07 不思議の勝ちあり不思議の負けなし
(2021/12/30)
今回はお話に入る前に軽いウォーミングアップから始めましょう。
まずこちら ↓ のyoutube動画を見て、黒服の参加者に混ざった白い服の3人組がボールを何回パスしたか、数えてください。
(ウォーミングアップのオチはこの記事ページの一番最後に書いています)
広告・宣伝はお客さんに届いているか
自宅周辺、勤め先周辺どちらでもいいですが、普段とおる300m圏内くらいで飲料の自販機がどこに何台あるかこたえられますか?
店舗や会社、あるいは商品やサービスについて宣伝や広告をしていても、お客さんにとって欲しいと思っていなかったり興味のない商品やサービスだった場合には、目や耳に入ってはいてもほとんど印象に残らないものです。
注)くどいくらい繰り返せば、好かれるか嫌われるかはともかく無意識に記憶されることはあります
近所の飲料自販機は実際に数えると、覚えていたものの倍くらいあったのではないでしょうか?
皆さんの店の前の通りをたくさんの人が毎日歩いていても、皆さんの会社のTVコマーシャルが放映されていても、興味がない人には全く脳に届いておらず意識に残っていないものなのです。
以前、記事「01 売れないワケを原点に戻って洞察する」のなかで、『ちなみに上では覚えていれば、と書きましたが、ここ実は重要な部分で、目にしたことがあるとか知っている、では駄目で覚えているのでなければお客様は来店してくれません。』と書いたのは、このことでした。
自分の役に立つ・課題解決できる、という購入による便益と商品やサービスがお客さんのなかで結びついていて、そのことが認識されていて、かつ考慮集団(この記事の後ろの方で解説します)に入っている状態でないと、お客さんは購買行動を起こしてはくれません。
とにかくプロモーション(需要家の購買意欲を喚起するための活動)をしさえすれば集客できるというものではなくて、プロモーションしても無駄な相手もたくさんいるしやり方次第で効果が変わるので、どんなふうにやれば無駄なく効率的に購買につながるかかよく考える必要があります。
効果的なプロモーションミックスはケースバイケース
プロモーションの基本的な方向性としては、
- 商品やサービスを知らなかったり現時点でまったく興味がない客(潜在顧客)
興味を持った時のために普段から宣伝が目に入るようにしておく、あるいは興味を持つように働きかける。
※興味を持ってくれそうな人の比率が少ないと、非常にプロモーション効率が悪く、興味を持つように働きかけるのもかなり馬力がいる。
- 多少知っていたり気にしている客・必要性が顕在化しそうな客(見込み顧客)
商品やサービスが必要になったときに選んでもらうため、コミュニケーションを継続して忘れられないように努める。
ニーズ顕在化のタイミングを捉えチャンスを活かすためにコミュニケーション努力を続け、好感・信頼性を形成しておく。
※コミュニケーションできる関係性を地道に構築することが不可欠。
- 必要性が顕在化した客・今すぐ必要な客(ホットな見込み顧客)
商品やサービスを探せばすぐ見つかるようにしておく、ニーズ顕在化していることがキャッチ出来たら売り込みをかける。
※必要になったことをキャッチしてすかさず売り込むための仕組みを作っておく必要がある。
といったところなのでしょうが、
- 環境や商圏サイズによって最適手段が違う
- 商材に関する知識量や最適なコミュニケーション手段・利用可能な手段が客によってまちまちで、コミュニケーションを個別に工夫する必要がある
- 興味を持っているとしても儲けになる客とそうでない客もいる
- 生産財か消費財か、最寄り品か専門品か買い回り品か、プロダクトライフサイクルステージがどんな段階かなど商品の特徴ごとに最適な施策は異なる
- 最近のB2B取引だと、購買プロセスの57%は営業担当者に会う前に終わってるといわれ、引き合い以前が勝負になっている
といった複雑化要因が無数にあり、どのようにプロモーションするのが最も効率的かよく考え、自社に適した戦略をたてる必要があります。
ちなみに戦略とは「特定の目的を達成するために、長期的視野と複合思考で力や資源を総合的に運用する技術・応用科学(Wikipedia)」、いいかえると「
目的を達成するために自分にできる最も効率の良い方策」であり、方策を体系的に運用しその効果を定量的に把握し調整することによって戦略が効果を発揮します。
プロモーション活動の全体像
プロモーションを戦略的に、つまり施策を体系化しその効果を定量的に把握し調整して効率良く運営するとしたら、おおざっぱに以下のような手順で進めることになるでしょう。
計画的にやらないとしたら、それは出たとこ勝負の成り行きまかせにほかならなくて、そもそも目標達成することは困難でしょう。
- 売り上げ・利益目標をたてる
本来は理念・ミッション・ビジョンの再確認とそれをどう実現するかという振り返り、それとこれからやることとの因果関係の確認からやりたいところですがそこは説明上は端折るとして、プロモーション活動をするのはそもそも売り上げないし利益を増やすためとすれば、なぜ、いつまでにどのくらい増収増益したいのか、実現可能性と納得性のある目標を決めるのがスタートです。
目標値は、効果見込みや投入可能な予算や人手などとの兼ね合いで見直しすることもあり得ます。
- 現状を分析する
敵を知り己を知れば百戦危うからずというように、把握可能な範囲で現状分析をします。
まずは経営環境や自社商圏、客層、過去販売実績推移と特徴、商品特性(売れ具合、品ぞろえ、優位性など)、市場動向、これまでのプロモーション活動の効果、競合分析、過去の失注分析といったところでしょう。
差別化集中とか市場開拓型とか製品開発とか、いままでと違う条件でビジネスするのであれば、それを踏まえて現状分析する必要があり、アンケートや市場調査なども必要になってきます。
- ターゲットの定義
今後の差別化などの戦略を踏まえ、現状どんな顧客構成なのに対し、今後のターゲット市場・セグメント顧客層をどうしていくのか、顧客の優先ランク付け・重点化の考え方、移行の手順などを明確化します。
ランク付けや見込み客のステージ管理(コールド/ホット/商談間近など温まり具合)の判断基準なども決めておきます。
- 活動経費予算の確保
プロモーションにどのくらいの経費・人手をかけるか決めます。
詳細計画を立てる中で過不足の調整・売り上げ利益目標の見直しとも連動します。
- プロモーション目標設定
プロモーション計画で達成する本来の目標を売り上げ・利益増としたときに、プロモーションの直接の成果は集客なので、どのくらい購入してくれるお客様をいつまでに何人確保するかといった、具体的プロモーション目標に置き換える必要があります。
この場合に、コールド/ホット/商談間近あるいは認知段階/興味段階/欲求段階/引き合い、といったステージのお客様を各々いつまでにどのくらい獲得するか、その取引額の将来の成長も見越し、ステージアップの歩留まりも考えながら目標を立てます。
その際はSMART(Specific:具体的に、Measurable:測定可能な、Achievable:達成可能な、Related:経営目標に関連した、Time-bound:時間制約がある)な目標にすることが、達成できたか判断しよりよい取り組みに改善するうえで大切です。
- 施策案や手段の選定
具体的にどんな集客手段をとるかはケースバイケースで目標、現状分析結果、経費予算額などを踏まえて決定しますが、世の中には先人が見出してきた経営に有益な知見が多数あるので、それらを学び効果的に使いこなします。
- プッシュ型・プル型のセールス手法あるいはアウトバウンド営業/インバウンド営業を使い分ける・組み合わせる
- 進捗を適切に把握し迅速なフィードバックをするために施策にKPI(重要業績評価指標:目標達成度を予測し評価するための中間目標)を設定します
- 必要なら施策実行に必要な人的スキルアップトレーニング(業務標準化・マニュアル化・ノウハウ共有、進捗管理ほか各種手法や操作方法の習得、など)の実施を行います
- 先行イベント・後続イベントの依存関係や相乗効果等を考慮します
- 各施策の歩留まりを見込みます
- 施策の属人化を避け、対策の見える化・標準化を併せて行います
といったことに配慮しておくことが必要でしょう。
- 実行計画
施策を具体的なアクションプランに展開し、期限・行動日程、役割分担を明確にします。タスクの相互依存関係や日程制約が複雑な場合にはプロジェクトマネジメントの手法の活用を考えます。
- 進捗管理・施策の微調整
実施状況の進捗管理やコスト管理を適宜行い、遅れや予算超過の早期発見、フィードバック/リソース再配分を適切に行います。
作業が予定より進んでいる場合は、経費や人手が必要以上に投入されていないか検証して、リソース配分を見直すことも考えます。
- プロジェクト終了・振り返り
見込み通りできたタスク、そうでなかったタスクの分析、前後策の検討をおこない、またプロモーション活動の費用対効果の検証と得られたノウハウの共有をします。
昨今は霞が関あたりの中途半端にお利口なヒトが、「中小企業の生産性が低いのは事業規模が小さいからだ」とおっしゃってるようですが、まぁそれも間違いではないものの本質を言い表してはいなくて、正確には「
本質的課題を計画的・戦略的に正しい方法で解決しないから効率が悪い」と考えるべきなのです。
大企業だといい加減なことをやると直属上司の責任になるから、PDCAを適切に回せているかどうかはともかく、何かやるときは曲がりなりにも計画的で根拠ありそうに見える取り組みが要求されます。
中小企業でいわゆる戦略的・体系的で正しい考え方すなわち経営学に準拠した取り組みが行われないケースが散見されて、個人的にはそこが大企業と中小企業の差の原因になっているように思えるのです。
松浦静山は「
勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と言い、ナポレオン・ボナパルトは「
冷静に、かつ忍耐強く未来を見通す力だけが、未来を実現してゆく」と言いましたが言いえて妙、まさにそういうことでしょう。
綿密な計画を立てるとか、地味な準備をやるのは遠回りしているようですぐにやれるところから作業着手したくなる気持ちもわかりますが、それなり複雑で規模感のあるプロジェクトほど、用意周到な作業設計や仕込みがあとあと仕上がりに効いてくるものです。
とにかくまず動き出すのが大事なケースがないとは言いませんが、安易に着手してあとでグダグダにならないよう、気をつけたいものです。
そういいつつも、いくら戦略的・体系的で正しい取り組みをしても、そもそも課題認識が誤っていては話になりません。
しばしば諸悪の根源みたいなものがあって、それを見いだせるかどうか深い洞察力が求められると思ってください。
プロモーション成果に影響する顧客心理
お客様にプロモーションをするとき、認知を効果的に促進するために知っておくといいかもしれない心理学とか認知に関する知見がいくつかあります。
この記事の最初に紹介した見えないゴリラもその一つで、なかには小手先のようなものもありますが、知っておいて損はないので新規顧客集客に関係するトピックスをいくつか順不同で簡単に紹介しておきたいと思います。
- 忘却曲線
エビングハウスの忘却曲線が有名で、記憶から1日の間に急激な忘却が起こるが、その後の忘却は緩やかに起こる、かつ一度記憶した内容を再び完全に記憶し直すまでに必要な時間は再学習するほど短くなり、忘却の程度も緩やかになる。
- 広告の反復
人間の心理に、繰り返し接すると好意度や印象が高まる、単純接触効果(ザイアンス効果)というものがある。
何回もテレビコマーシャルを見るうちに商品や出演者に身近な印象を覚えるのはこの効果によるもので、メッセージを繰り返すことは商品の印象を強めるのに効果的だといわれる。
なお集中してプロモーションするよりある程度間隔を開けるほうが想起率が向上するが、過剰な繰り返しは想起率は改善しても必ずしも好感度を高めるわけではない。
- 口コミ
一般的に外部からのメッセージの信頼性は「専門性」「誠実な意図」で成立するが、クチコミはある意味多数消費者による監視状態といえ、数と質が確保されたときに信頼性を持つ。
ちなみにPGF生命「シェアリング・エコノミーと所有に関する意識調査2016」(2016年7月14日、2000人)によれば、良いものや情報をシェアしたい人は8割以上、また購入者からの口コミを参考にしたい人は約7割だという。
- 消費者の意思決定
意思決定は往々にしてヒューリスティック(ある程度正解に近い解を見つけ出すための経験則的・試行錯誤的な方法)におこなわれる。
消費者の思い込みに左右されることも少なくない、ということでもあり、ヒューリスティックバイアスには代表性(印象に残っている代表的事例から外れると認知されにくい)、利用可能性(刷り込まれた印象を思い出しやすい)、保留と調整(いったん下した判断を引きずりやすい)がある。
- 精緻化見込みモデル
自分にとって重要な決定だと認識しているときで、精緻化(情報を一生懸命吟味)しようとする動機付けがあり、かつ精緻化する能力(事前知識や考える時間)があると中心ルートと呼ばれる意思決定プロセスを経て、堅牢な態度変化を起こす。
興味がなかったり知識がなく理解が浅いとき、真剣に考える必要性が低いときにはヒューリスティックな周辺ルートを経由した決定になるが、この態度変化は根拠の少ない納得なので一時的で変心しやすい。
ユーモア広告やCM音楽は周辺的手掛かりとしてヒューリスティック意思決定の判断材料になりうる。
- 選択的接触
人間は無意識のうちに自分に都合よい情報を積極的に入手しようとする
- 家族が買い物に与える影響
どのブランドを購入するかは家族の意見を反映するが、その影響度は物により大きく異なる。
洗剤の購入は100%妻の決定事項になるが、冷蔵庫や洗濯機の機種選定では夫の意見が30%程度反映され、家や新聞だと夫・妻が各50%、家で消費する清涼飲料水やスナック菓子だと夫20%/妻40%/子供30%程度だという。
※博報堂生活総合研究所の調査より
- 一面提示・両面提示
良い面ばかり情報提供する一面提示は、受け手の判断能力や保有する情報が少なかったり好意的であるような場合に有効で、いっぽう短所についても情報提供する両面提示は、受け手の教育水準が高かったり判断に足る情報を持っている場合や中立的な場合に信頼感を得ることができる。
- 商品に関する記憶と知識
感覚記憶は非常に短い間だけ保持される、短期記憶へのコピー元になる一時記憶である。
短期記憶はせいぜい数十秒・数字だと7桁程度の寿命とサイズの記憶で、商品を比較選定(考慮集団)するときに使う記憶でもあるが、せいぜい3つ程度のブランドの記憶容量しかない。
長期記憶は永久に消えない記憶で、忘れたというのは実際には忘れたのではなく思い出せなくなっているだけ。
商品を買ってもらうためにはできるだけ思い出されやすい状況を作ることが重要で、情報を思い出すときには順序効果や新近性効果が働く。
- 説得的コミュニケーション
他者の態度(=心)を変容させ、それによって行動を変化させることを目的としたコミュニケーションのこと。
変容させるために役立つのが影響力の武器(返報性、コミットメントと一貫性、社会的証明、好意、権威、希少性)であり、それを利用した説得技法が心理的負債(貸し借りを作る)、飲食中説得、フットインザドア技法(小さな要求から徐々に大きな要求)、ドアインザフェイス技法(過大な要求を断った後の小さな要求)、ザッツノットオール技法(好条件を後から追加)、ローボール技法(好条件に同意した後条件を吊り上げる)など。
こういった認知や心理に関する知見も、お客さんに正しい情報を適切効果的に伝えるうえで使いこなしていくのは有益でしょう。
この記事冒頭の見えないゴリラの動画
この記事冒頭のyoutube動画は、動画内でも少し説明されていましたが、クリストファー・チャブリスとダニエル・シモンズという研究者が行った、「見えないゴリラ」という有名すぎる心理学の実験でした。
ボールをパスする動画の途中で、画面右からゴリラが出てきたのに無事気が付きましたか?
実験の結果、動画を見たうち約半数の人はゴリラに気づかないことが知られていて、何が言いたいかと言えば、人間は興味の対象でない物事は認識しない、人間の知覚は興味がないことは脳に伝えないのだ、ということでした。