
(2026/02/03)
ISO9004(JIS Q9004)は「誰にとってもいい会社」になるためトップマネジメントにリーダーシップを求めますが、その要求水準の高さたるや従来のマネジメントシステムの比ではなく、それだけの力量があるトップが滅多にいそうもないのが、日本の失われた30年の根源にも思えます。
ISO9004(JIS Q9004)がトップマネジメントのリーダーシップの必要性を解説しているのは箇条7.1ですが、従来マネジメントシステムと異なり
箇条7.1.1
トップ自らが推進もしくは推進の先陣を切るのが望ましい基本的事項
箇条7.1.2
持続的成功達成のためにトップがリーダーシップ及びコミットメントを実証すべき事項
という2部構成になっており、よく読みこむとさらっと書いてあるものの尋常でない難度です。
もっとも冷静に吟味すると、なるほど確かにこれこそトップマネジメントが担うべき仕事にほかならず、変化の激しい経営環境に適応し成長するための土台を築く施策であると確信できてきます。
実践できない会社は衰えていくしかないと思えてきます。
箇条7.1.1の要求事項はわざわざ箇条7.1.2と書き分けそれに先んじて要求しており、組織活動の根底に関わる事項であると解釈できそうです。
なお以降の記事見出しの文言は、著作権抵触で怒られないことを祈りつつJIS Q9004を引用しています。
箇条7.1.1a)はまず使命、ビジョン、価値観、文化の確立を求めていますが、ここでは組織のアイデンティティという言葉を使っておらず、アイデンティティを自覚する前の段階を念頭に置いた要求と言えそうです。
使命、ビジョン、価値観、文化は言わずもがなで当ホームページの
第15話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティ攻略のヒント
第16話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティは変革の原点
第17話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティ浸透のドウハウ
を参照するとして目的はかなり曲者で、使命との意味合いや位置づけの違いを踏まえ正しく取り組む必要がありそうです。
目的とはISO原文では"purpose"ですが、野林はパーパスとドメイン-「存在意義」と訳される 2つの概念と,経営理念との関係-(AAOS Transactions/13 巻 (2024-2025) 1 号)
で、
パーパス(purpose)は,日本語で「存在意義」と訳される場合が多い。・・・パーパスの定義も統一されたものは無いことが知られている
と指摘し、なるほど他の研究を見てもその意味の解釈は様々です。
統一された解釈がないということは準拠すべき公認された解釈がない訳だから、当ホームページでは熟考の結果以下のように意味をとらえます。
使命(mission):社会への貢献という自社に課せられた役割
目的(purpose):自社や構成員自身が自己実現として成し遂げたい自ら選び望む役割
自社の在りたい姿をコンセンサス形成し、皆がポジティブに受け入れ統一するのは容易ではないでしょうが、技術系ベンチャーなどではしばしば見られる「○○で社会を変える」といったような熱いスローガンはpurpose表明に該当しそうです。
目的の全社浸透に取り組むのは7.1.1c)の要求と考えれば、ここでは経営陣が目的の採用・統一を果たせば要求を最低限満たすと判断できるので、パッションを持ちやるべきことをわきまえた人材で経営陣を固め決めごとのコンセンサスを取ればpurposeについてはクリアできそうです。
使命、ビジョン、価値観及び文化は、第17話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティ浸透のドウハウで紹介した、アイデンティティの設計明文化のようなアプローチをすれば良さそうです。
組織アイデンティティなるものは、purposeを抱いて初めて魂が宿るのかもしれません。
箇条7.1.1b)は、組織構成員が組織目標に能動的に関与し自発的に達成に取り組むためのムードや仕組みづくりを求めています。
荻原の職務における目標コミットメントの先行要因に関する研究のレビュー(商学研究科紀要 巻87,p.115-131,発行日 2018-11-24)によれば、目標をコミットする影響要因には状況要因と個人要因があるのだそうで、
状況要因としては
参加(目標設定に参加させること)、報酬(非現金報酬を受け取る資格)、目標特性(目標の明快さ)、上司の支援、マネジメントテクニック(コンフリクトマネジメント)、主要職務特性(多様性、完結性、重要性、自律性、フィードバック)etc.
個人要因としては
過去の成功(過去の業績と目標との乖離度合い)、目標受容、目標コンフリクト(業務目標と個人的価値観とのコンフリクト度合い)etc.
だそうです。
この示唆はどちらかいうと各個人に割り当てられる目標についての知見と読めますが、全社目標であっても納得性と実現可能性があってやる気がわく目標であることが重要だ、前年比○○%といった恣意的な目標では支持されない、ということはいえそうです。
目標決定プロセスと決定理由をオープンで腑落ちするものにすることが求められているといえそうです。
とはいえそもそも組織アイデンティティ~戦略~目標に整合性一貫性があって、なおかつ使命や目的に本人がコミットしていないと腑に落ちづらい気がします。
現実的な話として、目標は高すぎても低くても実現意欲がそこなわれるそうなので、程よい難易度にすることも重要です。
トップが定めた目的や目標を組織に展開浸透していくとしたら、一般的にはトップダウンで職制を通じておこなうのが順当でしょう。
つまり、
役員レベルが上級マネジメントへ展開浸透を働きかけるのをトップが励まし支援する
上級マネジメントが中級マネジメントへ展開浸透を働きかけるのを役員レベルが支援する
中級マネジメントが・・・・
と順次段階的に下方展開し浸透するよう上位マネジメントが下位マネジメントを支援することが要求されていると考えられそうです。
目的(purpose)を浸透するうえでは価値観の相違が妨げになりそうで、こればかりは本人が組織にアイデンティフィケーションしていく中でひたすら語り掛け続けるしかないのかもしれません。
とはいえ価値観は生まれてから数十年にわたり刷り込まれたものだから、修正困難な人がいる可能性は排除できず、そこをどうするかはある意味経営判断で割り切ることもあるでしょう。
方向性については、それがアイデンティティ実現にとって最善の判断であることを論理的に納得できるのが良策に思えます。
箇条7.1.2では「リーダーシップ及びコミットメントを実証すること」と、QMSやEMSと同じ口調が使われていますが、QMSやEMSがいわば戦術レベルの活動であるのに対し、ISO9004はより根源的な取り組みといえるので、はるかに高度で重い取り組みが求められます。
ちなみにISO原文では、JISが「実証すること」と訳しているところは"should demonstrate"という表現で、リーダーシップ及びコミットメントを「実演する」とか「行動で示す」といったニュアンスで、完璧に遂行達成することまで求めているわけではないかもしれません。
7.1.2a)項は、規格に箇条6(組織のアイデンティティ)参照と記されている通り、組織アイデンティティを設計し、周知し、共感し、行動するよう構成員に働きかけることを求めています。
具体的には、
第15話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティ攻略のヒント
第16話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティは変革の原点
をふまえた
第17話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティ浸透のドウハウ
というような取り組みになります。
■■■■■■ 信頼 ■■■■■■
ISO9000シリーズでは”信頼”という言葉が多用されているのですが、”信頼”とは何か、どういう状態かそもそも定義されていないし、何となくわかっているような気になる”信頼”ですが、この箇条の意図を深く吟味すると途方に暮れてしまいそうになります。

王は組織の有効性と信頼に関する実証研究(関西ベンチャー学会誌/10 巻 (2018))で、
信頼は様々に定義されている
信頼とは、不確実で相互依存する状況下で、脆弱な立場にある信頼者は、被信頼者がその脆弱性を悪用せずに行動してくれると期待すること
だと言い、
野村は低信頼社会のコンフリクト :信頼の再構築による合意形成(精神保健福祉第54 巻第4 号2023-10-25)で
信頼とは、あくまでも自己の責任において白紙委任を遂行することであり、将来における損害の可能性を認識しながらも、自身でそれを引き受けることが他者に対する信頼
換言すると、他者を信頼するということは、リスクの可能性を受容すること
と言います。
つまり信頼とは、
不確実な状況下で、相手から被るリスクが許容水準以下であると判断できる状態であり、
信頼できないというのは
リスクが高く受容できないということ
といえます。
7.1.2b)項がなぜ必要か改めて考えると、確実な状況たとえば仮に業務の一挙手一投足すべてにルールが決められてマニュアル化されて結果も自明だとしたら、意図的にルールに違反してまで結果を不確実にすることは無いから(それでも違反する人は稀にいますが)、リスクがほぼ皆無・許容水準以下といえて信頼も誠実も必要ないわけです。
信頼や誠実が求められるのは、不確実性や曖昧さがあるなかで経営課題解決を安心して他者に任せスムーズに処理するために必要不可欠だからだということになりそうです。
松本は組織に対する信頼の安定性(研究論文集[5]JGSSで見た日本人の意識と行動)で
信頼がコミュニケーションを円滑にし、かつ組織運営上有用であることが実証されている
といい、
斎藤は組織における信頼性のタイプ(経営論集 第56号(2002年3月))で
信頼が注目される、ある種の信頼性研究を通して得られた体験的情況として
(a)信頼性は協力的行動を可能にする
(b)ネットワーク関係のような適応的組織形態を助長する
(c)有害なコンフリクトを低下させる
(d)トランザクションコストを減じる
(e)アドホックな仕事集団の形成を早める
(f)危機にたいする効果的な反応を促進する
などを挙げ、
信頼性があることにより、コストの低減をつくり出すことができる。これが取引コストの低下の原因となると考えてよい
といいます。
やはり信頼は不確定要素のある課題解決を委任するのをスムーズにする、つまり結果が不確実な取り組みが求められるような時、信頼はその委任を促進するし、信頼が欠如していると委任にコンフリクトが発生しコスト高を招くので動きが悪くなる、だから信頼が必要なのだと解釈してよさそうです。
では信頼感を抱くのはどういう時かと考えます。
一般論で言うと、王は組織の有効性と信頼に関する実証研究(関西ベンチャー学会誌/10 巻 (2018))で
1.能力(capability)、2.誠実さ(integrity)、3.平等(fairness)、4.憐情(compassion)、5.言行一致 (sincerity)
つまり、誠実で、平等意識や憐情があって、言ったことを必ず実行し、しかも着実に実行する能力を持っているということは、信頼を得るための条件
だと言います。
ここで重要なのは、信頼されるうえで被信頼者の能力と誠実が重要な先行因子になっていることです。
ビジネスの場面でいうと藤原の
上司・部下関係における相互の被信頼を測定する尺度の作成(産業・組織心理学研究/31 巻 (2017-2018) 1 号)が参考になって、
上司視点(部下を信頼する因子)
こまめな報告・連絡・相談や高い仕事への意欲,有能さ
「納期厳守」「傾聴」「自己管理力」(部下が指示や命令の受け手としての役割を十分に果たせているかどうかに関わる要素)
部下視点(上司を信頼する因子)
「礼儀正しい」「真面目」「思い遣り」「豊富な知識や能力を活かせる」
「言動の一貫性」「正直さ」「悪意ある言動(R)」「頼りにならない(R)」「学習意欲が高い」「指示・指導・助言の的確さ」(上司が指示や命令の送り手としての役割を十分に果たせているかどうかに関わる要素)
なのだそうで、いずれも能力(capability)や誠実さ(integrity)が重視されているように見て取れます。
このほかに同僚視点もありそうですが、緊密な連携が必要で相互依存的な場面は次のチームワークで論じるとして、同僚視点は上司視点や部下視点と似通っていると考えられ、仕事以外つまりプライベートの信頼関係はここでは検討割愛します。
部下を信頼する因子をよく吟味すると、実は部下の態度を決定づけるのは上司の力量によるところが大部分であることに気づきます。
「こまめな報告・連絡・相談」を引き起こす好子はそれに対する上司の反応であって、報告相談すれば自分にとって有益なレスポンスが返ってくるなら、部下は自分の得になるから進んで報告相談するし、報告するのが無駄手間にしかならないなら行動は抑制されます。
「高い仕事への意欲」はコミットメントやモチベーションに該当しそうですが、力量に見合った目標で意義深い自律的な仕事であれば一般的に意欲は高まるといえるので、意欲がないのは部下の責というより上司のマネジメントがヘボいからである可能性が否定できません。
有能かどうかは仕事の習熟度合いに依存するところが大きく、上司が適切な育成を怠っていては習熟はありえないでしょう。
仕事の納期が遅れる主要な原因として仕事量を過少に見積もるエラーがあって、これも習熟度の向上で解決できることで、それ以上に納期を明示しない上司が少なくないことが問題です。
なぜ重要なのかわからなければ重要な話でも傾聴されることはないし、話を理解するためには前提知識を過不足なく修得している必要があって、傾聴に問題があるのも上司の話し方や育成の問題が大きいと言えます。
つまり信頼できる部下を持つためには、まず信頼され役割特に部下育成を十分に果たせる上司になる必要があって、部下を信頼できないのは上司自身に多分に問題があるからで、上司自ら自分自身の技量を磨き素行を改める必要がありそうです。
部下が上司を信頼する因子としては、人間的魅力はもちろん、業務知識や技量や判断能力が高く部下を育成するのが上手いことだといえそうで、不勉強で力量が低いままいたずらに年を取っていては、上司失格と言い切ってよさそうです。
■■■■■■ 誠実 ■■■■■■
ISO9004がいう誠実はintegrityで相当程度に崇高な誠実であり、sincerityでもhonestyでもないのですが、厳密な意味の説明は割愛するとして、
岡部はなぜ 「正直は最良の策」 なのか? インテグリティの個人にとっての意義と社会的機能(明治学院大学国際学研究 巻49,p.105-122,2016-03-31)で、
個人と組織にインテグリティが行き渡っているならば,人間ないし組織の信頼性が高くなるので良い社会とされる
といい、さらに個人にとってインテグリティは
何も言い訳をする必要がないので,どのような状況にも安心して対応できる
自分に対する自信(confidence)を高めることにもなる
結局「良い判断」を可能にする
第三者からの信頼感が高まる
といいます。
また斎藤は経営組織論における信頼性の意味(経営論集 巻52,p.1-13,2000-11-30)で、
人が他人の信頼するに値いするものとして認識している最も重要な性質は、誠実性
といいます。
つまり規格が誠実を求めるのは、本人にもメリットはあるものの主に信頼性の獲得のためだと思えます。
規格に則り誠実を目指すのも大事ではあるのですが、ヒトの根性がそう簡単に誠実になるとは思えません。
でも前述の部下を信頼する因子が示すように、それなり力量を備え求められる役割を適切にできるようになれば誠実性を技量が補って仕事上の信頼をある程度獲得できるだろうと考えれば、能力向上を通じて信頼獲得を目指すことはある意味理にかなっているといえそうです。
むろんどうにも不誠実な人もいて技量向上を動機づけるのも困難だろうし変容も容易といえないので、そういう人を信頼することは難しいと割り切った処遇をすることも必要かもしれません。
ISO9004はチームワークの確立及び維持を求めますが、これも何となく納得できるものの、ではそれにどういう効能があってどうすれば実現できるかは例によって皆目触れられていません。
チームワークやチームということばも普段遣いされる言葉ですが、その意味を正しくつかんでいる人は多くはなさそうです。

まず、チームというのは、比較的長期に存在しながら幅広く多様共通の目標・目的・職務に取り組む集団で、メンバー同士は課題遂行のための役割や職能を割り当てられて時に相互依存的適応的に比較的長期にわたり付き合うことになり、プロジェクトへのかかわりも比較的長期になります。
メンバー相互の見極めや意識高揚に時間がかかり即効性が弱いとされ、意見の対立や感情のもつれなど葛藤が生じる可能性も高く影響が深刻になることもあるといいます。
組織の部署やスポーツチーム、プロジェクトチームなどが代表例です。
チームから派生する短期間の集団としてタスクフォースやクルーがありますが、ここでは詳細割愛します。
チーム内の仕事にはタスクワークとチームワークがあって、
<タスクワーク>
メンバー一人一人が担当する業務の中で行う作業や道具機械の操作で、個人で完結する
<チームワーク>
メンバー間でコミュニケーションをとったり互いに助け合ったりする活動、またはチーム内の情報共有や活動の相互調整のためにメンバーが行う対人行動全般、団結心や協調性など、態度感情認知などの心理的要素を含むこともある
というものです。
定常的作業比率が高くタスクワーク主体の集団は分業集団というべきで、チームワークの重要性が増すと協業チームになるといっていいかもしれません。
なぜ直接付加価値を生みもしないチームワークが求められるかといえば、分業は各自の得意なスキルを持ち寄ることで定常業務を効率化できるものの、チームワークというオーバーヘッドを受容してでも、協業にすることで高度な非定常業務の対応能力を高める必要があるからです。
昨今では人手不足などのあおりで定常業務ですら人材多様化し、コンフリクトによる効率低下を防ぐため従来以上にチームワーク設計が重要になっているし、社会やビジネスの複雑化高度化によって課題解決の要求水準も高まり、メンバーが各々のスキルを有機的に組み合わせ創発的で高度な解決策を生み出す必要に迫られているわけです。
正しい人材戦略コーナーの記事第08話 ダイバーシティ&インクルージョンはもろ刃の剣かで説明した「連接的協働」や「離接的協働」を実現するのがチームワークの効能あるいは目指すところだといえます。
もっともビジネスの複雑化高度化は、定常業務については情報技術によって解決すべきであって、チームワーク強化が求められるのはやはり非定常業務だといっていいでしょう。
チームワークの向上方策については、三沢のチームワークとその向上方策の概念整理(岡山大学大学院教育学研究科研究集録 第171号(2019)23−38)が参考になります。
これによるとチームワークの3要素として
【態度的要素】
1.凝集性(cohesiviness)
集団の結束力を表す特性であり,メンバーが所属する集団に対して感じる魅力・愛着の強さ
2.チーム効力感(team efficacy)
自己効力感をチーム(集団)レベルに拡張した概念であり,チームの課題遂行能力に関してメンバーが共有する信念を指す チームとして課題に取り組む際の自信や意欲,使命感などを反映したもの
3.相互信頼感(mutual trust)
各自の役割の履行,および他のメンバーの利益を守ることに関してメンバーが共有する信念 互いの業務の進捗の把握,必要に応じた支援を行うために,信頼感の醸成は不可欠
4.心理的安全性(psychological safety)
チームが対人的リスク(恥をかく,拒絶・批判される)を伴う行動(例えば問題点の指摘,支援の要請など)を,そのリスクを懸念せずに行える安全な場であるとメンバーに共有された状態
【チームワークの認知的要素】
1.共有メンタルモデル(shared mental model)
チームの課題,遂行手順,役割や責任などについて,メンバー間で共有された知識でこの知識が共有されている程度が高いほど,メンバーは互いの行動を予測し,円滑に協調して課題を遂行できる
2.トランザクティブ・メモリー・システム(transactive memory system)
チーム内でメンバーが専門分化して知識を保有し,それらを効率的に活用する集合的な記憶様式
3.チーム状況認識(team situation awareness)
絶え間なく変化する環境のもとで,的確な意思決定や行動を行うために必要な現在の状況に関する知識・理解
4.戦略的合意(strategic consensus)
組織の目標を達成するための戦略の優先順序に関する共通理解,どのような戦略を優先して採用するべきかという見解の一致
【チームの設計に関する要因】
1.人員規模
最低限必要な規模の人員を確保することが適切であるが,その最適な規模はチームの形態や課題の性質に依存する
2.メンバーの選抜
一般に,専門的な知識・スキルの高いメンバーで構成されたチームは,パフォーマンスが高い,メンバーが個々の担当業務を十分に全うできるだけのタスクワークに関する知識・スキルに熟達しておくことは重要
3.メンバーの多様性
多様なメンバーの存在が,チーム内での創造性の発揮や多様な視点による知識共有を促進し,結果としてチーム・パフォーマンスを向上する可能性がある
4.課題の設計
課題の統制可能性(課題遂行とそれに関連する諸活動に関して,チームが自律的にコントロールする裁量が与えられている程度
5.課題の相互依存性
チームとしての作業体制においてメンバー間の協力・協調が必要とされる程度
6.課題の重要性
課題達成の意義や重要性が高ければ,メンバーの動機づけは向上し,高いパフォーマンスが期待できる
があるとされ、
チームワークの向上方策3つの一般的な原理として、
原理1:課題にあわせてメンバーを配属する
チームが取り組む課題とその目的に応じて,適切な人材を選抜し,チームを編成する
原理2:メンバーにあわせて課題を変化させる
目標や課題遂行の手続き,作業条件などを適切に設計する
といったチーム・デザイン方策、
原理3:課題にあわせてメンバーを変化させる
期待する水準の課題達成が可能となるように,メンバーに対してチームとして協働するための教育研修や訓練を実施する
といったチーム・ビルディング/チーム・トレーニング方策が示されています。
十把ひとからげにチーム・デザイン、チーム・ビルディング、チーム・トレーニングといった言葉で済まされる事が多い強化策ですが、課題やチームの現状に合わせて強化すべき要素を意識しながら方策を設計する必要があって、具体的にどうすればよいかは、ケースバイケースなうえ記事として深くなりすぎるのでここでは割愛します。
補足しなければならないことは、プロジェクトが往々にして大失敗するのは、上位戦略の不出来などプロジェクトオーナーの不勉強に起因する失敗も少なくはないものの、そもそもリーダーを含む一人以上のメンバーにプロジェクト推進力量がないことに起因します。
なぜそんなことが起きるかというと、メンバーを任命する上司にそもそも力量が無いために、メンバー候補者が力量を有するかどうか判断できずとんでもない人選をするからに他ならず、そいつは往々にして結束と他メンバーの成果を台無しにします。
しっかりした基礎があればまだ学習成長余地があるかもしれないものの、それすらない者がプロジェクトを覆す例はよくあって、テコ入れしても無駄なチームを強化する以前にチーム設計に慎重に取り組む必要があります。
この箇条のISO9004の7.1.2d)原文は
"providing people with the necessary resources, training and authority to act with accountability;"
で、JISは"accountability"を「説明責任」と訳しているのですが、"accountability"には「結果責任」のニュアンスもあってこちらのほうが正直しっくりきます。
結果を出すために必要な経営資源や技量は、その課題の実体を正しく理解し適切な解決方策を見出さなければ過不足なく特定できません。
しかし定常的に行うタスクならまだしも、低頻度で不確実性が高い課題は実体をとらえることが困難です。
システマチックに不確実な課題に取り組むアプローチとして参考になるのが「規律的な仮説志向」で、
「正確な情報が得られなかった問題について、仮説として推定する。仮説として仮置きした変数や項目について、実際の状況を観察し、実験・実証を繰り返すことで、仮説のうち正しいものは検証されて保持され、現実に合わないものは棄却・修正される。この結果、問題についての理解が促進される。一度に問題が解決することはなく、残された問題についてまた新たに仮説を構築する。このプロセスを繰り返すことで、組織内で学習が促進され、知識が蓄積されていく。規律的な仮説志向のアプローチは、テスト・アンド・ラーンのアプローチとよばれることもある」
「注目すべき不確実性が確定したら、その次に、迅速かつ経済的な方法でその背後にある仮説を検証し、知識を蓄積することによって事業遂行に関わる不確実性を削減していく。分岐や確率変数が把握できるレベルまでこのプロセスを繰り返すことで、事業についての最適な実施方法が明確になると期待される」
というものです。
当該分野の体系的網羅的な業務知識が必要なのは言うまでもありません。
※詳細は当ホームページ 第09話 イノベーションのための戦略作法/創発戦略編 参照。
とはいえ、全く見聞きするのも初めてで仮説を立てるのさえ難しい場合もあります。
こういう時に役に立つのが実は各種研究論文といえます。
巨人の肩に乗る(巨人の肩の上に立つ)という言葉があって、人類は昔から多くの課題を解決し論文にまとめ後世にノウハウを残していて、類似したケースはたいてい見つけられるので仮説設定のヒントの糸口として非常に参考になります。
つまり不確定要素の多い事象に取り組むうえで、社会科学の研究論文を調査読解する力量は必須スキルだと言えます。
※ちなみに近頃はAIで情報収集サマリーすることも少なくないようですが、AIが偏りなく正しい情報を収集するとは限らないので、個人的にはお勧めできません。
文献を解読して仮説や対処案を練るにはいうまでもなく、当該分野の体系だった正しい深い知識とそれを使いこなすロジカル/クリティカル/アナロジカルシンキングやデザインシンキングなどの思考スキルや洞察力量が必要です。
この箇条の要求のもうひとつの主張はおそらく、資源を提供するうえで余剰な資源の他課題への転用や他課題に割り当てられている余剰資源の繰り入れといった限られた資源のやりくり・有効活用を適宜やる必要があり、これを効果的・システマチックに行う必要がある、ということであって、それにはプログラムマネジメント(あるいはポートフォリオマネジメント)のノウハウや運用体制、仕組みづくりが必要になるということでしょう。
※プログラムマネジメントないしポートフォリオマネジメントは、この規格の箇条9「資源のマネジメント」で検討することなのでここでは割愛しますが、簡単に言えば定常業務を含む多数のプロジェクトへの資源投入を最適化し、トータルで最大の効果を出すための考え方です。
なお、資源の提供で足かせになることが少なくないのは、資源の必要性を理解できない不勉強で力量不足のプロジェクト上層部だったりするし、一般論で言うと人手不足はいつも深刻な問題です。
■■■■■■ 価値観 ■■■■■■
価値観の共有・浸透・持続については、
第15話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティ攻略のヒント
第16話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティは変革の原点
第17話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティ浸透のドウハウ
に準じるのでここでは省略します。
■■■■■■ 公平性 ■■■■■■
当ホームページ正しい人材戦略第14話 社員をつなぎとめる公正・正当・信頼感の再掲になりますが、
組織的公正にはおもに
・分配的公正:受け取った総量に関して感じた報酬の公平性であり、結果の公平性といえる
・手続き的公正:報酬決定の手続きに関して感じた公平性であり、評価プロセスの公平性といえる
があり、
分配的公正は人それぞれ感じ方が違うためマネジメントしにくいとされますが、手続き的公正は評価プロセスに
・一貫性(評価者やタイミングによらず評価に再現性がある)
・偏見の抑制(評価者の利益や思想と独立している)
・情報の正確性(正確な情報に基づき合理的に評価する)
・修正可能性(決定に意見表明・異議申し立てできる機会が用意されている)
・代表制(メンバーの多様性が考慮され決定プロセスに反映されている)
・倫理性(一般的な道徳観や倫理観に合致している)
などが満たされていれば公正感が増し納得感が増す、つまり公平公正であると認識されるようです。

公平性を担保するフェアで納得感の高いルールがあって、それが普段から適切に運用されていると認知されていることや、決定プロセスが適切に開示されそれに関与できる仕組みが運用されていることが大切と言えるでしょう。
■■■■■■ 倫理的行動 ■■■■■■
水村は企業行動倫理と企業倫理イニシアティブ : なぜ人は意図せずして非倫理的行動に出るのか(日本経営倫理学会誌/20 巻 (2013))で、
人が意図せず非倫理的行動に出る個人内要因として
第1 非倫理的行動に出る当の本人が自分のしていることに気付いていない
第2 人は、自分が思っているほど倫理的ではない
第3 人は、限定された倫理性(bounded ethicality)しか持ち合わせていない
第4 人の倫理観は時間の経過とともに段々と薄れてやがて消えていく
を、
状況要因として
第1 非倫理的行動に出た方が当人のためになるような目標が設定されている
第2 他人の非倫理的行動を見ても素知らぬ顔した方が自分のためになる
第3 自分が手を下したくない仕事を自分の代わりに請け負ってくれた人に融通を利かせる
第4 非倫理的行動に出ているこの本人はもとより周囲の誰も気付かない
第5 成果さえ出せば、成果に至る過程で非倫理的な意思決定を下していても帳消しになる
をそれぞれ指摘しています。
人の倫理観はガラス細工のごとく脆くアテにならないものだということになりそうです。
「社員一人ひとりが経営理念を常に心に留めた状態で『良い仕事』を積み上げていくためには、どのようなインセンティブが必要か」について考え抜くことが重要
だというのが水村の結論になります。
大山はインタビューを分析的に帰納する - クレッシーの「不正のトライアングル論」(金城学院大学論集 社会科学編 第13巻第2号)で、横領等の不正事例を調査したクレッシーの「不正のトライアングル論」を引用し、おそらくは当初あったはずのモラルが喪失する理由について
第1要素 人に話せない問題
多くは金銭がらみ、もしその問題が表沙汰になれば自分にとって大事な人びとからの信頼を失うだろうと考え、本来なら助けてくれる人びとから孤立してしまう
第2要素 犯行が可能な機会
情報と技術は信託職につく者の大半が身につけている、人に話せない問題はその可能性を気付かせる
第3要素 都合のよい言い訳
社会で受けいれられそうな言い訳がみつかれば、それが犯罪でも実行にふみきれる 社会のなかにある犯罪を許容するものの見方に触れることによって、自らの横領を容認できる言い訳を考え出す
目の前の状況をどのような現実として捉えるかという「状況の定義」のやり方を学び、それを自らの問題の解決に「応用」することによって生まれる
とし、犯罪社会学理論にさらに触れて
第1要素「人に話せない問題」は、「問題の解決という目標があたえられているが合法的な手段が限られている」という、R・K・マートンの緊張理論と同型の議論だとして、犯罪は社会構造において手段(=機会)が限られているという緊張状態によって生じる
マートンによれば犯罪は誰もが望ましいとする「目標」(成功や権力など)があたえられるが、それを実現する「手段」(教育や職業など)を持たない人が、やむなく別の手段 (非合法的手段)に頼った結果である。
第2要素「犯行が可能な機会」は、「人はなぜ犯罪にはしらないのか」というT・ハーシによる統制理論と同型の議論で、犯罪は、誰もがいだく犯罪への誘惑を抑え込む「ブレーキの不在」によって生じるとみる、一種の性悪説である。
ハーシは、非行や犯罪に向かわせないよう、人びとをまっとうな世界につなぎとめる「絆」の要素(愛着・投資・関与・規範意識)を明らかにした。一方クレッシーは、ハーシの議論に先だって「大事な人からの信頼を失うことなく密かに解決できる」との認識が犯罪への「ブレーキの不在」となることを解明した。裏をかえせば、「やったらばれる」との認識が犯罪へのブレーキになるということである。
この第2要素は、現在「現金の出納と帳簿の作成は担当を別にする」「棚卸しを定期的に行う」など、企業統治におけるチェック体制の強化の論拠としてもっとも広く活用されている
第3要素「都合のよい言い訳」は、サザランドの差異的接触理論と同型の議論で、都合のよい言い訳を可能にする文化や価値観を学ぶ。その「学ぶ「機会」が社会の場所(=社会構造)によって異なるとみる、一種の性善説 (=朱に交われば赤くなる)である。
第3要素は、「従業員の処遇に配慮する」「監査役の独立性を保つ」など、不正の口実を与えない制度運用や法令遵守の組織文化づくりの論拠となっている
3要素はどれも社会構造上の機会に焦点を合わせている。それは、「モラル」のような心理的な説明と異なる。対処法も、モラルの場合は「教育によって人を変える」が中心となるのに対し、「人を変えなくても環境を変えることで犯罪が防げる」との発想にたつことで、目に見える取組みと改善が可能になる
3要素から1つでも取りのぞけば横領は防げるかもしれないということである。
「人に話せない 問題が起こらないような温情主義的な企業プログラム」「横領する者の実像を伝え、その予備軍に都合のよい言い訳の材料を与えないこと、すなわち自らも犯罪者となりうることや人に話せない問題を抱えたときの対処のしかたに思いがおよぶような教育プログラム」
といいます。
ヒトのモラルのような不安定なものに倫理の実践を求めず、倫理的行動を担保する仕組みづくりが重要なわけで、そういう意味ではこの箇条の要求はやや理想論寄りかもしれません。
企業倫理違反をコンプライアンスリスクととらえるなら内部統制の考え方を適用できて、
①予防的(不正行為や誤りが発生するのを防ぐ)
適切な職務分離など
②発見的(エラー、脱漏、不正といった問題が発生したことを検出する)
定期的な監査、照合手続、例外レポートなど
③指揮(指示)的(従業員が望ましい行動を取るように促す)
明確なポリシーと手順、パフォーマンス評価、報酬およびインセンティブプログラムなど
④是正的コントロール(望ましくない事象のマイナス効果を是正する)
妥当性の検証・必要性を求めること等
といった内部統制のコントロールをうまく組み合わせ多層防御することも必要で、倫理に関しては文化というより実務上は歯止めの仕組みづくりが重要といえます。
倫理的行動に誘導する好子を作りこめればより良いのでしょうが、今のところ嫌子による行動統制しか思いつかなくて、それをするどの程度やるかはリスク分析を通じて決定していくことになります。
この項は競争力を向上するための組織構造見直しを求めているので、マトリックスとか事業部制といった従来からある効率改善を主眼とした組織構造を意図しているのではないと考えるべきでしょう。
與那原はダイナミック能力と両利きのマネジメント(琉球大学・経済研究(第89号) 2015年 3月)で、
知の探索を追求する破壊的イノベーションを追求する組織単位は、既存の組織とはクリステンセンのいうプロセスと価値基準については一線を画さなくてはならない
破壊的イノベーションに向けた取り組みは組織上独立して部門化され、持続的イノベーション部門と破壊的イノベーション部門はそれぞれ独自の管理プロセス、組織構造、カルチャー(文化)をもちながらも、経営の上層部でしっかりと統合されている
ことが両利きマネジメントの組織設計の要であるといいます。もっとも、
新しいインセンティブ・システムや人事制度の導入
部門ごとに設定していた目標を知の活用部門と探索部門にまたがる目標に置き換え、その成果により報酬を提供、人事方針も変更し、部門間の異動を促す
知の活用部門と探索部門が互いに何の関係もない別々の組織で働いているかのごとき分裂感をもたないためにも、「自分たちがやっている事業を貫く一つのアイデンティティがある」という感覚がぜひとも必要になる
と制度設計やアイデンティティの必要性を強調したうえで、ハブ・アンド・スポーク・チームモデルとリング・チームモデルを紹介しています。
<ハブ・アンド・スポーク・チームモデル>
事業部門リーダーはそれぞれ CEO とのみコミュニケーションをとることになるが、お互い同士は協議をしない。また CEOが車輪のスポーク (真ん中と周りの車輸を繋げる部分)のそれぞれを別個にマネジメントするため、各事業部門は CEOに大きく依存する
<リング・チームモデル>
事業部門のリーダーたちを CEOのもとに招集され、資源の配分および知の活用と探索のトレードオフの調整はチームの中で組織的に行う
というものです。
こういう組織構造で重要なのが、知の活用部門と探索部門を橋渡しするいわゆるリエゾン人材・機能ですが、力量詳細は省きますがきわめて高度な知識と実践スキルが必要なのは言うまでもありません。
昨今注目されている組織形態としてプロジェクト型組織、ネットワーク型組織といったものがあります。
これも詳細は割愛しますが、機動的に課題解決するのに向く動的な組織形態で、プロジェクト型組織はイノベーションを進めていくうえで注目されています。
もっともビジネススタイルや環境によって適した組織形態は異なるし、なにより組織形態を活かすのは第一に構成員の力量であることは言うまでもありません。
ISO9004でくどい程に取り上げられている「価値観」ですが、それだけ重要でありかつ難題でもある、ということだと言えそうです。
組織の構成員になるまでの数十年にわたって培われてきた個人の価値観は、修正なり矯正なりすることは容易でないでしょう。
なかには修正困難な人がいて、その変容に多大なコストをかけるより見捨てて多数派の意識統一を図ることが効率的なのは事実かもしれません。
価値観変容のヒントになるのが、第17話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティ浸透のドウハウで触れたアイデンティフィケーションと正統的周辺参加の概念です。
「作業全体の構造や意味を学びながら」新規業務の習熟に取り組み、不慣れや不安というコンフリクトを解消するために実践を振り返り、抽象概念化し、積極的な実験を経て次のステージに至るといういわゆる経験学習サイクルがアイデンティティの変容を促進する
と考えれば、アイデンティティの一部である価値観も変容しうるはずです。
もっとも第17話で引用した研究・文献は、正統的周辺参加がなぜアイデンティフィケーションを引き起こすか、そのメカニズムを説明できていません。
残念ながらそのメカニズムを解明したと読める文献は見つけ出すことができないでいるのですが、個人的には以下のように考えています。
組織構成員のアイデンティティと所属組織のアイデンティティに乖離があると、たいていの場合異分子に対して同調圧力がかかるし、同調できないと排斥されることも少なくありません。
個人が組織の中で認められ快適に過ごすには、準拠するアイデンティティを改めることが有力な選択肢になるわけです。
さらに構成員と組織の関係をバーナードの示す貢献と誘因で考えると、構成員は組織が望む貢献にできるだけ沿った役務を提供するほど見返りが多くなるので、組織のアイデンティティにもとづいたニーズに一致するよう行動を変えていくのは自然です。
しかし自分のアイデンティティに反する行動を取り続けるのは認知的不協和を引き起こすから、組織に居続けたいのであれば自己のアイデンティティを修正し、その修正は自分の意思で納得して行ったのだと思い込むのが得策です。
つまり正統的周辺参加機会を多く提供しアイデンティフィケーションを促進すること、経験学習を通じ価値観変容を促進することが、組織の価値観を浸透するのに効果的だといえそうです。
ただし、組織の価値観を画一的に浸透するのは必ずしも得策といえない一面があります。
昨今のVUCAな経営環境はまさに何が起きるかわからず、画一化され硬直した価値観では環境変化に適した解決策を柔軟に考案・実践できなくなるリスクがあります。
いわゆるダイバーシティ&インクルージョン(もしくはDE&I)が重要視されるのはまさにそれを打破するチャンスがあるからで、この点は規格の要求に異議を唱えたいところです。
この箇条はJISでは上の見出しのとおりですがISO原文では
"communicating achieved successes externally and internally, as appropriate;"
と記述されていてどうもJIS文に違和感があって、google翻訳に相談しても
「達成した成功を必要に応じて外部および内部に伝える」
となりかなり別の意味の訳が返ってきます。
もし「外部及び内部で達成された成功の伝達」が求められているとしたら、外部の成功を伝達する意義がよくわかりません。
ベンチマーキングの推進を意図すると解釈するか高次組織学習が目的か、外部の成功に倣ってそれを自組織に知識として取り込み応用し成果を出すという趣旨にも思えるのですが、ベンチマーキング行為は戦術的なレベルの取り組みでトップマネジメントが取り組むべき実証行動に含まれるとは考えにくいし、アイデンティティが異なる別組織の成功が自組織で成功するためのヒントになるか微妙だし、組織学習なら失敗の教訓も欲しいところです。
では別解釈で自組織内の成功を組織内他部門や外部に伝達することを要求しているとしたら、その意図はどこにあるのでしょうか。
信頼、価値観、公平性、倫理などは、表現が具体的過ぎると意味を狭めてしまうし抽象的だと解釈が拡散して、現場ではどう具体化実践するべきか、特に前例や既成の判断ロジックのない適応課題解決は対処判断に迷いかねません。
好ましい解決事例として各種の成功を参照可能にしておくことは、新規あるいは類似の課題が発生した時の対処案決定のよりどころになるし、それを咀嚼することでアイデンティティ理解促進にもなるから、アイデンティティ等への準拠行動をより確実なものに出来る可能性がありそうです。
事例は早く容易に参照できることが重要なので、イントラネットなどで公開し、皆で咀嚼し学ぶための素材にできます。
また成功事例の外部伝達は、自社に対する認識の促進いわゆるレピュテーションマネジメントの一環として有効かもしれないし、社外にビジネスパートナーがあるなら、直接社内の雰囲気やきめ細かい促進策に接することができないという点で必需情報といえるかもしれません。
その事例のどの部分がどのように成功と言えるのか、アイデンティティとの関連を示しながら内外に示すことで、アイデンティティの理解浸透促進が期待できるでしょう。
この箇条もやや意図を掴みにくいのですが、原文を素直に読んでも、経営へ影響が大きい要素について組織内で議論するための基盤を作りなさい、という要求になります。
リスクマネジメント主管部署が必ずしも自社のビジネスプロセスやリスク源や脆弱性を網羅的に把握しているとは限らないから、その情報を社内から収集する必要があるというならそれなり理解はできます。
もっとも、そのためにわざわざコミュニケーションの仕組みを作り運用するのは少々大げさすぎるかもしれません。
リスクマネジメントは、むしろ脅威や脆弱性の変化変遷、ビジネスの変化などをふまえリスク度合いを見直しリスク評価値をメンテナンスし、無駄なく効率的効果的な対策をとることが運用の鍵になります。
特定される経営リスクは戦略策定のインプットになるので、常に見直され適切に評価されている必要があって、リスク評価コミュニケーションの仕組みが求めらると考えるのはそれなり納得感があります。
さらにいえば、経営にインパクトを与える要素としては、いまだ経営活動に反映されていない新規知見といったプラスに働くものもあって、とはいえこれらは社内では未知だから議論の俎上に載ることはないでしょう。
リスクの議論を拡大解釈して、組織学習のプラットホームと位置付けるのもいいかもしれません。
別の見方として、組織アイデンティティのセンスメイキングを推進する基盤という読み方もあります。
センスメイキングは第17話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティ浸透のドウハウで触れたように、
組織ビジョンが曖昧さや不確実性を伴う時,それがセンスギビングとなって組織メンバーに引き起こされるセンスメーキングの過程では,「自分とは何か」,「仕事とは何か」,「会社とは何か」といった組織の日常の問題化が促される。その意味づけは個々の解釈に委ねられるため,そこでは多義的な状況が生み出される。その結果,個人や部署のアイデンティティが強すぎて組織アイデンティティが確立されない可能性がある一方で,その多様性から創造性が生み出される可能性もある
というプロセスで、経営環境が変化して古い組織アイデンティティが環境から乖離した時に、アイデンティティの見直し・新しい意味付けが行われるならそれもセンスメイキングといえます。
もっとも、アイデンティティが経営環境に追従して変化することが必要だとしても、センスメイキングのためのコミュニケーション基盤をそのために構築する投資効果があるかどうかは何とも言えませんが。
リーダーというのは、現状の延長では解決できない課題つまり適応課題を認識して組織メンバーの先頭に立って解決に取り組む、あるいは環境の変化に対処して組織に変革をもたらす人材だといえます。
第16話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティは変革の原点で考えたように、適応課題を解決するためには組織アイデンティティを判断基準として正しく使いこなせる必要があり、そのためにはアイデンティフィケーションができていて、使命や価値観を使いこなす訓練ができている必要があります。
アイデンティフィケーションが進むためには第17話 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティ浸透のドウハウで示したように正統的周辺参加機会を多く経験し、上司や先輩からアイデンティティの意味合いを正しく学び経験学習の中で理論化・信念化できていることが重要です。
とはいえ激しい環境変化のなかでリーダーたりえるには、既存のアイデンティティを盲目的に実践するだけでなく、センスメイキングを通じてより経営環境に即した使命や価値観を見いだせることも必要で、常にクリティカルな見方や考え方を実践できることが必要です。
自己流や場当たりはリーダー行動として全く論外で経営学や産業組織心理学等の体系的なセオリーの修得は不可欠で、さらにどんな課題にどのような解法をどう使えばうまく解決できるか、実践経験をつんでセオリーの使い方を体で覚えることが重要です。
※世にMBAホルダーは実践では役に立たないと言われることがありますが、その理由の一つは、MBAで学ぶのは解法(宣言的知識)であって、その使い方(どんな時にどう使うか)までは教わらないので、実務で知識を活かせないことにあります。
これについては、認知科学に方略の知識という概念があって、宣言的知識(どのような方略か)、手続き型知識(方略はどう使うのか)、条件的知識(いつなぜ方略を使うのか)という3種の知識をうまく使わないと課題解決できないことが知られています。
課題解決するための解法の使い方は、実務の中で学ぶかアクティブラーニング・アクションラーニングなど経験学習で学ぶしかなさそうです。
昔から修羅場がリーダーを育てると語り継がれていて、野中郁次郎は「もっとも適切な決断を下す力は修羅場経験、とりわけ失敗の経験がないとなかなか養われない」とまで言いきりますが、まさにリーダーが育たないのは適応課題解決の経験を積ませないことが原因と言えます。
ちなみにリーダーがリーダーたりえるためにはフォロワーシップも重要だといわれますが、リーダーに誠実性とリーダーとして役割を果たせる力量が必要であるいっぽうで、リーダーの行動を正しく理解し支持できるフォロワーがいなければリーダーはただの変人でしかありません。
リーダーの行動を理解し支援できるためには、フォロワーにもリーダー同様のアイデンティティと正しい理論と実践能力が不可欠であり、正統的周辺参加を通じたアイデンティフィケーション・理論的な学び・適応課題解決経験によるフォロワー育成が不可欠と言えます。
リーダーやフォロワーの育成において、正統的周辺参加や適応課題解決経験を効率よく学びに変えるために、上司や先輩の質の高いコーチング・気付きへの誘導といったサポートが重要なのは言うまでもなく、上手く学べた時の内的報酬提供の仕組みづくりも忘れてはならないコツです。
トップマネジメントにフォロワー力量さえ無さそうな、懸念を持たざるを得ない組織は少なくありません。
箇条7.1 リーダーシップ/一般 から読み取れる規格の主張は、構成員のアイデンティフィケーションと力量が組織活動の原点であり、不確実性に対処する組織能力の根幹であるリーダーシップ行動を強化するのがトップマネジメントのリーダーシップの役割であるということです。
むろんトップマネジメント自らがアイデンティティを尊重し実践し、率先垂範してセオリーを学んで活用し、構成員の取り組みをリードするのが重要なことは言うまでもありません。
とはいえ、この規格は構成員の学習奨励や組織学習の文化の醸成をトップマネジメントのリーダーシップに明示しておらず、この点は規格に大きな改善余地があると言えます。
トップマネジメントの施策で作り上げる土台を踏まえ、7.2 Policy and strategyが確立され、それをもとに
8.Process management
9.Resource management
10.Analysis and evaluation of an organization’s performance
11.Improvement, learning and innovation
のマネジメント活動つまり個々の戦略が実践されていくことになります。
※この一連の記事では、ISO56000シリーズ(IMS)を組織に実装するうえで必要な土台を、ISO9004が示す取組にのっとり作りこむための解説をしている、という位置づけなので、ISO9004の後半部である箇条8~11はイノベーションによる効果を最大限生かすうえで不可欠なのですが、その解釈は後ほど取り組みます。
トップマネジメントが取り組むリーダーシップ行動は、その重要性が理解されにくいからこそトップが率先することが必要なのだといえるのでしょう。