
(2026/04/07)
経営方針とはそもそも組織の使命をより良く達成するために、経営をより効果的・効率的に運用したり、今の業績のなりゆきでは自社の使命を十二分に果たしきれないときそのギャップを埋めるため、アイデンティティと戦略を繋いで実際の経営活動で守るべき基本的なスタンスを示す、いわば要ともいえるものです。
もっとも、経営方針とは何でどう作ればよいか、明快に解説した文献は意外と見当たりません。
理念やアイデンティティだけでは具体的にどう行動すればよいか判断に迷うし、方針があいまいではアイデンティティと戦略が整合せずビジョンへの道筋がおぼろげになるし、厳密過ぎると環境変化に追従できないし、短期方針ならまだしも、使命の達成に経営方針は重要な位置づけにあると言えます。
そもそも方針とは何かといえば、日本産業規格 JISQ9023:2018(マネジメントシステムのパフォーマンス改善-方針管理の指針)の定義によれば、
トップマネジメントによって正式に表明された,組織の使命,理念及びビジョン,又は中長期経営計画の達成に関する,組織の全体的な意図及び方向付け。
注記1 方針には,一般的に,次の三つの要素が含まれる。ただし,組織によってはこれらの一部を方針に含めず,別に定義している場合もある。
a) 重点課題
b) 目標
c) 方策
(注記2、注記3割愛)
だそうです。
重点課題、目標、方策については附属書Cで解説されていて、
重点課題
重点課題とは,組織として重点的に取組み達成すべき事項とそれを取り上げた背景及び目的である。組織及び部門の全体的な意図及び方向付けを誤解なく理解するためには,具体的な目標だけでなく,何に取り組むのか,何のために取り組むのかが明確になっている必要がある。
目標
目標とは,重点課題の達成に向けた取組みにおいて,追求し,目指す到達点である。達成すべき事項,並びにその背景及び目的が明らかでも,いつまでに何を達成するのかについては人によって理解が異なるのが普通である。到達したかしないかを客観的に判断できるようにする必要がある。
方策
方策とは,目標を達成するために選ぶ手段である。目標を達成する手段は一つではない。各自がばらばらに手段を考えたのでは,部門間の連携が難しくなる場合も多い。このため,方策についての意図及び方向付けを行うことも必要である。
とされます。
もっとも日本産業規格 JISQ9023:2018 の意図する方針の管理は、品質管理の活動の一端としての方針管理つまりマネジメントレベルないしオペレーションレベルなので、必ずしも戦略レベルの方針を説明するものではありません。
中小企業家同友会は経営理念、10年ビジョン、経営方針、経営計画からなる経営指針を策定することを重視していて、それによれば経営方針は、
経営理念の徹底と具体化、創造的実現を目指して、中期(3~5年)のあるべき姿と目標を示し、それに到達するための道筋を示すもの
だといいます。
経営理念をふまえこれを実現するために、やはり課題、目標、方策を具体化したものだといえます。
ほかに経営方針の内容についてふれている情報としては、上場企業などで金融庁への提出が義務づけられている有価証券報告書の記述としての「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」があります。
2020年3月期有価証券報告書の記述情報の開示における留意点(EY Japan)によれば、
企業がその事業目的をどのように実現していくか、どのように中長期的に企業価値を向上させるかを説明するものであり、投資家がその妥当性や実現可能性を判断できるようにするため、企業活動の中長期的な方向性のほか、その遂行のために行う具体的な方策についても説明することに留意
とされ、法定書類ではあるものの有価証券報告書の経営方針は自由記述なようで、記述内容に特段の指定はなさそうです。
投資家たちが正しく投資判断できるような内容が求められており、多分に経営戦略への言及説明が求められているように読み取れます。
経営方針という言葉はまさに経営レベルの指針であり意思表示でもあり、必ずしも正解のない戦略的な判断をする際の指針やガイドラインという意味合いもありそうです。
ISO9004は良く出来た意欲的な企画なのですが、箇条7.2方針及び戦略には、
「トップマネジメントは、例えば、コンプライアンス、品質、環境、・・・・・などの側面に取り組むため、組織の方針という形で組織の意図及び方向性を提示することが望ましい。」
との記述があります。
改善が望まれる誤解を招く記述ですが、いわゆるISOマネジメントシステム方針はマネジメントの仕組みについての方針であり戦術レベルの方針であって、マネジメントシステムに取り組むという決定自体は戦略上の判断といえますが、全社戦略立案の前の経営方針にマネジメントシステム方針を盛り込んではつじつまが合わなくなります。
また、ISO9004では箇条7.3目標で
「組織の方針及び戦略に基づいて組織の目標を定めて維持」
することを求めますが、経営戦略はそもそも経営目標を達成するためのものであって、目標を実現するために戦略を立てる順序にするべきで、これもつじつまが合いません。
ISO9004も他規格と同様に「ハイレベルストラクチャー(HLS)」を参照していると考えられますが、HLSはマネジメントシステム文つまり戦術指針の構造と整合性を規定する決め事としては良く出来ていますが、戦略レベルの規格に適用して無理が生じているということでしょう。
ちなみにISO9004は、箇条5.2で「密接に関連する利害関係者」の明確化を求めますが、アイデンティティや事業ドメイン、戦略方針/戦略が決まっていない段階で利害関係者を特定するのはムリがあって、これもHLSの副作用といえそうです。
どう利害関係者を特定するか、そのニーズや期待にどう応えるか、は、経営方針なり戦略の中で考えていくことになります。
方針は、一般的に経営レベル(全社レベル)~事業戦略レベル~戦術(部門レベル)~オペレーションレベルというような階層構造をとり、下位方針は上位に準じより具体化した内容になります。
また機能別の方針(営業、マーケティング、生産、人事、財務、研究開発など)もあってそれぞれ相互に影響し合いながら策定実施されます。
むろん、長期のやや抽象的な方針と短期の具体的な方針もあるでしょう。
どのレベルであっても基本的には、
・どんな重点課題があるか特定し
・なぜそれを解決する必要があるか明示し
・解決するとはどういう状態に達した時か定義し
・いつまでに解決するか定め
・どのような手段・解決過程を採択するか合意形成し実施を促す
ことだといえそうです。
長期の方針の場合には、最終的にどこに向かっていてどういう経路をたどるのか、ロードマップを示すのも大切です。
全社方針は、使命をより良く達成するため、経営環境変化にともなう環境と計画等との乖離を是正する目的で見直され策定されます。
いわずもがな全社の基本的な姿勢や考え方や目標を示すものですが、複数の事業方針や経営機能の方針、経営計画のおおもとになるものであり、それらを策定する指針となります。
内容はおおまかに、全社的に統一して取り組むべきことと、内部のバランスを調整するための方針と言えます。
全社的な取り組みとしては、法規制、組織設計、人事労務、コンプライアンス/ガバナンス、コーポレートアイデンティティ、社会環境変化、各種マネジメントシステム、ビジョン、経営リスク/機会、ステークホルダー、全社課題優先順位付け、等の課題対処方針と不確実性に対する指針、事業成長に関する方針もあります。
内部のバランス調整では、定常業務を含む戦略やプロジェクトおよび部門の役割や目標の割り振りなどいわゆるポートフォリオマネジメント、部門間の相互関係/影響関係/相乗効果の調整、等に関する方針が考えられます。
問題なのは、全社方針に基づいて作られたであろう経営戦略や経営計画の達成率が一般的に低いことで、中期経営計画の特性と目標達成 : 日経225企業を対象として(三田商学研究第64巻第4号2021年10月)によれば、
日経225企業において、中期経営計画の公表企業は182社(80.9%)
中期経営計画を期末まで修正しなかった企業は136社で財務目標達成割合は47%
中期経営計画の途中で目標達成した場合、他の未達の目標も含めて上方修正した企業7社
だといいます。
つまり日経225社のうち当初の中期経営計画を公表し達成できたと言えそうなのは64社+7社でしかなく、6割の企業が方針・戦略的意思決定に失敗しているわけです。
選択と集中、ブラインド・スポット(バイアス、情報の欠如、または時代遅れの前提によって引き起こされる意思決定の欠陥やリスク)など意思決定に関連する不具合が考えられるほか、昨今特に懸念されるのが経営環境の不確実性です。
経営環境の変化に十分留意し備えておかないと、策定した方針・戦略・計画の達成はままならないどころか、ヘタをすると投資家たちからオオカミ少年呼ばわりされることになる訳で、経営環境の不確実性にどう対処していくか、その方針が今後問われてくると言えます。
また全社方針として考慮すべき要素として「組織の品質」改善があって、具体的にはISO9004の
箇条8 プロセスのマネジメント
箇条9 資源のマネジメント
箇条10 組織のパフォーマンスの分析及び評価
箇条11 改善,学習及び革新
に取り組むことで組織の品質≒企業価値は確実に増大するのですが、企業でその実践に取り組めそうな人材も理解を示す経営陣もいるとは考えにくいし、取り組む意義を理解できる投資家もそうそう居そうにないという問題があって悩ましい所です。
不確実性に備えがないのは、いつ地雷を踏むかわからないし目の前のお宝をみすみす取り逃がすこともある、という状態であって、経営と呼ぶのも少々はばかられるくらい経営能力が貧困であると言わざるを得ません。
とはいえ、未来を予測する試みは近年ますます難度が上がっていて、むしろ未来に備えるという考え方が主流になってきているといわれます。
つまり自社の弱点や強みを分析し、そこから自社の利害に影響を及ぼすシナリオを複数作成してそれらに備える、という考え方です。
最も警戒すべきなのは「不確実・高インパクト」なシナリオで、これには生起確率が低い事象(いわゆるリスク、計算できるわからなさ)と生起確率が全く読めない事象があり、無論「確実・高インパクト」なシナリオも重要となります。
これらに備えるためには経営環境を深く正しく継続的に分析し洞察する経営能力、つまりインテリジェンスが不可欠で、経営方針に不確実性の対処方針や戦略的インテリジェンス強化方針を盛り込み実践することが求められます。
詳しくは13 イノベーション・マネジメント実践/戦略的インテリジェンスの勧め、14 イノベーション・マネジメント実践/戦略的インテリジェンスのドゥハウ
を参照してください。
経営環境を継続的に把握するためにはいうまでもなく最新の環境情報を収集する必要があって、その情報に最も接しているのは戦略の実行部隊である事業部門といえます。
実行部隊からの情報集約、戦略や方針へのフィードバック、インテリジェンスの更新の仕組みづくりについての方針も不可欠と言えます。
事業方針は比較的策定しやすくて全社方針に準拠して定められ、事業の目標を示し達成するための指針ですが、短期~中期で比較的不確実性が低ければ、ビジネスモデルキャンパス、あるいはISO9004「表1−競争的要因に取り組む場合に考慮すべき処置の例」をひな型にして策定すると、考慮すべき要素を比較的網羅できそうです。
ビジネスモデルキャンパスの構成要素は
顧客セグメント (CS)
価値提案 (VP)
チャネル (CH)
顧客との関係 (CR)
収益の流れ (RS)
リソース (KR)
主要活動 (KA)
パートナー (KP)
コスト構造 (CS)
の9つで、これらの要素をどう活用するか、あるいはどうバランスよくチューニングしていくか考えて方針を策定することによって、顧客との関係性を高めながら事業継続に取り組む、マーケティング視点の事業方針を策定できそうです。
いっぽう「競争的要因に取り組む場合に考慮すべき処置」は
A 製品及びサービス
B 人々
C 組織の知識及び技術
D パートナ
E プロセス
F 場所
G 価格設定
といった要素からなり、これらをどう活用するか、あるいはどうバランスよく強化していくか考え指針を作ることで、リソースベースで競合優位な事業展開を意図した方針に出来そうです。
ほかにも参考にできるひな形はあるでしょうが、事業の現状に応じ考慮すべき要素をもれなくバランスよくチューニングし、強みをより効果的に発揮できる状態にすることで、付加価値生産の質なり量なり効率の最適化を目指す無理なく納得感のある方針を作ることが重要です。
ただし、ビジネスモデルキャンパスにしても「競争的要因に取り組む場合に考慮すべき処置」にしても、事業リスクないし不確実性に対する備えの視点が欠落しているので、それに備える必要があります。
全社方針、各事業方針に加えしばしば定められるのが、研究開発、購買・生産、営業、物流、財務、人事、総務、マーケティング、情報システムといった機能別の方針で、これらは複数事業にわたって業務機能の指針となるものです。
研究開発だとたとえば重点分野、基礎・応用研究比率、オープンイノベーションの進め方、研究開発成果の評価方法、等々といったところになります。
購買・生産方針でいえばたとえば取引先の選定と管理、コスト管理、在庫管理等の方針でしょう。
必ずしも定型的でなくルール化しきれない業務の判断基準として、業務品質を担保するうえで重要になります。
この段階で明確化する目標は、基本的にアイデンティティと一貫整合性のある全社目標であり、事業部門や経営機能ごとにこれに準じて事業目標や機能別目標が策定されます。
いうまでもなく部署や個人の目標までブレークダウンすることになり、各々の目標にはSMART特性
S(Specific:具体的に)
M(Measurable:測定可能な)
A(Achievable:達成可能な)
R(Related:経営目標に関連した)
T(Time-bound:時間が定められた)
が求められます。
ビジョンとのギャップは環境変化に伴い常に変化するため、適切な頻度で課題と目標、ロードマップを見直すことも必要です。
経営方針、事業方針などで想定される方策は経営戦略がそれにあたりますが、これについてはのちほど考えます。