規採用においては、
「長期的継続的な教育訓練研修を受容できる可能性と職務遂行能力が向上する可能性」
「自社における各種の職種職務に関して適合し将来的に一定レベルの職務遂行ができる可能性」
「企業の価値観(組織文化風土)になじみ適合し円滑な人間関係を築けて組織にコミットして定着する可能性」
などの能力の高い、いいかえれば「自社に適合するための能力開発がしやすい可塑性に富む労働素材」が選考される傾向にあると指摘していて、採用後に職務や組織に適合するうえで周囲とコミュニケーションする能力が必要だという考えが、コミュニケーション能力重視選考の根拠になっているといいます。

新入社員

しかしまた同誌は、経験的な分類であって科学的な裏付けはないと断ったうえで、
「コミュニケーション能力は比較的容易に教育で成長でき、ビジネスで日常必要な判断力、ストレスマネジメント、適応力、チームプレー、交渉スキル、コンフリクトマネジメントなどは可変的だが変わりにくい能力であり、知能、創造性、概念的能力は遺伝的要素が強く変わりにくい能力であって、論理的推論能力や空間性知能などIQ構成能力も遺伝でかなり決定される」
とも指摘します。

なるほどたしかにコミュニケーション能力を強化すると自称する教育カリキュラムは世の中にごまんとあって、入社してからでも簡単に強化できるのであれば入社時点での能力レベルはそれほど重視する必要はなく、だとすればコミュニケーション能力より訓練しにくくてもっと選抜上で重視すべき特性があるのかもしれません。

人材採用・育成で有名すぎるくらい有名なスターバックスが採用で重視するのは「会社と個人の価値観の共感」だそうで、個人が大切にしている価値観を一人一人聞き、スターバックスの価値観と重なる部分を探るのだそうです。

実践心理学(NLP)もさほど科学的根拠がはっきりしているとはいえないらしいのですが「信念や価値観の認識を変えるのは難しく、採用における価値観マッチングは重要」だといっているそうで、いっぽう科学的な根拠に厳しい産業組織心理学でもたびたび価値観一致/不一致の意義や弊害の話題が出てきます。

実務的には教育訓練効果が高くてミッション達成能力の強化が期待できる人材、マインド的には企業の価値観(組織文化風土、理念、ミッション)に適合しコミットし成長できる人材を求めるのがよさそうだとすれば、やはり価値観の共感とか、判断力や知能や論理的推論能力などを重視・優先するのが良さそうにも思えます。

そもそも価値観なるものは、たぶん出生直後には何にもない真っ白な状態なはずだから、入社日までの長期にわたって育った環境の影響を受けて形成されるものであり、逆に言えばそれを変えようと思えばやはり同じくらいの時間を要しかねず、価値観を変えるのは容易ではなくて変えるエネルギーを必要としない人材のほうが有利に思えます。

注)もっとも論理的推論能力などは自分は強化する余地は十分あると思うし、そもそも上でいうところのIQ構成能力とやらが高いことと優秀な人材であることは別次元なので混同するべきではないし、ましてや論理的推論能力や空間性知能などの優劣が遺伝の影響を受けているなどという主張は科学的だと考えにくいのです。

むろん即戦力で活躍してほしいのか、長期的に会社の柱になってほしいのか、スポットで特定課題解決してほしいのか、期待する成果によっても人材像は変わってくるでしょう。

自社の存在意義、ミッションは何なのか、それを達成するために必要な人材要件は何なのか、人材のポテンシャルをビジネスのパフォーマンスに活かすためにどう人材を見極めて育てていくのか、よく検討し人事に反映し正しく運用することが人的資本経営を強化する要なのではないでしょうか。

また会社の中長期戦略として既存の従業員を育成するのでは対処が困難なケース、たとえば海外進出するとか畑の異なる新規事業を拡大するような場合は、従来の自社とは異なるビジネススキルセットや行動パターンを持つ即戦力人材が必要になるでしょう。

もっともその場合でも、ビジネスマンとしての基本能力や企業の価値観・文化風土との適合は必要です。

いっぽうで世の中の価値観変化に対応するため、あえて自組織と毛色の異なる人材を導入するのも非常に戦略的で挑戦的な取り組みです。

とはいえ異色人材は従来の組織から順応を強要されたり淘汰されかねないので、よほど人材を活かし組織を変える覚悟がないと、組織にも人材にもダメージをもたらします。

ちなみに、(独法)労働政策研究・研修機構は平成 27年5月にまとめた研究報告、労働政策研究報告書 No.176 職務構造に関する研究Ⅱでは、仕事に必要な能力等について5万人の勤労者に調査しており、建設、税増、運輸、小売り、宿泊、飲食、医療、福祉、IT、その他サービスの各業種で、コミュニケーション能力の重要性を特に強調したのは福祉関係の仕事だけでした。

いっぽうで、人材採用には組織構成員の多様性アップによる活性化というメリットもあり、この場合は既存の価値観・文化風土とは少し距離がある人材のほうがいいかもしれなくて、どう考えるかはまさに人材戦略次第です。

多様性

ちなみに求職者の能力と企業が求める能力の一致度のことを、産業組織心理学では能力のマッチングといいます。

中途採用だと比較的能力のマッチングを意識した募集選考になりそうながら、新卒採用はむしろ訓練可能性に重きがおかれるようで、それにしても訓練後にどのような人材になってミッション達成に貢献してほしいか、そのために採用時にどんな素養が必要なのか、いずれにしても求める人材像を精査しなおす価値はありそうです。

昨今はだんだん人材流動化も進んできていて、必ずしも新卒採用した人材が定年まで定着するとは限らず、手間暇かけて一人前に育てるのがトータルコストパフォーマンス的に有利だと言い切れないという主張もあります。

今後の労働市場の動向も考えながら、どんな人材が自社にとって内部化すべきいい人材でどう獲得するのが合目的的なのかということも、考えなおす時期になっているのです。

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