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04 経営環境変化へ適応し機会に変じる組織能力

(2023/12/05)

オーディナリー・ケイパビリティが、経営資源を効率的に利用し利益を最大化する能力、言い換えればやや短期的な企業の業績を良くする稼ぐ力であったのに対し、ダイナミック・ケイパビリティは、経営環境変化の中で変化に対応して自己を変革する能力、いわば各種ビジネスリスクに機動的に対処しビジネスチャンスをとらえる力であり、イノベーションを起こして淘汰に生き残る力でした。

ダイナミック・ケイパビリティもやはり諸説ありすぎるにしては実体があいまいな概念ですが、とはいえ先んじてこの能力を手に入れないと企業の先行きは心もとないし、あまり意味を深追いしてもどのみちはっきりしないからさらっとこの記事なりに整理してみたいと思います。

ダイナミックケイパビリティとは

そもそも情報伝達や人・物・カネの移動スピードが早くなり地域間の相互依存が強まり、一部地域の異変に過ぎなかったアクシデントが広範囲に伝搬し相互に影響し増幅しあうようになって、従来では起きなかった社会の急速で大きな変化が起きやすくなっているのがVUCAといえるでしょう。

通信ネットワーク

今後ますます世の中は変動、不確実、複雑、曖昧の度合いが増して変化も加速し、ゆえに経営環境変化もますます目まぐるしくなっていくのは疑いようのないことです。

昔は企業の寿命は30年といわれ、それはつまりオーディナリケイパビリティを強化しても同じネタで食えるのはせいぜい30年だと考えられていたわけですが、今はもっと短命化していそうで、その世の中を生き抜いていく能力こそがダイナミックケイパビリティだといえそうです。

経済産業省の令和元年度製造基盤技術実態等調査 我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査 報告書を引用すると、

▼▼▼ 引用ここから ▼▼▼▼

・デイビッド・ティースは自著の日本語版の出版に際し、その序文で「日本企業のオーディ ナリィ・ケイパビリティは高いが、90 年代に入ってからの日本経済の弱体化はダイナミック・ケイパビリティの弱さに起因する」と分析している。新たな付加価値を生み出すには、日本経済を牽引していたものづくり企業が変化を感知・認識し、自己変革能力を高めていかねばならない。今後も企業をとりまく事業環境の不確実性は増す方向に向かうと考えられ、平時 (知の深化) と有事 (知の探索) を使い分けるというよりは、知の深化を継続しながら、常時、知の探索が必要とされる世の中になっていくであろう。つまり、ダイナミック・ケイパビリティの獲得はすべての企業にとって必要不可欠なものとなっている。

・イノベーションとはそもそも不確実性を伴うものであるが、堅実にルールを守り、経営の透明化を図り株主への説明責任を果たそうとするほど、不確実性への対処ができなくなっている

・株主利益最大化を目的とする経営パラダイムではなく、かつての日本企業が実践していたように、従業員中心の多様なステークホルダー論に基づく経営がダイナミック・ケイパビリティに必要であり、むしろ伝統的な日本的経営はダイナミック・ケイパビリティとの親和性がある

・ダイナミック・ケイパビリティはゼロから新しいものを生み出すというよりは、それぞれの企業が歴史的に積み上げてきた固有の資源をベースにオーケストレーションするため、模倣不可能な能力

・ダイナミック・ケイパビリティの実践には、「感知」(企業の経営者が競争的状況を把握し、脅威等を感知する能力)⇒「捕捉」(企業経営者が機会を捕捉し脅威をかわすように資源や知識を大胆に再構成・再配置・再利用する能力)⇒「変容」(企業経営者が持続的な競争優位を維持するために、企業内外の資産や知識をオーケストレーションし、ビジネス・エコシステムを形成する能力)が円滑に回るように采配する必要がある

▲▲▲ 引用ここまで ▲▲▲▲

ということなのだそうで、ダイナミック・ケイパビリティの獲得がすべての企業にとって必要不可欠だという主張は理解できるものの、「イノベーションとはそもそも不確実」で自己変革するのは成功可能性が高くないうえに収益への寄与が予測できないから、イノベーションやその実施能力であるダイナミックケイパビリティを獲得するために経営資源を投入する正当性をうまく説明できない、とはいえルール順守や株主への責任を無視も出来ず、模倣不可能なのでは取り組み方がわからないし、獲得するのはなにしろ容易でないことだけはわかります。

※ちなみにものづくり産業の調査報告だから製造業想定の文章になっていますが、サービス業や流通業やほかの業界でもダイナミック・ケイパビリティとオーディナリケイパビリティの獲得が必要不可欠なのは言うまでもありません。

ダイナミックケイパビリティ先行研究

石坂はダイナミック・ケイパビリティの階層的理解:序説で先行研究からの知見として、

ダイナミックケイパビリティ自体がオーディナリケイパビリティの創造や更新を担う「メタ能力」として位置づけられ、低次ダイナミックケイパビリティが新技術に基づく研究開発や新市場に対するマーケティングなど企業組織の「資源ベースの改変」に直接的に関わる「機能的」な活動領域と関連付けられ、一方高次ダイナミックケイパビリティは、低次ダイナミックケイパビリティの創造・更新の基礎となる「組織的学習プロセス」や「企業組織の知識ベース」と強く結びつけられる傾向にある

と指摘し、言ってることがわかりにくいですが要は、

・ダイナミックケイパビリティは高レベルなものと低レベルのものに分けられる
・低レベルのダイナミックケイパビリティはオーディナリケイパビリティをダイナミックに改善する能力といえる
・低レベルのダイナミックケイパビリティを創造・変化させる、より高次能力としての知識進化ないし学習が高レベルのダイナミックケイパビリティである

というようなニュアンスなようです。

前述の我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査報告書の言葉を借りると、「捕捉」「感知」「変容」自体はあくまで低レベルのダイナミックケイパビリティ、それを行うスキルを獲得する能力が高レベルだということでしょう。

これらとても抽象的で曖昧にしか説明できない能力を、うまく組織に実装するやりかたはあるのでしょうか。

視点を変えて仕組み化をもくろむ

ダイナミック・ケイパビリティが経営環境変化に対応し自己変革して生き残る能力だといっても、どんな変化が起きてどのくらいどう自己変革すれば新環境に適合できるかなんて誰にも予測できないし、その能力をどうすれば獲得できるかもわからず、定義すらあいまいな概念をどう実現するか、その取り組みをどう株主など利害関係者に納得させ同意を取り付けるか、はっきりいってそんなことは考えるだけ無駄で出来っこない気がしてきます。

とはいえなんとかしないと会社の将来が風前の灯火かもしれないので、取り組みの一例として、まずはそれらしい実行環境を作ってしまうのも一計といえるかもしれません。

ろうそく

ダイナミック・ケイパビリティを具備しているというのはあくまで変化に対応できるようになっている状態を指すのであって、多様な変化に適応することが目的でありダイナミック・ケイパビリティ自体を目的にする必要はないから、いったん正体不明なダイナミック・ケイパビリティのことは忘れます。

さて仮に環境変化がいっさい起きないとしたら、現状維持の業績でよければ、今現実に備えているオーディナリケイパビリティでしばらくは食っていくことはできそうです。

でも何年か将来の業績を現状比n%アップしたいというような場合、環境変化がいっさい起きないとしてもかならず何らかのボトルネックが生じてそこを補強しないと業績アップは難しいでしょう。

ボトルネックいいかえると業績達成を阻害する要因はたいていの場合複数箇所あって、阻害の影響力が大きいものから対策したり阻害度合いが大きいものにより手厚くリソースを配分して対策を施すわけですが、阻害影響度はしばしば、「支障が発生する確率」×「発生した時のダメージの大きさ」で評価できます。

アセスメント

「支障が発生する確率」も「発生した時のダメージの大きさ」も基本的に現行業務プロセスに潜在するか延長上の問題だから、それなり根拠をもって推定できそうだし、発生確率が皆目予測できないトラブルは対処する意味を説明できないからさしあたり棚上げにするしかありません。

売り上げを増やしたくてもそもそも自社商品の顧客価値が競合品と比べて低いようなケースでは、「支障が発生する確率」は高いし「支障が発生した時のダメージの大きさ」も業績目標未達そのものなので深刻、ゆえに何らかの手を打って状況打開する必要があって、プロダクトイノベーションすることがどの程度収益性を改善できるか議論するまでもなく、解決優先度の高い目標達成阻害要因と断定し取り組まざるを得ません。

もし自社商品の今の顧客価値が競合優位でも1~2年ほどで逆転される懸念が強いなら、現状商品での業績達成は今年度はなんとかなりそうでも数年先の予算達成は限りなく困難で、代替商品開発には時間を要するだろうし早めに着手する必要があって、そういう意味では対策着手優先度の判断には「支障が発生する確率」×「発生した時のダメージの大きさ」にさらに「影響が顕在化するまでの時間」や「影響解消対策を完了するのに必要な時間」を考慮する必要もありそうです。

現状業績維持するにしても成長を目論むにしても環境変化が起きないことはありえなくて、外部環境で何が起きるかは皆目わからないのですが、自社が受ける直接の影響要素はバリエーションは少なくないものの実はそれほど無尽蔵に増えるわけではありません。

※影響要素の発生組み合わせパターンは結構多いかもしれませんが。

実際には完全に影響をなくすのは困難だとしても、ありたい姿を実現するうえで許容可能な範囲に収まればいいわけで、起きると困る予想可能な支障に優先順位をつけて事前に予防なり影響軽減対策なり、あるいはもし事象が起きた場合に実行すべき影響軽減対策やリカバリ対策を準備しておけばいいわけです。

大事なことは、起き得る阻害要因を気づきしだい検証しその影響度を客観的に評価すること、阻害要因について再現性のある影響度評価をすること、支障が発生する確率は動的に入れ替わるので随時適切に評価しなおし投入リソースの再配分をすること、対策することであらたな阻害要因が生じる場合がある事、対策して許容限度内に収まったか、その効果性・効率性をレビューすること、などを忘れないことでしょう。

こういう考え方はさらに検討したければ、リスクマネジメントやプログラムマネジメントを学ぶことをお勧めします。

n年後に自社がどのようになっていたいかと考え、なりたくてもそれを阻む何らかのリスク(不確実性)があると考え、そのリスクを除去すれば目標に到達できるはずと信じるなら、少なくともそのプロセスのルーチン部分、いいかえると低次のダイナミックケイパビリティは仕組みとして実装できそうな気がしてきます。

むろんルーチンにインプットする情報やルーチンが生み出す情報をどう解釈し料理するか、は人のインテリジェンスに依存することに変わりはなくて、その能力をどう獲得すればよいかはさらに模索する必要があります。

ダイナミック・ケイパビリティは衰退していないか

経済産業省の 製造基盤白書(ものづくり白書)2020年版 第1部第1章第2節 2.企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)の強化のコラム「VUCA(ブーカ)時代とダイナミック・ケイパビリティ論」(慶應義塾大学商学部 菊澤研宗教授)文末の記述が大いに気になるのです。

日本には、このようなダイナミック・ケイパビリティを潜在的に保有している企業が意外に多い。というのも、これまで日米間には絶えず貿易摩擦問題が発生し、その都度、米国から厳しい条件を押しつけられ、その変化に日本企業は絶えず柔軟に対応してきたからである。そして、これを可能にしていたのは、日本企業独自の柔軟な組織構造にある。各職務があいまいで、多能工が多く、そして契約もあいまいだったため、配置転換が比較的容易で、様々な変化に対応しても柔軟に人的資源を再配置できたのである。このように、日本企業は、本来、ダイナミック・ケイパビリティが発揮しやすい体質なのであり、まさにいま再びデジタル化を通してそれを発揮する時期が来ているといえる

という指摘は、いま流行りのジョブ雇用がダイナミック・ケイパビリティ醸成に全く向いていない可能性を示唆し、むしろダイナミック・ケイパビリティの消滅を予言している気がするのです。

考えすぎなら良いのですが。

ダイナミック・ケイパビリティ補足

ここではどちらかいうと、経営環境変化のダメージを受けないようにするにはどうすればよいか、というニュアンスで説明してきましたが、よく考えるとピンチはチャンスという言葉があるように、環境変化激化というトレンドを自社繁栄の追い風にできれば、自社の経営資源をさほど使うことなく労せずして事業を加速強化することも可能でしょう。

従来ダイナミック・ケイパビリティの維持にはそれなり負担がかかるとも考えられてきましたが、VUCA環境ではそれを補って余りある変化が自社に都合良く多数起きることになるともいえて、ダイナミック・ケイパビリティは、そういうチャンスを見出しポジティブに活用していく能力だといいかえれば獲得したく思えてきます。

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