イノベーショントップ
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06 組織をイノベーション志向に改造するいとぐち

(2024/02/06)
社会的余剰ないし付加価値を増大するための組織の在り方、変革なりイノベーションを起こせる組織にするにはどうすればいいのでしょうか。

まだどこにも正解がない問題ではありますが、いろいろな研究をもとにまず考える糸口を探します。

組織の構成要素

複雑で大きな物事を理解するのは人間にはなかなか難しく、そういうときには小さな部分に分割して、パーツごとに理解して全体像を把握するのが認知科学で推奨されている手段なので、組織を構成要素に分解して理解してみることを考えます。

組織効率の改善に取り組む際、戦略や組織といった「ハード」と、人材やスキルといった「ソフト」の両面から改善をはかることが必要で、要素相互の関連性を無視して一つの要素だけに変革をもたらそうとするとことは組織にとって危険であり、失敗に終わる理由になる、としたのが1980年代に提唱されたマッキンゼーの7Sです。

7S

マッキンゼーの7Sとは

ソフトの4S
Shared value(共通の価値観・理念)、Style(経営スタイル・社風)、Staff(人材)、Skill(スキル・能力)
ハードの3S
Strategy(戦略)、Structure(組織構造)、System(システム・制度)

で、経営コンサルにとっては正しく理解できているかどうかは別として知ってて当然の知見で、この類似概念として

スターモデル(1960 年代)
戦略 (Strategy)、構造(Structure)、プロセス(Processes)、褒賞システム(Rewards)、人材(People)

組織 DNA(2005年)
スタッフ(Staff)、組織構造(Structure)、システム(System)、組織文化(Culture)

などがあり、イノベーションを実現する能力の評価としては

イノベーションの9つの鍵(2008年)
1.技術 2.イノベーション・プロセス 3.企業戦略 4.組織構造 5.組織文化 6.従業員 7.資源配分 8.知識管理 9.管理スタイルとリーダーシップ

といったものがあるようです。

これらは太田らの持続可能な組織のための評価指標開発(1)にまとめられていて、太田らの検討結果自体は途中の検討プロセスの妥当性が見えず若干しっくりしないものの、先行研究まとめは参考になります。

これらのモデルはいずれも、ハードな部分とソフトな部分の両方をバランスよくチューニングしないと組織を良い状態に維持できない、という主張で、環境変化に適応するうえでも留意する必要があるポイントといえるでしょう。

※イノベーションの9つの鍵は、イノベーション・プロセスと資源配分と知識管理はざっくり言うとイノベーションマネジメントで、他はほぼマッキンゼー7Sに含まれそうです。

なお太田らは、2018年に開発されたイノベーティブ・オーガニゼーションツリーの組織評価指標にも触れていて、それによればイノベーション組織に必要な要素として

変革、好奇心・創造性、失敗を恐れない、心理的な安全、多様性、大義

の6項目が挙げられていて、こちらは全面的にソフト面、それも人の心理状態や認知なのが興味深い所です。

マッキンゼーの7Sにしても、スターモデルや組織DNAにしても、組織のチューニングをすればビジネスパフォーマンスを改善でき従業員は無条件にそれに従う、従業員は管理者によって無条件に統制ができるという暗黙の前提があったのに対し、イノベーティブ・オーガニゼーションツリーはむしろ変革の鍵を従業員の内部に見出していて、従業員の認知がイノベーションを起こすという着眼点は人的資本の概念に通じるものがありそうです。

イノベーション系諸説の7S

組織をイノベーション志向に変えていくため、あまりイノベーションポテンシャルに恵まれない組織は組織要素をどうチューニングすればいのか、どのような変革戦略で臨めばよいのか、マッキンゼーの7Sに諸説をマッピングしてみます。

※7Sもなかなかに大昔の概念なうえ誤解が少なくないのですが、その後、広く認知され支持された組織要素の概念が見当たらないので、さしあたって7Sをベースに話を進めたいと思います。

ドラッカー(イノベーションと企業家精神)を当てはめてみる

【組織構造】
新事業は既存事業から分離して組織する、管理的な既存部門と企業家的な部門を一緒にしない
【戦略】
構成員にとってイノベーションが既存事業より魅力的有益なものになるようにする
【システム】
衰退陳腐化したものの分析と廃棄を制度化、イノベーションの実績を体系的に分析し以降の企画の精度改善にフィードバックする体制を作り活動をマネジメントする
【共通の価値観】
わが社の事業は何か問わなければならなくなる、新しい答えをださなくてはならなくなる
【人材、スタッフ】
目的意識を持ち、体系を基礎とし、かつそれを完全に身につける(ことで初めてイノベーションは成功する)
【スタイル】
すべての者に企業家精神を要求する
【スキル】
強みを基盤にする、自分に最適な機会、実績のある能力を生かせる機会(を見いだせる)

イノベーションと企業家精神はイノベーションの起こし方を説いてはいるものの、イノベーションを起こす組織の作り方についての言及は多くなくて、ゆえに無理やり当てはめたからあまり整っていないのですが、要は企業家精神さえあればイノベーションを起こすことができるという主張だともとれます。

基本的に原文ニュアンスを崩さないよう引用しているつもりなのでやや表現がわかりにくいのですが、気になるなら原文を読み返して理解してください。

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ドラッカーは企業家精神を保持する4つの条件として、
第一にイノベーションを受け入れ、変化を脅威でなく機会とみなす組織を作り、企業家環境を整える
第二にイノベーションの成果を体系的に測定・評価する
第三に組織人事報酬につき特別の措置を講じる
第四に行ってはならないタブーを理解する

としていますが、すべての者に企業家精神が必要だというものの、どうすれば人は企業家になれるのか/企業家を育成できるのか、については触れられていません。

なお共通の価値観はここでは「わが社の事業は何か問わなければならなくなる、新しい答えをださなくてはならなくなる」をあてはめましたが、ドラッカーはのちに著作「マネジメント」で『企業の目的と使命を定義するとき、出発点は一つしかない。顧客である。顧客によって事業は定義される』と説いていて、そちらのほうがより具体的でしっくりするのは言うまでもありません。

ダイナミック・ケイパビリティ(経済産業省)を当てはめてみる

【組織構造】
堅固な組織と柔軟な組織の並立
【戦略】
学習する
【システム】
堅固なシステムと柔軟なシステムの並立
【共通の価値観】
顧客ニーズとの一致と効率性
【人材、スタッフ】
「堅固な組織」は職務権限を各メンバーに帰属、職務権限内容の明確な規定、職務権限保有期間が長い、権限の配分が公的に正当化、「柔軟な組織」は職務権限を職務や地位に帰属させてそこに人間を割り振る、職務権限があいまい、職務権限保有期間が短い、職務権限の配分が私的に正当化
【スタイル】
現状の企業行動が、環境や状況の変化に適合しなくなったかどうかを常に批判的に感知
既存の資源を再構成して自己変容する必要がある。もちろん、このような変容に対して既得権益者による抵抗がある
【スキル】
感知・捕捉・変容、資産を再構成する企業家的な能力に加えDXを推進する

と、(製造基盤白書2020年版 第1部第1章第2節 2企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)の強化も、どうすればダイナミック・ケイパビリティを獲得できるか説いているわけではなく、ダイナミック・ケイパビリティを獲得することが求められると主張しているだけで、実装する手段を読み取りにくい内容ではあります。

ダイナミック・ケイパビリティの研究は数多くありますが、ほぼダイナミック・ケイパビリティの定義や解釈に終始している段階で、どうすればそれを獲得できるか具体手段に踏み込んだものは、自分が探索する中では組織学習についての言及はあれど、具体性のある主張は見出せませんでした。

両利きの経営(與那原)を当てはめてみる

【組織構造】
ハブアンドスポーク・チームモデルまたはリング・チームモデルで「知の探索」部門と「知の活用」部門両立
【戦略】
破壊的イノベーションと持続的イノベーションを同時に実現
【システム】
部門ごとに設定していた目標を知の活用部門と探索部門にまたがる目標に置き換え、その成果により報酬を提供、人事方針も変更し、部門間の異動を促す
【共通の価値観】
包括的なアイデンテイティ(自社の生存領域、すなわち企業ドメイン)を開発
【人材、スタッフ】
両利きのリーダーシップ、マネジメント(ができる経営人材)
【スタイル】
リーダーによる明確で説得力のあるビジョンの提示、両立が全社的なゴールとして組織メンバーに共有される
【スキル】
既存の知識の活用と新たな知識の探索を両立させ、持続的イノベーションと破壊的イノベーションを同時に実現できる

與那原による主張(ダイナミック能力と両利きのマネジメント)が、アカデミックで完全に受け入れられ広く賛同されている両利き経営の解釈であるという保証もないのですが、数多ある研究の中で比較的実現の仕方を表現できていてつじつまも合っているように感じられるので参考にしました。

「知の探索」部門と「知の活用」部門がリーダーを核に混在する組織では、うまくいくかどうかはひたすらリーダーの力量采配に依存していて、卓越したリーダーにしか両利き経営はできないということになります。

個人的には探索と深耕を両立するのに卓越したリーダーの采配が必要なのではなく、探索と深耕を両立するという構成員意識を醸成し実行を動機づけ続けるリーダーシップがいるのだろうと思います。

共通して未解決な課題

両利き経営は新規事業と既存事業を両立する概念だから、動的な環境適応と現事業の効率改善との並立を目指すダイナミック・ケイパビリティのいわばサブセットであって、両利き経営を発展していくとある意味ダイナミック・ケイパビリティに近い状態に近づきそうです。

もっとも、ドラッカー、製造基盤白書、與那原に共通して明確な課題は、どうイノベーティブな組織や人材なりリーダーを育てるかと革新組織と既存組織で経営資源を円滑に融通する方策など、端的に言えばそういう組織をどう作るかが未解決な事です。

戦略をたて、組織構造を決め、システムを整備して理念やミッションを説いても、社員が期待通りに動くことが稀なのは実務屋ならだれもが身に沁みているところですが、これら諸説には人が必ずしも理屈通りに行動しないことは配慮されているように思えません。

また「知の探索」部門と「知の活用」部門両方が能力を高めるには両部門の経営資源(特に知識)の交流が不可欠で、しかし部門を分けることで交流が途絶しがちになる事は公知で、遠藤も製品イノベーションの源泉としての組織能力はなぜ向上しないのかで、企業における知識流通の滞りが悪化傾向にあることに懸念を示しています。

改めてなぜイノベーションが実現できないのか

実現方法の糸口さえおぼろな両利き経営やダイナミック・ケイパビリティなんて所詮学者の戯言だと思いたくもなるのですが、さりとて会社を存続するため、いつの間にか変化してしまった社会とのギャップを埋めてより良く貢献するために、それを目指さなければならないのは企業の宿命かもしれません。

心理学では、物事がうまくいかない理由を他責にするいわゆる外的統制タイプのヒトより、まだまだ努力できる余地があるはずだと自責的に考える内的統制タイプのほうが良い成績を収めることが多いことが知られていて、両利き経営やダイナミック・ケイパビリティをあきらめず目指し続けることそれ自体が、まずなにより重要だといえるかもしれません。

サービスやプロダクトをイノベーションするには、アイデア発想や事業化マネジメントといったテクノロジー的な困難さが強調されがちですが、それを円滑化する知識交流の滞りについてはいったん保留するとしても問題は複雑です。

ハードの3SつまりStrategy(戦略)、Structure(組織構造)、System(システム・制度)はそれなり経営学のなかで理論が体系化されているものの、ソフト4Sをチューニングするのはなかなかやっかいです。

理念浸透は経営課題調査で常にノミネートされる悩みの種だし、社風はまさにちょっとやそっとで変えることはムリだし、人材育成は人類共通の悩み、会社のケイパビリティがそもそも謎の概念だし、これらを良い状態にすること自体がすでにイノベーション・組織改革にほかならない難度です。

人が理屈通りに行動しない理由のひとつとして、誰もが無自覚に持っている固定観念や思い込みを意味するメンタルモデルという認知心理学の概念があって、人間行動の結果として起きるできごと(可視)は不可視で深い無意識の認識や思い込みの影響を受ける、と氷山モデルによって説明されます。

氷山モデル

ソフト4Sや従業員の意識・無意識に対処する知見として有力なのが産業組織心理学で、中核的なテーマとして
「動機づけ」「パーソナリティ」「組織ストレス」「リーダーシップ」「採用・選抜・配置」「人材開発」「組織開発」
があり、また準中核的テーマとして
「態度・能力・適性・スキル」「意思決定」「チーム」「職務分析」「職務設計」「ヒューマンファクター」「パフォーマンス・組織効率」「組織文化・風土」「異文化産業・組織心理学」
といったものが1900年代初頭から研究されており、世の中によくある心理学もどきでないれっきとした科学であり学問です。

おそらくイノベーションが難しい理由は、経営のソフトとハードと効果的なテクノロジーと従業員の意識づけのどれがかけてもうまくいかないことにあるのだろうと思えてきます。

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