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01 今の日本企業には人材戦略がないという

(2021/11/28)(2022/04/30追記)

人事課題の各論に入る前に改めて考え直したいのが、人事戦略・人材戦略です。

戦略というのは「特定の目的を達成するために、長期的視野と複合思考で力や資源を総合的に運用する技術・応用科学」(Wikipedia)でしたが、なかでも人材組織戦略は全社戦略を達成するため非常に重要な経営戦略の一つといえます。

人材版伊藤レポート

2020年に経済産業省がまとめた「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」(通称人材版伊藤レポート)によれば、「人的資本を含む無形資産が企業価値の源泉となる中、経営における人材や人材戦略の重要性はこれまで以上に増しており、国内外の経営トップも経営上重要な人材の確保等を重要なアジェンダと認識している。一方、日本企業の多くは、変化への対応の必要性や危機意識は共有しつつも、経営戦略に紐付いた人材戦略を効果的に実施できていないという現実もある。」といいます。

一連の伊藤レポートはそもそも、GAFAのような(社名変更したから正しくはGAMAかな?)世界級の優良で好業績な企業をどうすれば日本で育てられるか、そのために企業と投資家の関係をどう良くして長期的投資を促進するかという問題意識が背景にあるのですが、その提言の一環で、人材戦略に課題があることをわざわざ指摘したというわけです。

GAFA

日本にも世界を股にかけて稼げる企業がないとどんどん諸外国に国富を吸い取られて鼻血も出なくなってしまう、というのが伊藤レポートを仕組んだ経済産業省の危機意識で、その点では地域中小企業にそっくりそのまま当てはまる議論だとは言えない部分もありますが、投資家が投資したくなるような価値の高い企業になるための重点取り組みのひとつが人材戦略だと断言したことは注目すべきです。

※ちなみに伊藤レポート伊藤レポート2.0は企業にコーポレート・コードの順守を求めているのですが、いい企業になるための要素はなにか、価値協創ガイダンスのなかで出資者に説明すべき項目としてあげられていて参考になります。もっとも企業間競争にどう勝つかという視点に立った議論になっていて、どうすればより良く顧客課題を解決してともに発展できるか、という視点でないのは個人的に不満なのと、無戦略の原因となる組織の内部課題についての指摘がないこと、戦略あるあるで戦略ブレークダウンまで十分できておらず具体性と実行指針に乏しいことは否めません

価値協創ガイダンス

人材版伊藤レポートが求める人材戦略

むろん世界トップ企業の人事戦略はきっと異次元で人材もトップクラス、それをまねるなんて出来ようはずもないとも思えるのですが、人材戦略が企業価値を高められるからこそ投資家がその実践を注視しているということは、多少なりとも人材戦略をちゃんと考え実施するのはいい会社に近づいていくための必要条件であることは間違いないでしょう。

実際には人材版伊藤レポートは、世界屈指水準の人事とか企業戦略を革新しうるほどレベルの高い人材戦略を要求しているわけでなく、湯水のように人材育成に金をかけろとも言ってなくて、一般的な企業が企業戦略を達成するのに必要な人事戦略の推奨事項を示しているにすぎません。

詳しくは原文を紐解いていただくとして、経営者が取り組むべき人材戦略として
(1)企業理念、企業の存在意義(パーパス)の明確化
(注)他ならぬ自社だからこそ取り組む意義がある会社の目的を定め、経営者自ら率先垂範して徹底的に浸透する必要がある

(2)経営戦略における達成すべき目標の明確化
(注)なぜその目標に決めるのか理念存在意義から必然性を説明できないと誰の腑にも落ちない

(3)経営戦略上重要な人材アジェンダの特定
(注)必要なスキル、価値観、マインド、コンピテンシー等を明確化する

(4)目指すべき将来の姿(To be)に関する定量的な KPI の設定
(注)SMART(具体的、測定可能、達成可能、経営目的に関連し、時間制約がある)な進捗評価指標を決め、目標到達度合いを定量的に把握しコントロールできるようにする

(5)現在の姿(As is)の把握、“As is‐To be ギャップ”の定量化
(注)現在の人材資源のスキル、価値観、マインド、コンピテンシー等の評価尺度を決めて実態把握し、目標とのギャップを定量的に認識

(6)ギャップを埋め、企業価値の向上につながる人材戦略の策定・実行
(注)採用、育成、外部委託など、自社の強みとして内部化するかアウトソースするか判断しその実現手段とスケジュールを決める。コア人材像に関しては、ダイバーシティ&インクルージョンも十分に考慮する、また関連する人事制度を適切に整備する

(7) CEO とともに人材戦略を主導する CHRO の設置・選任

(8) 経営トップ5C の密接な連携

(9) 従業員への積極的な発信・対話

(10) 投資家への積極的な発信・対話

が指摘されています。
注釈はニシカワが加筆したので少し辛口高ハードルかもしれませんが、企業の存在意義(パーパスないしミッション)の経営者による率先垂範および徹底的な浸透と、経営戦略目標の納得性のある理由づけは特に経営マネジメントの根本部分であって、ここがあいまいなままでは戦略実現がおぼつかなくなる以前に従業員を束ねることも容易でないでしょう。

経営戦略に紐付いた人材戦略

往々にして軽視されることも少なくないのが企業パーパスともミッションとも呼ばれる存在意義の率先垂範・浸透で、良い会社とそうでない会社の基本的で決定的な差になっているように思えます。

「経営戦略上重要な人材アジェンダの特定」以降の項は、人材をITとかR&Dに読み替えたらそのまま各機能戦略や事業戦略にもあてはまる説明といえます。

従来の人事制度は、安定成長時代に簡易ローコストな統制で従業員を画一制御することを重視していきついた仕組みに思え、従業員側もコントロール容易化のための均質化人事施策を受け入れ、政府の勤労者保護政策に甘んじて成長を怠ってきたことは否めないかもしれません。

安定成長時代下に必要最低限化され人材画一化しがちな人事制度では、今のように何が起こるか見当もつかない経営環境に追従できる人材を確保することはとうてい困難でしょう。

すでに欧米ではISO 30414(社内外への人事・組織に関する情報開示のガイドライン)が創設され、企業で人材がいかに適切に人財化されているかが評価され始めていて、SDGsでも目標8に「働きがいも経済成長も」が掲げられ、働きがいと成長の両立を訴求できる会社でないと投資されないし社会から評価されない世の中になりつつあります。

SDGs

政府が人材版伊藤レポートで「これからは、人的資本の価値を最大限に引き出す方向に創造的かつ柔軟に変われる企業と、そうでない企業との間には、埋めがたいほどの企業力の差が生ずる」と指摘する危機意識を他人事と思わず、国策という勝ち馬に乗るのもある意味経営戦略、人事制度をまさに戦略的に見直し改善することをまず、これからの経営戦略の第一歩にすべきです。

なお、「経営戦略に紐付いた人材戦略」という考え方については若干釈然としない部分もあって、一般的にいう経営戦略とされるものを意識しすぎるのもいかがなものかということについて、のちにまた触れたいと思っています。

人的資本経営の実現に向けた検討会

--2022/04/30追記--

「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の検討はどうやら2022年度は、「人的資本経営の実現に向けた検討会」に引き継がれ再スタートしたようで、活動の様子は経済産業省の人的資本経営の実現に向けた検討会で閲覧することができます。

2022年3月18日には第9回検討会で人材版伊藤レポート2.0(案)が提案されていて、とても充実した内容でおおむねこの内容で人的資本経営がバズっていくのだろうと思います。

若干個人的に引っかかる点はあって、

(1)自社事業の成功につながる社員の行動や姿勢を企業文化として定義し浸透を図れ
事業のライフサイクルはそれほど長いわけではなくしかも性格の異なる複数事業を営んでいることも多く、事業に有効なコンピテンシーは必ずしも長期的な企業発展に貢献できるとは限らず、それを企業文化の構成要素とするには無理がある

(2)推奨対策が多い
やや批判的な表現になるが総花的で重みづけがされておらず、このままだと人的資本経営に熱心に取り組む良い会社に見せるため、取り組む項目の多さを競う風潮を招きかねない

(3)取り組みの判断指針がない
報告書が指摘するように会社によって重点的に取り組むべき項目は異なるが、どの対策に優先的に取り組みどれは優先度を下げてよいか、それが判断できる能力があればすでにかなり人的資本経営を理解できているわけで、理解度に見合った階層別の推奨アクションなどを提示し、ベストと言えなくても迷わず順番を追って取り組める推奨手順を提供するべき

といった改良は欲しい印象を持ちました。

人的資本経営の実現に向けた検討会なので、人的資本経営の実現を目的に位置付けるのもやむを得ない気はしなくもないのですが、そもそも人的資本経営はあくまでも手段であって、目的は存在意義を高めより広く社会に貢献できる会社(経済産業省的には世界を股にかけて稼げる会社)になることなはずであり、ともすればそこを取り違えかねないトーンの提言になっているのもなんだかなぁとは思うのです。

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