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04 ジョブ採用は福音か衰退の始まりか

(2022/04/30)

人材育成関連のトピックスとしてもう少しあとに触れようかとも思っていたのですが、そもそもの人材戦略とのかかわりも深いのでここで触れておくことにするのが、昨今流行りのジョブ採用の気づかれざるリスクです。

ジョブ採用とは

ジョブ採用というのは、従来の日本式採用であるメンバーシップ採用に対比して名づけられた採用手法で、名前の通り職務(ジョブ)を特定しそれを遂行できる人を募集する、という採用方法です。

特定のポストに空きが生じた際にその職務(ジョブ)・役割を遂行できる能力や資格のある人材を社外から獲得、あるいは社内で公募する雇用形態のこと」というのが日本経済団体連合会の示した定義です。

具体的な職務内容や職務の目的、目標、責任、権限の範囲や必要スキル、経験など、それに見合う報酬を明確に求職者に提示して求人する方法で、従来の中途採用プロセスはややこれに近い運用がなされていたと思います。

求職者にとっては自分のスキルを活かせる場所を探し、色んな会社での仕事を通して専門スキルを高めていくメリットがあり、求人側にとっては専門性の高い人材を採用すること、成果で評価をしやすくなることなどがメリットとされています。

これに対して従来のメンバーシップ採用は、企業側の安定長期人材囲い込みのニーズに端を発し、職種を限定しない総合職としての新卒一括採用や職種・仕事内容のローテーションを経て、会社を長く支えていく人材を育てるアプローチでした。

新卒採用

早期退職をしないよう、その仕組みを支えてきたのが年功序列や終身雇用制度などだったわけです。

ジョブ型雇用が広まっている背景には、専門性を高めて国際競争力をあげる必要がある、専門職をはじめとした人手不足の進行、価値観や人材の多様化が進んでいる、といったメンバーシップ採用や従来の人事制度の行き詰まりがあるとされます。

従来人事への問題意識とは

偉い先生に歯向かう意図は決してないのですが、H橋大学のI藤先生は、従来のメンバーシップ採用あるいは終身雇用が行き詰ってきた理由として、

・従業員エンゲージメントレベルが低い事への問題意識の低さ
・従業員離職への危機感が薄い
・従業員と会社に一体感があると錯覚している
・仕事が人を育てる時代でない、場当たり的育成は限界
・従業員のやりがいやウェルビーイングへの配慮が不足
・戦略的な事業の選択集中がない
・優秀な人材を選抜育成する意識がない
・人事の戦略性自体の欠如
・従業員の自立性自律性をそいできた

といった問題を指摘されています。

しかし冷静に考えるとこれらは、確かにメンバーシップ採用あるいは終身雇用が温床になりやすいのかもしれないのですが、それら制度が固有に有している弊害なのかといえばそうとは考えにくく、経営者に問題意識や危機感や経営手腕がないから生じることに思えてならないのです。

ジョブ採用は離転職がある程度大前提だから、従業員と会社の一体感はむしろ育ちにくい、ジョブ採用だと人材成長はむしろ自己責任になる、など考えると、これらの課題がジョブ採用になるだけで解消するとは自分には思えないのです。

ジョブ採用への懸念

さて問題は、あたかもビジネスの競争力が高まり良い事だらけのように言われるジョブ採用ですが、懸念を抱いている人は少ないと思うのですが、実はむしろ深刻な企業競争力低下・就労者のモチベーション低下を引き起こすリスク要因が多数あることです。

ジョブ採用は先に述べたように、具体的な職務内容や職務の目的、目標、責任、権限の範囲などがかなり厳密に取り決められているため、逆に言えば決められたことをちゃんとやってさえいればよいという思考になりかねず、日常業務での工夫や改善、あるいは役割外行動(報酬対象にならなくても組織のためになる行動)などを実行する動機の形成が希薄になりかねません。

かつてハーバード大学教授のエズラ.F.ヴォーゲルは、著書ジャパン・アズ・ナンバーワンで、日本の企業が業績を上げている原因として、終身雇用、年功序列賃金、企業と協調的な労働組合作り、企業内福利厚生の充実、目先の利益でなく長期的な利益を上げることの重視、比較的小さい賃金格差等を指摘しました。

ジャパンアズナンバーワン

しかし日本企業の底上げに寄与したのはそれら制度そのものではなく、KAIZENや品質管理といった地味な報酬外の貢献の積み重ねでした。

むろん報酬外といっても、それで会社業績が上がれば賃金ベースアップにつながるし、有形無形の貢献はある意味昇進へのポイントやクーポンでもあって、日本企業の終身雇用ほかの人事制度がそういった報酬外貢献を下支えしていたのは確かだと思います。

ちなみにKAIZENのような現状肯定型の課題改善は、組織学習論ではシングルループ学習とか知の深化といわれ、いっぽう、その後失われた20年の間に米国が躍進したのはダブルループ学習とか知の探索の成果だったと考えてよいと思いますが、こちらは正直あまり日本人の得意とする思考パターンとはいえなさそうです。

従業員の自発的貢献が無くなったら、これまで日本企業をかろうじて支えてきた知の深化にもとづく競争力強化プロセスは消失しかねないのです。

いっぽうでイノベーションの種となりうる知の探索系の仕事は、エジソンがうまくいかない1万通りの方法を発見した例からわかるように滅多に成功しない努力で、失敗して当たり前なリスクを負った難しい挑戦だから、それをよほどうまく評価しないと誰一人従事したがらなくなり、結果として会社の未来を危うくしかねないのです。

また、従業員のスキルアップが会社に利さない可能性もあります。

仮にスキルアップに努めて技量が上がっても、そもそもその技量がなくても完遂できるレベルの仕事に従事しているわけだから、その仕事にそもそも能力アップは必要ないし能力は会社の業績に貢献していないと判断されると、成長が会社から評価されるわけでも報酬対象になるわけでもなく、その仕事についている間は新たなスキルは宝の持ち腐れになりかねません。

社内に新しい技量を活かすポストの目途があればまだしも、そうでない場合がほとんどだから自己研鑽意欲を失うか、転職することを念頭にスキルアップするしかなく、いずれにしても所属する組織は従業員がスキルアップするメリットを享受し得なくなるように思えます。

従業員のスキルアップは、従来は職場のニーズにある程度沿った形で動機形成され、職場の課題解決に貢献してきたはずです。

それはある意味その会社独自の強みの強化につながり、競争優位性の一端にもなっていたでしょう。

転職を念頭においたスキルアップはあくまで他社で使える汎用スキルの強化であり、仮に在籍中に発揮されたとしてもその会社に特有な強みの強化につながりにくいうえ、たいていの場合は本人の転職とともに社外に流出していきます。

だからなのか、ジョブ採用の本場の米国あたりでは、実は会社による従業員育成という概念が従来ほぼなかったのです。

スキルアップ推奨と昇進の約束をセットで提示することはポストが空く確実な見通しがない限り容易ではないでしょうから、ジョブ採用の人材を育成するのは好条件の転職のお手伝いにしかならないと考えれば、会社側の人材育成モチベーションも奪うかもしれません。

組織へのコミットメントは人材育成や教育研修によって強化されるという産業組織心理学の研究結果はいくつもあって、メンバーシップ採用や終身雇用を続けさえすればコミットメントを高揚できるわけではないとはいえ、スキルアップを自助努力にしかねないジョブ採用はコミットメント形成を弱化しかねず、会社との一体感の喪失や改善行動の低迷につながりかねないのです。

正木郁太郎らは、資料論文 組織コミットメントが組織学習に及ぼす影響について(社会心理学研究第31巻第1号 2015 年,46–55)で、感情的コミットメント(組織と自己の同一視)がシングルループ学習を促進し、ダブルループ学習について有意な効果が確認されなかった、と結論していることも紹介しておきます。

モチベーション維持が難しい

意識高い系の人材はより良い仕事に就くために自己啓発して転職するものの、普通の人間にはとてもハードルが高いのが自分を律するメンタルの維持です。

目標設定理論によれば、例えば上司が部下の業務目標を決める場合には、具体的で定量的な、一見達成困難な目標を設定するのが良いとされています。

面談

解決すべき目の前の業務課題という目標は比較的具体的だから達成できたかどうかの判断がしやすく、そのためのスキルアップを上司と約束するのは取り組みやすくモチベーションを維持しやすく達成感を得られやすい努力といえます。

しかし実戦に使う目途のないスキルの自己鍛錬は、習得しても発揮する機会のアテがなく職務定義内に試すチャンスが無いから修得成果も体感しにくいという意味で、モチベーション維持が難しいものです。

実力が仕事に必要な能力を上回っていないとその仕事につけないわけだから、逆に言えば実力を出し切る必要のないチャレンジのないつまらない仕事に従事することになり、その点でもジョブ採用者のモチベーションは下がりかねません。

いっぽうで在籍するジョブ採用者の手に負えない業務課題が新たに生じたとき、新しいスキルの習得を会社が待つ余裕があればよいのですが、そうでない場合でやむなく新たに適任者を採用するとしたら、レイオフ制限があるから前任者を解雇することはできず、かといって他の仕事に就かせるのはジョブ採用違反、結果として人材を持て余すことになります。

また高スキル人材を獲得するには、他社に同じニーズがあった場合に競り合いになってしまうので調達コストが吊り上がってしまうという問題も気がかりです。

メンバーシップ採用を少し見直す

メンバーシップ採用や終身雇用のデメリットはいろいろありますが、これはこれで長所もメリットもあり、周辺制度や運用を見直すことで強みを生む模索の仕方もあるはずです。

会社の寿命は30年だから勤め人は転職前提に自己研鑽するべきだという乱暴な意見もありますが、市場ニーズ変化に事業が追従できず硬直化し乖離していくから会社が終わりを迎えるのです。

市場変化にアクティブに順応することで会社は引き続き存在意義を高めることができるはずで、そのためには会社が自己の存続のために長期的継続的な人材育成を仕掛け、組織的に新規独自な価値創造を生み出すことが重要で、それには終身雇用の方が適しているように自分には思えるのです。

また社内の異なる職種への異動で生じる少なからぬメリットは、いろいろな業務に携わることで会社というシステムのメカニズムを俯瞰でき、あちこちに広い人脈ができ、上級管理者になったときに広い視点で物事を考えられる経験値を得られることなどですが、専門職・業務固定のジョブ採用者にはそのチャンスはありません。

専門能力だけを要求されスペシャリストとなることが重視されていくと、自部門のことしかわからず、自部門の利益だけを守る「タコつぼ化」も起きかねず、組織間の調整がうまくできないマネージャーがどんどん生まれかねないのです。

ジョブ型採用をかなり貶しましたが欧米ではこれはこれで産業が成り立っているのだし、全面的にダメなのかといえばこれはこれで導入する術はあって、たとえば自社の強みがなく汎用的な業務プロセスは、ジョブ採用なり極端にいえばBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング:外部委託)するほうが、自社に抱え込むよりメリットがあるかもしれません。

また今後は均等待遇・均衡待遇にも対応していく必要があって、前述のように解決すべき課題は多いし本質的解決とは程遠いものの、ジョブ型採用であれば各従業員の貢献度合いを類型化しやすいという意味では管理しやすいかもしれません。

いずれにしても無邪気にジョブ採用だメンバーシップだと決めつけず、自社存在意義の実現のため人材をどう生かすか、戦略がどうあるべきかよく考える必要がありそうです。

ジョブ採用の功罪がじわじわと出てくるのはおそらく5~10年先、日本企業が弱体化するのを見たいわけではないので、自分の心配が杞憂に終わることを祈りたいものです。

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