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03 コミットメントはすなわち人の城

(2022/04/30)

コミットメントの類似概念ともいえるエンゲージメントが最近、少々科学的根拠が乏しい主張のもとにバズワード化している感はありますが、ここでは長年多くの研究がなされ科学的な解明が進んでいるコミットメントという概念について触れておきたいとおもいます。

コミットメントの構成要素

コミットメントは正確にはワークコミットメントと呼ばれていて、「組織コミットメント(organizational commitment)」、「ジョブインボルブメント(jobinvolvement)」、「キャリアコミットメント(career commitment)」という、それぞれ異なる対象に対する概念からなっておりさらに別に「全般的職務満足感」という概念もあるとされます。

ワークコミットメント

※コミットメントのもともとの意味は「所属する集団の一員であることを周囲の他者に公表すること」つまり約束とか宣言の意味で、「所属する集団の一員であることに高い価値を認め、その集団の一員であることをもって、自分自身が何者であるかを確認する認知的行動」「所属集団に親愛の情を持ち、自分の判断や行動を決定する際に逐一集団規範を参考にする傾向」のことは厳密には集団同一視と呼ばれるようなのですが、集団同一視を指して慣習的にコミットメントと呼んでいるように思えるので、このホームページでもそのように扱います。
具体的には、組織コミットメントは所属組織に対するコミットメント、ジョブインボルブメントは現在従事している職務に対するコミットメント、キャリアコミットメントは一生を通じて追及する職種や専門分野へのコミットメント、全般的職務満足感は職務に対する好き嫌いという情緒的反応をあらわす主観的評価とされます。

組織コミットメント

組織コミットメントは所属組織の一員であることを肯定的に自覚している意識状態ですが、組織参加/離脱行動を説明する観点からは3次元モデルであるといわれ、情緒(感情)的コミットメント規範的コミットメント継続(存続)的コミットメントで構成されます。

組織コミットメント

情緒(感情)的コミットメントは、組織内での経験が期待と一致し欲求が満足されると養われる、感情的情緒的な愛着にもとづく組織への同一化・一体感感情です。

メンバーであることを誇りに思う、メンバーであることを強く意識している、といった感情の強さの度合いでコミットメントの強さを計ります。

規範的コミットメントは、好きとかでなく社会通念上そうすべきだという、むしろ組織における義務感や固定観念にちかいもので、組織に対する忠誠心を強調するような組織導入を経験すると養成されるようです。

会社の人々に義理を感じるかどうかといった感情の強さの度合いでコミットメントの強さを計ります。

継続(存続)的コミットメントは、ほかの居場所を探すのが大変で今いる組織に居続けるメリットがある、むしろ離れることにデメリットを感じる意識で、組織を去る時に払う代償として組織で築いてきた地位を失ったり、それまでに培った企業特殊技能を他では活用できなかったり、そもそも新たな雇用先を見つけること自体が難しいと感じると高まると考えられています。

会社を辞めたら損失が大きいので今後も勤めようと思う、といった損得感情の強さです。

組織参加行動上はいずれのコミットメントも離脱意思を抑止しますが、役割外行動とか組織市民行動と呼ばれる、役割外だから報酬対象にならない奉仕的な行動を強化するのは情緒的コミットメントだけで、規則順守や勤勉さには情緒的コミットメントと規範的コミットメントが寄与し、しかし仕事成果にはいずれもあまり寄与がないとされます。

情緒的コミットメントについては、活気・活力高群の方が低群よりも有意に高いという研究もあり、組織の活性化と相関がありそうです。

高い情緒的コミットメントと規範的コミットメントは組織内での良き構成員としての行動に関係しストレスとは負の関係があり、存続的コミットメントはそれらと無関係もしくは欠勤と正の関係にあったりストレスや葛藤と正の関係にあるとされていて、情緒的コミットメントや規範的コミットメントの高い組織成員は組織にとって望ましいメンバー、存続的コミットメントの高い従業員はむしろ逆だと考えられています。

とはいえ価値観・信念・行動規範など組織文化へのコミットメントが強すぎると、過剰な愛着や一体感の喪失への不安を引き起こし、組織変革を阻害することもあるようです。

情緒的コミットメントは、組織文化や価値観の浸透のほか、積極的な人材育成やキャリア開発、職務特性改善(自立性やスキル多様性など)、上司との関係性改善、昇進機会など、つまり仕事の充実感により強化でき、いっぽう組織大規模化、中央集権化などはコミットメント低下を引き起こすといいます。

組織内での自己の重要性を知覚することによっても情緒的コミットメントは高まるとされ、ややもすると歯車化しがちな大企業に比べて中小企業の方が一人当たりにかかる責任は大きく感じ取られ自己の重要性を感じる機会が多いと考えれば、中小企業の方が大企業よりも強化されるチャンスが多いといえるでしょう。

また経営陣と従業員の距離が近いことで接触の機会が増え、恩義や義理を直接的に感じやすいことで中小企業従業員の規範的コミットメントが高まる可能性もあるとされます。

介護休暇制度、リフレッシュ休暇、ボランティア休暇といったHRM 施策は2要因理論で考えると衛生要因であり、HRM 施策導入の意義は直接コミットメントを高めるというよりむしろ経営側のメッセージを組織成員に伝えることにあると考えていいかもしれません。

コミットメント全般的に、強化するためには職務に意義や達成感を感じることが重要であるとされています。

金銭報酬は衛生要因にあたり、少ないと不満を引き起こしますが増やしても存続的コミットメントを強化することはあっても情緒的コミットメントや規範的コミットメントを強化することはありません。

ちなみにどの会社の従業員も、自分の会社は他社より報酬が低いと考える傾向にあるのだそうです。

ジョブインボルブメント

組織ではなく仕事自体に対する態度やコミットメントをあらわす概念は多いですが、ジョブインボルブメントはその中でも古くから研究が行われているもので「仕事と自己との心理的同一化の程度」、「セルフイメージに占める仕事の重要性の程度」「仕事が人生に於いて中心的であり重要である度合い」などと説明され、意欲を喚起すると考えられている為、雇用する側からみると組織の有効性や生産性を高める期待から関心が集まっています。

一方、働く側からすると仕事生活を意義深く、実り多い経験にするものとして重要性が高い概念といえます。

ジョブインボルブメントも離転職や離職意図との有意な関係がみられるといわれ、組織成員の定着を検討する上で参考となり、また、努力や総合的パフォーマンスとの有意な関係も見出されていて、組織にとって有益な行動について検討する参考にすることもできるといえます。

ジョブインボルブメントを高めるには職務内容に対する満足感の向上が最も重要で、職務遂行に必要な教育・研修を受けられることも、ジョブインボルブメントを高める上で重要だといわれます。

教育研修

仕事で時間がたつのも忘れてしまうほど熱中することがある、仕事にのめり込んでいる、といった意識の強さが目安になります。

キャリアコミットメント

キャリアコミットメントはたとえ会社を変わっても、一生を通じて追求する専門分野への志向性をあらわす概念です。

自分を専門分野と同一視する程度、専門分野の発展の為に積極的に努力しようとする意志の強さ、専門分野に留まりたいと思う度合いなどで説明され、一般的なキャリアという概念を代表し、広範な職業に活用可能であると考えられます。

キャリアコミットメントについては、自己都合による離職者の多い組織の方が、少ない組織よりも高い値を示すことがあって、この場合自己の専門性を追求するために他の組織に移っていくと解釈されます。

自己の専門性を追求する成員や職務に満足している従業員が多いことは、職場の活気を高めると考えられます。

活気

たとえ給料が下がっても今の職務・専門分野で仕事がしたい、ライフワークとして理想的な仕事である、といった意識の強さで判定します。

情緒的コミットメント、ジョブインボルブメント、キャリアコミットメントとも職務に対する満足感が高いと高いスコアになり、仕事の充実がコミットメントに良い影響を与える、と考えていいでしょう。

コミットメント補足

もっともエンゲージメントやコミットメントはあくまでも「組織に魅力を感じているので留まりたい」「会社の一員であることを誇りに思う」等の感情の強さをまとめた数値でしかなく、それらのスコアに一喜一憂せずどうすれば従業員がより充実感をもって自社で仕事に従事できるか考えることが重要です。

これらを正しく判定しコミットメントの高い充実した仕事に改善するためには、科学的に正しいサーベイを設計実施することが重要で、設問が重複したり欠落したりあいまいだったりしていては正しい判定ができず、世の中に散見される科学的根拠のあいまいなサーベイでは正しい満足度向上対策をとることもできません。

※産業組織心理学が示す具体的なポイントや対策については、のちほど整理します。

組織の生産性を高めるために

コミットメントやエンゲージメント自体はあまり組織の生産性に寄与しないことは各種研究で明らかなのですが、ニシカワは、生産性を改善し収益性を高めるためにコミットメントが間接的に有益だと考えています。

これまでいろいろな企業をお手伝いして、業務改善に後ろ向きな姿勢の従業員はあまりモチベーションが高いと感じられませんでした。

現在志向バイアス(将来価値より今の価値を重視する意識)が現状を変革する動機より強く、生産性を高めるための改善を進める意欲を抑制しているように感じられるのです。

社員の業務改善動機づけの方法論を模索する中でたどり着いたのが産業組織心理学で、まさに仕事に前向きに取り組む意識がコミットメントやモチベーションでした。

この記事の前のほうで、強すぎるコミットメントは組織変革を阻害することもあると書きましたが、本来的にコミットメントはオフィシャルな規範である企業ミッションや経営方針に準拠するはずです。

ミッションが正しく前向きで顧客志向な経営姿勢が浸透していれば、顧客に対してより良い商品を提供できる変革手段である業務改善は、コミットメントと相反するものではなくむしろ前向きに受け入れられるはずで、業務改善に抵抗があるのはミッションが適切に浸透していないと考えるのが順当でしょう。

組織変革を阻害してしまうような協調行動があるとしたら、理念ミッションビジョンが正しくないか、あるいはミッションは正しいのに浸透しておらず従業員が非公式な共有価値観(いわゆる暗黙の規範)に従っているためでしょう。

どうすれば理念ミッションビジョンを浸透して業務に対するモチベーションを高められるか、どうすれば業務をより良く生産性・付加価値の高いプロセスに改善していけるか、それらに対する答えを産業組織心理学の知見から見出せると思うのです。

なお産業組織心理学は、コミットメントにより誘起される役割外行動として問題発見と解決、つまり現状改善行動があるとしていて、生産性を高める行動を起こすためにコミットメントの高さが重要であることを示唆します。

武田信玄は「人は石垣、人は城、人は堀」といいましたが、コミットメントは職務の意義や達成感によって育まれ、理念ミッションビジョンへの共感や組織への一体感・自己実現感を醸成する重要な概念です。

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