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05 顧客ニーズ深耕のパターン別方策

(2021/11/28)

前回「04 顧客インサイトに適合して進化し成長する」では、お客さんのニーズや価値観の違いにどう適合していくか、焼肉屋を例にして学びました。

焼肉の話はそろそろ腹いっぱいとして、では自社・自店がお客さんをセグメント化してそれに集中するとしたらどう進めればいいか、特色を出した店・会社になることを考えましょう。

広い意味で新規顧客開拓というと、「お客様が従来にない満足感を感じるであろう」新商品や新サービスを作り出したりそれを今までと違うお客さんに売る取り組み、つまり製品開発/多角化があるでしょうし、今すでに提供している商品やサービスを今までと違ったお客様に提供するという市場開拓型の考え方、それから従来の商品で今までお付き合いしていたのと同質なお客さんの売り上げを増やす市場浸透の進め方もありそうです。

こういう4つの分類の仕方、アンゾフの成長マトリクスと呼ばれています。

成長マトリックス

牛角の創業のころならまだ時代がおおらかだったこともありターゲットニーズの仮定もシンプルですが、消費者にとって欲しいものがなくなったとまで言われるモノ余りの現代だと、消費者ニーズ(お客様の課題)の仮説づくりがビジネスのカギになります。

製品開発/多角化型の取り組み、市場開拓型、市場浸透のアプローチについて、差別化集中を念頭にそれぞれ事例を見てみましょう。 。

製品開発/多角化型のアプローチ

このパターンで成功事例というと必ず出てくるのがスープストックトーキョーで、「秋野つゆ」という架空女性を設定した伝説のペルソナマーケティングです。

スープストックトーキョーの発端は実は三菱商事の社内ベンチャー、つまり社内の位置づけとしては事業多角化の一環で始まった事業です。

スープカップ

性格や嗜好、経済力やライフスタイルまでリアルに人物像を作って、想像上の彼女が気に入ってくれることだけを目指してスープや店や広告を徹底的に作り込んだ、ほぼペルソナマーケティング事例の代名詞です。

注)むろん事業化段階では、架空女性が本物の女性とズレてないか、事業成功確率を高めるために周到な市場調査や徹底的な見直しはやってます。

この事例はいろいろなところで浅くも深くも解説されているのでここでは詳細には触れませんが、差別化集中は、千差万別のお客様の課題に幅広く中途半端に応えるのではなく、ある共通の課題や価値観を持つ一部のお客様の課題を解決することに特化して繁盛するという良い例です。

いっぽうでB2B(事業者間取引)の新規商材でも、ペルソナを作って気に入ってもらえる商品やソリューションを設計し訴求していくというアプローチはある程度有効ですが、あまり事例は見当たりません。

B2Bでのペルソナマーケティング、カスタマージャーニーの活かし方はのちほど触れるつもりですが、B2Bではそもそも一般消費者向け商材のように不特定多数向けでどちらかいって感性に訴える商材と違って、コンジョイント分析(最適な商品コンセプトを決定するための統計的な実験分析手法)のようなある種機械的な商品設計手法で絞り込んでいけるような機能組み合わせ的商材が多く、しかも商談のなかで顧客の特定課題に商材を合わせ込むプロセスもあるし、消費者向け商材ほどニーズが多様化していないこともあり、あまり必要性がなかったのかもしれません、これまでは。

ペルソナマーケティング自体が、欲しいものが漠然とした不特定多数消費者を対象にしたマーケティング手法として誕生したことも、B2Bで普及していない理由でしょうし、B2Bでは購入決定者・選定者・利用者が異なることが多くてペルソナ設計が難しいことも理由にありそうです。

部長課長ヒラ

もっともウィズ/アフターコロナで消費が不安定化しB2B売買も先が見えない昨今では、ペルソナマーケティングの考え方を取り入れて、顧客課題のより良い解決を目指すことは顧客獲得に効果が期待できます。

市場開拓型のアプローチ

こちらは、従来と基本的に同じ商品・サービスを、今までとまったく違う顧客層に購入していただくことで、販売量を増やす考え方です。

身近な例だと重曹(タンサンあるいはふくらし粉)で、かつては蒸しパンやまんじゅうなどの生地に入れてスポンジ状にしたり、山菜のアク抜き、緑色の野菜を彩りよく茹でるためのいわゆる食材加工用材料として利用されていました。

昨今では、パッケージが変わったり多少は効能強化するための添加物は入ってはいるとは思いますが、汚れ落としや消臭・吸臭作用など掃除用途のほうがむしろ使用量が多いように思えて、これはまさに市場開拓と言えるでしょう。

掃除道具

もっともターゲットを絞り込むとかペルソナというほど積極的にマーケティングしているようには思えなくて、せいぜい身体や環境にやさしいとか天然由来とかそういった安全安心や環境問題に敏感な消費者セグメントに控え目にアピールしている印象があります。

すでに商品ができあがっていてしかも流用がききやすい素材寄りな商材なので、あらためてターゲットを絞り込むというよりは、使える用途を見つけて攻め込むアプローチになるのでしょう。

積極的に再ターゲティングした事例としては、ボディローション「シーブリーズ」(20代~30代の海へ行く男性 → 汗の臭いを気にする町の女子高生)とか、電動歯ブラシ「ポケットドルツ」(高齢者の男性向け → 20代~30代の職場で歯磨きをする女性)などがありますので、気になったら調べてみてください。

市場開拓のパターンの一つとして、未発売の地域に進出するケースがあります。

地元であまり売れないから首都圏に打って出たいという社長をたまに見かけるのですが、商品のリピーターがほとんどいないような場合には他地域に出たらほぼ確実に失敗します。

熱心なリピーターが一人でも二人でも地元にいるなら大都市に行けば人口に応じて気に入ってくれるお客さんはいるでしょうが、もしそうでない場合は商品にリピートしたくなるような魅力が乏しいから地元で売れないのであって、大都市では競合の中でとどめを刺されることになりかねないのです。

B2B(事業者間取引)商材で市場開拓型というと、たとえば炭素繊維などの素材であったり既存技術であったり、やはり流用しやすいものを別市場に転用することは少なくないのでしょうが、これも用途開発的であまりターゲットを絞ったりしている事例は見当たらなくて、どちらかいうと経営資源や強みが活かせる用途、自社が課題解決できる適合技術領域を探索するなどシーズ寄りの取り組みが大部分です。

市場浸透のアプローチ

前出の2パターンはそれなりに製品や事業の作り込みにエネルギーが必要ですが、もうひとつのパターンとして市場浸透があります。

従来の市場浸透の王道は、販売員を増員したり広告・マーケティング施策を強化して拡販するなど、まさに集客したり顧客一人あたりの購買数を増やしたり、購入頻度・リピート率を高めるなど、顧客の購買意欲を高めるなり競合他社から客を奪う取り組みでした。

売り出し

問題はなかなかそれにエネルギーを割けないこと、やったとしても対象を広げるとコストパフォーマンスが悪くなること、市場が飽和どころか縮小している中で競合も必死に手を打っていて思うように効果が出づらいことでしょう。

なにしろ、解決したい課題を持っているお客さんかどうか見分けるのも困難なため、手当たり次第に宣伝していたわけだから効果が出にくいのは当たり前です。

昨今は効率的で強力な顧客開拓手法も出てきているので、それはそれでのちほど紹介するとして、もう一つの打ち手として考えられるのが差別化集中、言い換えれば市場深耕です。

業務スーパー、病人食・介護食、100円ショップ、コンビニなど、いずれも顧客層あるいは商材や売り方を絞り込んでうまくいっている差別化集中の事例といえるでしょう。

既存の商品を売るという取り組みだから、どちらかいうともともと商品開発や改良を念頭に置いたペルソナマーケティングとはちょっとニュアンスが違っていて、むしろ販売する相手や用途を特化・深化するために顧客の課題や価値観を特定するためのペルソナ設定が考えられます。

モスバーガーは高品質・高価格路線で他のハンバーガーチェーンと一線を画しているし、高級感と居心地のスターバックスも独自の顧客層を持っています。

B2Bでは表に出ないから知る人ぞ知るながら差別化集中している企業は実は少なくなくて、たとえば宮城県利府の超精密加工メーカーは、探査機「はやぶさ2」の砂を持ち帰るアルミ製容器の内側を、表面凹凸が100万分の1ミリ以下という世界最高水準の精度で磨き上げてミッション成功に貢献したそうです。

ハヤブサ2

ちなみにはやぶさ2には、地下物質採取のため金属弾を発射する装置や爆薬を詰める金属容器など、いくつもの部品に東北のものづくり企業がかかわっているといいます。

きっとそれらの会社は、はやぶさ2の部品を作ったというだけで引く手あまたに違いないと思えて、まぁこれらの事例とペルソナはほぼ関係ないですけど、とことんお客様の課題に寄り添って腕を磨けばいいことがある、ということだと思うのです。

仙台市青葉区小松島で営業している、ペルソナマーケティングではないけど差別化集中している人気の弁当屋さんについて触れさせてください。

さほど便のよくない立地とはいえ東北高校とか医科薬科大が近く、もともとそれなりに食欲に恵まれていて、売り上げのたぶん9割以上は各種味違いのタレで味付けした鶏唐揚げ弁当のバリエーションです。

きやり弁当

この弁当なんと一食ほぼ1キログラムあり、唐揚げは蜜柑サイズが5粒でご飯はコンビニおにぎり3個強、ほかにはスパゲティと漬物が飾り程度に入っているだけ、というなかなか印象的な代物です。

女子供だとお昼に半分食べて夜に残りを食べて十分お腹いっぱい、というサイズで、もうお判りでしょうがもともと店が標的にしてきたお客さんはガテン系&体育会系男子です。

でも人気が人気を呼び怖いもの見たさを呼んで家族連れもサラリーマンもぞろぞろ買いに来ています。

待ち並び

人気の秘密は、思わず笑ってしまうネタになるほどの大盛りなのと、常に新しい味付けを繰り出して好奇心を掻き立てつつ飽きさせないこと、ちなみに唐揚げはジューシーでちゃんと旨いです。

あんなに大盛りで微塵ほどの飾りっ気もない弁当いったい誰が食べるんだ、と思いたくなるのですが(まぁ自分もたまにリピートしますが)ガテン系&体育会系からの根強い人気と、それにつられた一般客のお買い上げは引きも切らず、相当儲かってるはずです。

注)ナイス!だった小松島の弁当屋さんですが、少し前に献立構成を大幅変更したり値上げしたりで、ナイスと言えなくなってしまいました(残念)

人気を紐解く

スープストックトーキョーとナイスだったころの小松島の弁当屋について、その人気の理由を考えてみましょう。

1999年スープストックトーキョー創業当時、女性が一人で気軽に入ることのできるファーストフード店はなかったそうで、シンプルでセンスの良いものを好む37歳のキャリアウーマン「秋野つゆ」が一人でも気軽に入ることができ、安心安全でおいしい物を食べられる場所を作るべく企画がスタートした、というのが事業の始まりだともいわれています。

でもこれだと普通に何の変哲もないセグメントマーケティングですね。

スープストックトーキョーの創業者は、とあるインタビューで『ある時女性が一人でスープを飲んでホッとしているシーンが思い浮かび、そのイメージをもとに「スープのある一日」という物語仕立ての企画書を作成しました。その企画書の内容を一言で言うなら「共感」です。「Soup Stock Tokyo」はスープを売っているがスープ屋ではない、スープはその共感のための軸である、スープに共感して集まってきたお客様に自分たちはスープを提供して、「これは良いよね」とか「こっちはダメじゃん」とかいった共感の関係性ができれば、スープが別の食べ物になったり、別のサービスになっていったりするということを書きました。』と言っています。

共感

創業者自身が、女性が一人でスープを飲んでホッとするというシーンに共感をいだいていて、同じように共感する人がいると確信していて、ホッとする瞬間を発掘し共感し関係を深めていくいわば小道具としてスープに注目していることがわかります。

そこには、ほっとしたい、少しのあいだ素の自分に戻りたいという、もしかしたら本人も普段見過ごしがちな欲求・ニーズ・課題があって、その欲求を解消したいという想いに対して共感が生まれ、共感を共有したいという渇望への気づきをもたらす、そしてスープは欲求を本人に気づかせ共感を求め媒介する役目を果たすのでしょう。

蛇足なんですが、うんと昔「柴漬け食べたい」っていうTVコマーシャルが一世を風靡したことがあって、少しのあいだ素の自分に戻ってほっとしたいという願望は時代を超えて生き続けるのかもしれないです、どうでもいいハナシですが。

小松島の弁当屋さんでなぜ不釣り合いな家族連れや女子や草食風サラリーマンまでもが大盛り弁当を買うのか、空腹を満たしたいからではなく、怖いもの見たさという欲求と、胃がはちきれそうだと言いながら完食しようとする挑戦や達成に対する充足欲求、そしてそれらを仲間と共感共有したいという欲求があったように思います。

ペルソナマーケティングは年齢や性格や嗜好、経済力やライフスタイルなどまで客のイメージを詳細に具体化しますが、それによってセグメント化するのではなく、あくまでもその人や価値観の似た人が共通して潜在的に感じる「あるある確かにそうだよねー」と同意したくなるような欲求、ニーズ、課題にターゲティングし、共感と共有により需要の連鎖を掘り起こすのでしょう。

じゃどうすればいい?

はい、長々と御辛抱おつきあいいただいてようやく核心に迫ってきたのですが、ちょっとこの記事も分量が多くなったので、次の記事から具体の対策を説明していきたいと思います。

乞うご期待です。

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