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15 イノベーション・マネジメント実践/企業アイデンティティ攻略のヒント

(2025/08/05)

ISO9004(JIS9004)は国際規格としては画期的というべきか企業アイデンティ確立の必要性について多少なりとも言及していて、規格の意図である「誰にとってもいい会社への成長」に企業アイデンティがほぼ必須不可欠なことを示唆していると思えます。

もっとも、日本企業で企業アイデンティに相当する経営理念は、制定されている企業は多いものの、適切に浸透実践できている企業は多くはなさそうで、実効性のある組織アイデンティの作り方や浸透・その効能について、よくよく考え工夫する必要がありそうです。

その昔コーポレートアイデンティティがブームになって少なからぬ企業がペテン系コンサルの餌食になり、いまだに不信感をぬぐえない経営者がいるかもしれませんが、カモられるのは自分が不勉強だからであってアイデンティ概念自体は悪くなくて、アイデンティさえない企業が発展・価値向上することは考えにくい事です。

アイデンティとは

アメリカの精神分析医であるエリクソンが最初に提唱したアイデンティティは、もともとは組織でなく個人が感じる認識で、それを組織に拡大適用したのが組織アイデンティティやコーポレートアイデンティティです。

個人のアイデンティ

10分でわかるカタカナ語 第24回 アイデンティティー(筆者: 三省堂編修所)によれば

「あるものがそれとして存在すること」、またそうした認識をさします。「同一性」「一致」のこと。
哲学分野では、「ものがそれ自身に対して同じであって、一個のものとして存在すること」です。心理学・社会学・人間学などでは、「人が時や場面を越えて一個の人格として存在し、自己を自己として確信する自我の統一を持っていること」と説明され、「本質的自己規定」をさす。
哲学・心理学など人文社会系の学術用語として登場する場合は、正確な概念は各専門領域ごとに定義が微妙に異なります。
「自分を他の誰でもない自分であるという意識」
哲学・心理学など人文社会系の学術用語として登場する場合は、正確な概念は各専門領域ごとに定義が微妙に異なります。

といったなかなか難解な説明がされてて、いかにも辞書を発行している組織の解説です。

辞書

難解語に関する解説の信頼感では引けを取らない国立国語研究所によればアイデンティティーは

独自性、自己認識 他者とは違う独自の性質。また,自分を他者とは違うものと考える明確な意識

だとしており、ことばを使う手引きとして

・変わらない確かな自分を意識していう場合は,やや難しい言い方であるが,心理学の専門語である「自己同一性」を用いることもできる。
・自分が帰属する社会などを意識していう場合は,「帰属意識」ということができる

と、三省堂よりわずかにわかりやすくなっています。

蛇足ですが昨今、自分自身のアイデンティティが希薄な人材が増えてきているように感じられて、自分を客観的に観る能力つまりメタ認知が薄れてきているからに思えてなりません。
自らのアイデンティティが希薄なモラトリアムな個人が、所属組織にアイデンティティを見出しそれを支持賛同しうるものなのか、それが正しい事なのか懸念が持たれるところではあります。

組織アイデンティとは

組織アイデンティティという概念を提唱し研究のさきがけとなったのは Albert と Whetten で、1985年のことだそうです。

いわゆるコーポレートアイデンティティブームが起きたのは1990年頃らしいから、ある意味産業界の食いつきは早かったようで、でもISO9004がいう組織のアイデンティティとブーム当時のコーポレートアイデンティティは、ややニュアンスが異なります。

ISO9004によれば組織のアイデンティティは
a)使命:組織が存在する目的
b)ビジョン:組織がどのようになりたいのかについての願望
c)価値観:組織の文化の形成に役割を果たし,使命及びビジョンを支持しながら何が組織にとって重要なのかを明確にすることを意図する原則及び/又は思考パターン
d)文化:組織のアイデンティティと相互に関連する,信念,歴史,倫理,観察される行動及び態度
の4要素からなっており、
組織の文化が,その使命,ビジョン及び価値観と一貫していることが不可欠である
といいます。

いっぽういわゆるコーポレートアイデンティティはコーポレート・アイデンティティ再考(経営論集 東洋大学.井上 邦夫.巻:号:80)によれば、その研究分野はグラフィック・デザイン分野、経営戦略分野、組織行動分野、コミュニケーション分野、マーケティング分野と幅広く、その構成要素としては
(1)理念・ビジョン:ミッションやビジョンなどの経営理念、それを具現化する戦略など
(2)企業文化:組織の構成員の間で共有される価値観や信念、行動様式など
(3)シンボリズム:名前、ロゴ、色、スローガンなど
だといいます。

コーポレート・アイデンティティはある意味広義の組織アイデンティティで、狭義中核の4概念である使命、ビジョン、価値観、文化に加えて、戦略や社外における企業イメージをも対象にする、ということだといえそうです。

ISO9004が想定する組織アイデンティティは基本的に狭義のものでここでもそう取り扱いますが、「誰にとってもいい会社」を目指すうえでは、レピュテーション確立やCSRなど社外ステークホルダーとのリレーションとか共生も入念に設計し運用されるべき要素だと言えるでしょう。

また、狭義の組織アイデンティティは組織アイデンティティの三つの基準とは何だったのか?(山城 慶晃 赤門マネジメント・レビュー/14 巻 (2015) 2 号)が言及するように
「我々はどのような存在であるか。」という問いに対する自己認識が組織アイデンティティ
でありあくまでも自己認識であること、研究のさきがけとなった Albert と Whetten によれば
(1)宣言されるものであり複数存在しうる (組織を特徴付ける重要で本質的な、宣言された主観的特徴)
(2)他者と比較可能であり自己分類される (自組織と他組織を区別できる比較可能な主観的特徴)
(3)連続的であれば時が経つにつれて変化しうる (時が経つにつれてある程度持続するか、連続的に変化する組織の特徴)
という特性があるとされます。

なお日本企業のアイデンティティについて考えるうえでは、川北が「企業らしさ」 とは何か: 広報研究から見た経営理念, 組織アイデンティティ(南山経営研究 38 (3), 335-353, 2024-03-30)で指摘するように、
組織アイデンティティは組織メンバーが問題をどのように処理し解決するかに影響を及ぼす知覚的なスクリーンやフィルターとして機能するとされ,経営理念と同様の機能を持つ
・経営理念は公式に掲げられた言葉を指す用語であり,実態が伴うかどうかについては定義に含まれてはいない
・組織アイデンティティは公式・非公式にかかわらず組織メンバーによる自己定義されたものであり,他社との識別できる特徴が必要であり,ある程度の持続性があるという特徴がある
・経営理念と組織アイデンティティが一致していることは決して自明ではない。むしろ両者が一致していないことのほうが一般的
らしいのです。

我々がISO9004の文脈で日本企業のアイデンティティについて考えるとき、企業理念は必ずしも構成員の自己定義ではないし、必ずしも社内浸透していないことを念頭におく必要があり、使命、ビジョン、価値観、文化を示していると言えない理念もあることにも注意が必要です。

また、「知覚的なスクリーンやフィルターとして機能する」とするということは、それは言い換えればスキーマとかメンタルモデルなどと呼ばれる認識の枠組みないし思考の癖であることを意味し、状況の判断や解釈など普段の事業活動において準拠すべきルールとして機能することを示唆していて、ISO9004が敢えて組織アイデンティティ確立の重要性を主張している根拠であるとも言えます。

注)本来厳密には経営理念とアイデンティティは別物ながら以降はほぼ同義として取り扱います。また、ISO9004は広く各種の組織についての取り組みの推奨事項ですが、当HPは基本的に企業活動を念頭に置いているので、組織アイデンティティ≒狭義の企業アイデンティティとみなしています。

企業アイデンティティ先行研究に学ぶ

世の中には実際どのような企業アイデンティティないし企業理念があるのか、というと、類似概念の研究になりますが

並木のミッション・ステートメントと企業業績の関係: 日本化学企業のケースによれば、
米国企業のミッション・ステートメントは,色々なものに言及しているが,主に次の10 に分類される
(01)企業のターゲットの顧客と市場の特定(客と市場)
(02)主な製品・サービスの定義(主製品)
(03)企業の行動する地理的範囲(地理的範囲)
(04)主な技術の定義(コア技術)
(05)存続の目的
(06)成長の目的
(07)利益の目的
(08)企業哲学の主な要素の特定(企業哲学)
(09)企業自身の概念(企業概念)
(10)企業が欲する世間でのイメージ(世間のイメージ)

日本企業のミッション・ステートメントを調査し始めると,次の5つも含まれている
(11)世の中で信頼される企業(世間の信頼)
(12)従業員
(13)環境保護
(14)独自技術
(15)多角化の範囲

だそうで、少し戦略的な意図を含める企業もあるようです。
柴田は2013年の経営理念の浸透に関する先行研究の一考察で経営理念について,
現在においても定まった定義はされていない
としつつ、
経営理念は3つのタイプに分類できて
・自戒型/経営トップ自身の行動上の自戒と後継者に対し訓えかつ手本を示す
・規範型/社員統率用,あるいは内部管理・内部統制的性格の強いもの
・方針型/企業の戦略・方針あるいは企業が直面している諸問題について,社内はもとより主として社会一般に訴える意図を強くもつもの
があるといいます。

ISO9004が組織アイデンティティとして示すのは、使命、ビジョン、価値観、文化だから、ミッション・ステートメントやそのニュアンスをもつ理念はおおむね使命に該当すると言えそうです。

価値観は、例えば増収益であったり、社会課題への寄与であったり、シェア拡大であったり、なにを企業活動における 優先目的と考えるか、ということです。

天秤

価値観はその時点の経営環境により変わることがあって、不況の時には従業員の生活を守るとか、好景気であれば積極的に周辺ビジネスに打って出るとか、使命を果たすうえで今やるべきことだから変化しうるわけです。
当HPが前提とする価値観は、企業の社会的存在意義を高めるためには顧客課題・社会課題をよりよく解決できるようになることが必要である、というものですが、価値観が異なると主張がかみ合わずこのホームページの記事は理解不能になるでしょう。
最低限同じ企業内では価値観を統一しなければ、優先すべきことのコンセンサスがとれず、経営が混乱することになります。

ビジョンは自社の将来像で、まっとうな企業なら曲がりなりにも策定されているでしょうが、文化は少々ぼんやりした概念かもしれません。

小野は日米企業の企業文化にみられる国の文化の影響で、企業文化の定義は各種提唱されているがそれらに共通するのは
同じ企業で働く人が共有する価値観、信条、行動規範
に関する言及であり、
企業文化は仕事の中で、組織の慣習に根付いたガイドラインで構成されている、「暗黙に共有された認知・行動様式」
であるといいます。

端的に言えば、企業文化とはデシジョンや行動の暗黙の判断基準であると考えるのが順当と言えそうです。

なお、小野は日本企業の経営理念に見られる傾向として
・「社会貢献・環境への配慮」や社会や商品に対する「安全」に触れられているほか、従業員の「安全」や従業員生活の「安定・幸福」等、内向きのメッセージが多い
・「良識」「絆」「公明正大」等、日本文化として美徳とされているような言葉や抽象表現(High Context)に関連する経営理念が14%ある
と分析し、いっぽう米国の経営理念では
・「Customer Value, Shareholder Value(顧客満足・株主利益追求)」
・Compliance より Integrity(誠実・潔白であること)
など実力や結果につながる価値観を従業員で共有する傾向があり、異なったバックグラウンドを持つ従業員が多く働く米国企業では、このような価値観を明確にすることは必然的な結果ととらえることができる、と分析しています。
日本企業の High Context な経営理念に該当する文言が見当たらず、External(社外に向けた理念)が7割以上だとも言います。
日米を比較して、日本人は共通の言語、文化、価値観を所有しているため、言葉で全てを説明しなくてもコミュニケーションが成り立つが、共有する知識や背景が少ないアメリカ人は低コンテクストに位置付けられると解説しています。

米国の理念は判断や行動の手引きとなって結果に直結する文言で、積極的に対外的に自己主張する傾向がある、ととらえてよさそうです。

メタ認知能力が未熟で空気を読めない構成員が増えてきている昨今は、 日本企業と言えどHigh Context な経営理念はもはや意味をなさない時代になりつつあるかもしれません。

アイデンティティの重要性とは

アイデンティティは本来は自然発生的に自覚し固まっていくものなのかもしれませんが、ISO9004がわざわざアイデンティティに言及しているのは、「だれが見てもいい会社になる」ために必要だからであり、いい会社に成長するうえで重要な位置づけにあるからだとも解釈できます。

アイデンティティなり経営理念は飾りではなく、いい会社になるためなんらかの効能を発揮させることに意味があって、望ましい機能の発揮を念頭に置いて適切に設計し実装し運用しなければ無用の長物になり果てます。

2024年度で第45回になる日本能率協会の「当面する企業経営課題に関する調査」によれば、「企業ミッションビジョンバリューの浸透や見直し」はこの20年間常に10位前後の重点課題としてノミネートされています。

この調査は直面する重点トップ3課題を質問していて、毎年10%弱の企業が重点課題だと考えているということは、最重点ではないが課題として認識している企業や、課題認識してはいないが潜在的に問題を抱える企業が他にもあるはずです。

ちなみにこの重点課題をよく吟味すると、他の課題が生じる原因になっていそうないわば先行要因的な課題と、結果的に表立って生じる財務業績寄りの結果要因ともいえる課題が混在していることが読み取れて、ミッションやパーパスというのは前者に分類されそうです。

もし企業ミッションビジョンバリューが浸透できておらず、あるいはアイデンティティが曖昧で良い企業への成長が滞っているとしたら、それが実は目下の最重点課題である収益性や人材の遠因になっている可能性は否定しきれません。

実際ISO9004では、箇条6でアイデンティティを確立し、箇条7でリーダーによりそれを浸透し、そのうえで箇条8でプロセスマネジメント、箇条9で人材をはじめとする資源マネジメント、箇条10で組織パフォーマンス評価、箇条11で改善・学習・革新を行う段取りになっていて、アイデンティティ確立が箇条8以降を達成するための前提に位置付けられているといえます。

アイデンティティなり経営理念の効果は次の記事で分析するとして、効果がうまく出ないために、各種のマネジメントや改善・学習・革新が滞る結果、各種の経営不振症状が表出している可能性は否定できないと考えるのが自然なのかもしれません。

アイデンティティはどう設計運用すればいいか

企業個別のアイデンティティは本来は企業の個性や自覚ということになりますが、前述の小野の「日米企業の企業文化にみられる国の文化の影響」は、我々日本人が気づかなかった経営理念設計上のヒントないしあるべきアイデンティティ表現を気づかせてくれます。

実力や結果につながる価値観を従業員で共有実践し実践を促すことが企業アイデンティティや理念の確立目的であるならば、いいかえれば浸透していない理念や、知っているだけで行動や判断に反映されないアイデンティティは、お飾りで無用の長物でしかありません。

判断や行動の際にその助けになる指針で、企業の存在意義を効果的効率的に増強しうる具体性のある判断/行動指針こそが有益なアイデンティティや理念であり、美徳とされる抽象的な態度を掲げてもそれは往々にして明快な行動指針にはなりえずアイデンティティや理念として適切といえません。

そういう意味では、判断や行動が適切に準拠できていたか客観的に検証できるアイデンティティであることはかなり重要で、さもなくば主観にゆがめられた判断になるし準拠していることを自他ともに説明できないから、準拠していると言えない判断・行動をとったり準拠動機そのものが希薄になってしまうでしょう。

また、理念、ミッション、バリュー、パーパス、クレド、・・・など複数類似概念を盛りだくさんに掲げる企業がありますが、従業員からするとまずどれを守ればいいのか混乱のもとにしかならないので、シンプルであり誰が考えても同じ解釈・行動に帰結するようなものにすることも重要でしょう。

理念文面では社会貢献や顧客重視を訴えていながら、実務は実質的に収益が至上目標になっている企業は多くて、理念~戦略~実業務に一貫性がないと結果的に理念がなおざりになり、アイデンティティ自体も戦略も有名無実化している企業も多くありそうです。。

次の記事では、アイデンティティ確立のメリットを考えたうえで、再度有効なアイデンティティの在り方を考えます。

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