
(2024/06/03)
第13話 イノベーション・マネジメント実践/戦略的インテリジェンスの勧めでは、戦略的インテリジェンスに取り組むことが今後の企業の存続にかかわりかねないことについて触れましたが、それでは具体的にどう取り組めばよいのか、シナリオプランニングを念頭に策定手順の概略をまとめたのがこの記事です。
※ゆえに第13話は戦略的な意図の記事ですが、この記事は戦術的な内容になります。
もっとも、それでなくても戦略的インテリジェンスやシナリオプランニングの取り組みかたがあまり体系的に公開されていないうえに、実は高度な分析をするにはかなり熟達やメタ認知の寄与が高く、その一部は紹介していますが、これだけやればうまくいくという訳ではありません。
北岡のシナリオ分析の技法、インフォメーションからインテリジェンスへ:「分析」にみるインテリジェンス研究最先端や上田の武器になる情報分析力 あたりに詳しいのでここでは要点の紹介になりますが、戦略的インテリジェンスを作るうえで順守すべき/留意すべきとされていることがいくつかあります。
従来の戦略は端的に言えば、いかに競合の行動と外部経営環境の変化を予測し先んじて自社に有利な状況を作るか、という発想でした。
しかし、シナリオ分析の技法で北岡が指摘するように、競合の動きを予測することも、未来を予測することも、うまくいかないことが公知の認識になりつつあります。
競合の行動を予測するのではなく「自分自身の強みや弱み・力量を詳細に分析すること、未来を予想するのでなく未来に備えること」がVUCAな環境下で有効な心構えであって、そのために戦略的インテリジェンスを作るのが昨今主流の考え方になりはじめています。
情報分析の良否の6~7割は設問(分析目的、自分は何を知れば良いか)の設定、つまりイシューの見極めだと言います。
ここで議論しているのは戦略立案のためのインテリジェンスですが、20~30年の超長期戦略か2~3年間の戦術寄りの実行戦略なのか、技術側面かマーケティング関連かなどなど、設問によって求められる情報が全く異なり、情報ソースも手法も分析の仕方もそれに合わせて取捨選択する必要があります。
設問が不明瞭だったり的外れだと、根本的に異なるビジネス要因に関する情報を収集し的外れな分析をすることになり、本来知るべき回答を得られないことになります。
もっとも、知るべきことを明確にするのは、その対象についてそれなりの知識や仮説があってそれらを適切に洞察出来てはじめてできることなのでそれに見合う力量は必要だし、いわば設問設定と戦略や戦略的インテリジェンスは鶏と卵の関係になるともいえるわけです。
ISO9004は 情報収集分析 => アイデンティティ => 戦略 という流れを提示しているように読みとってしまいそうになるのですが、戦略策定に有益な戦略的インテリジェンスを作るためには、情報収集分析~アイデンティティ~戦略を行きつ戻りつする必要もあるでしょう。
当初の設問は真に知りたいことでない場合があることを念頭に、本当に知る必要があることか、客観的に考え適宜設問の再設定をする必要もありそうです。
太平洋戦争で日本軍が敗れたのは、そもそも戦闘の持久力・継続力に格差があった以上に集団浅慮、ひいてはインテリジェンス軽視が多分にあったようで、ビジネスでも他にサンプリングバイアス、確証バイアス、アンカーリングバイアス、希望的観測、フレーミング効果、正常性バイアス、現状維持バイアスなど、情報収集者・分析者が陥りそうな偏った心理状態は各種あって、いかに客観性を保つか生身の人間だけに難しい所です。
また、想像力の欠如、妥当性判断、根本的な情報収集能力など、分析者の力量にも大きく影響されるのは言うまでもありません。
これらはそもそも知的活動の根底に関わる問題であり、のちほど考察します。
ここでは記述の容易のため情報収集と分析を分けていますが、実際は 仮説設定 => 情報収集 => 吟味・取捨選択 => 収集行動改善 とフィードバックをするべきで、吟味(≒分析)とフィードバックの巧拙が分析結果の質に影響しそうです。
いくら優れた手法を知ってもよい情報源があっても、収集分析に熟達しなければ良い結論にたどり着くのが困難なのは言うまでもありません。
なおここからの記述は、シナリオプランニングを念頭に置いた情報収集・分析・戦略策定の解説になります。
事業環境によってはレガシーな戦略立案プロセスのほうが適する場合があるかもしれませんが、その場合、必ずしも以下の考え方が適切とは言えません。
情報源としては人的情報源(HUMINT:Human intelligence)、技術的情報源(TECHINT:Technical intelligence)、公開情報源(OSINT:Open Source Intelligence)などがあって、OSINTだけでも90%以上の情報収集ができるといわれます。
菊池のトレンドを知るためのビジネス情報収集手法:情報プロフェッショナルが磨いておきたい選択眼とはでいろいろなOSINTと利用の仕方が紹介されています。
官公庁・自治体情報だと各種統計、白書、省庁調査報告、あるいは特許などなど、マクロから個別動向まで、客観的な情報が多数あるのはご承知の通りです。
各種公的統計でカバーしていないややマイナーな動向情報を調べるのに役立つのが業界団体やシンクタンク系・調査会社情報で、シンクタンク系は有料のことが多いものの、業界団体は意外と面白い情報を集めて公開していることがあります。
業界専門誌の都度の特集記事なども、記者の主観に汚染されることが少なくないもののファクトデータは掘り出し物があります。

くれぐれも、どの程度の信憑性があるか見極める必要はあります。
そのものズバリの情報が得られることはむしろ滅多にないといってよく、複数の情報を駆使してフェルミ推定することは多くあって、ロジカルシンキングやメタ認知の力量が試されることになります。
公開された未来年表や科学技術予測として
科学技術予測・科学技術動向 文部科学省 科学技術・学術政策研究所(5年ごと)
NRI未来年表 2025-2100 野村総合研究所 2025/02現在
未来年表 博報堂 2025/01更新
など、根拠の有無を含めいろいろありそうです。
手塚は、不確実性下における戦略手法に関する一考察: シナリオプランニング有効活用の検討―シナリオプランニング有効活用の検討―で、シナリオプランニングに取り組む手順として
第1ステップ「リスク要因棚卸」
外部環境要因を網羅的に検討し,それらをリスク要因として棚卸しする。その際には,マクロ環境要因として PEST 分析(政治:Political,経済:Economic,社会:Societal,技術:Technological),業界環境要因として5フォース分析(業界内の競争,新規参入の脅威,代替品の脅威,売り手の交渉力,買い手の交渉力)などのフレームワークを使用する(MECE、アウトサイド・イン思考)
注)シナリオプランニングは中長期のマクロ環境分析ですが、5フォース分析はどちらかいってミクロ環境情報の収集分析で短期の戦略・戦術検討に該当しそうです。
注)リスクというと負の影響を考えがちですが、不確実な正の影響因子も評価します。
第2ステップ「リスク要因評価」
不確実性の大小,自社へのインパクトの大小の二軸のマトリックスを作成し,その中に上記で棚卸ししたリスク要因をプロットする。軸の1つは「インパクト(影響度)」,もう1つの軸は「不確実性」が大きいか否か
第3ステップ「シナリオ作成」
不確実性の小さい領域は,発生がある程度読めるという点で,確実に起こる「定常予測の未来」である。
不確実性が小さくて自社へのインパクトが大きいという領域は,確実に起こる中で影響度の大きい環境変化である。
確実に起こる環境変化である以上,通常の戦略策定方法で施策を立案すればよいのであり,実際そのようにしなければならない。
不確実性が小さくて自社へのインパクトが小さい領域は,対応するとしても優先度が低くなる。
不確実性が大きい領域は,発生するかどうか分からない,将来の方向性が見えない「不可視の未来」である。
その中でも自社へのインパクトが小さい場合は,優先度が低いため無視してよい。
発生するかどうかは分からないが,起こったら影響が大きいという場合,この領域こそ最重要領域であり,ここについて複数のシナリオを検討する。
この領域の中で,より重要性の高い2つのクリティカル要因に絞り込み,その2つのクリティカル要因の変化で二軸を設定する。
3要因残せば,2×2×2で8シナリオ,4要因残せば 16 シナリオとはなるが,シナリオプランニングの目的は,対話・討議をすることなので,ある程度絞り込むのが通例である
としています。
まったくその通りと言いたいところですが、何年先をゴールに設定する戦略なのかタイムスパンの概念が欠落しては時として致命的なのと、マクロ環境情報収集のフレームワークとして昨今ではセプテンバー(SEPTEmber)(社会:Societal、経済:Economic、政治:Political、技術:Technological、地球環境:Ecological)も有力な選択肢になります。
シナリオプランニングの実践の仕方としてはほかに
西村のシナリオ・プランニング
角和の「シェル流」シナリオプランニングの実践手法
などが非常に参考になるでしょう。
ISO56006では、テキストマイニング、ビッグデータ、機械学習、ソーシャルネットワーク分析、エスノグラフィー、行動科学、デザインリサーチ、ユーザーインサイトといった手法が例示されていますが、どちらかいうと短期戦略・戦術寄りの情報収集分析手法にも思えます。
昨今だとインターネットが有益な情報収集メディアになりつつありますが、Google のようなロボット型のサーチエンジンは記事の本文そのものを全文検索できるシステムだとはいえ、検索できるコンテンツそれ自体に信憑性があるかどうか少なからず疑問です。
比較的信頼できるであろう各種学術論文はメタ情報をキーワード検索するしかないし、検索スキルが試されるところで、いずれ検索や取捨選択に習熟する必要があって、のちほど触れます。
先に触れたフェルミ推定のほか、情報収集や取捨選択、分析の手法としては
what-if 分析:どのような経緯でその事象が発生するか
high impact/low probability分析:起きる可能性は低くても起きたらどのような甚大な影響が出るか
クロノロジー:時系列情報で相関関係や因果関係を探る
アナロジー思考:類比思考、類推思考
氷山分析:「出来事」の背後には中長期的な「トレンド」や,その元となる「構造」が存在すると考える
特性要因図、マインドマップ
などケースに応じて使うことになります。
北岡はシナリオ分析の技法で、シナリオ・プランニングの勘所を
ポイント1:自分の利害に関わるシナリオのみ作る
ポイント2:既定要素を重視する
ポイント3:ドライビング・フォースを明らかにする
ポイント4:シナリオに分かりやすい名前を付ける
ポイント5:「起こって欲しいこと」ではなく「起こるかもしれないこと」のみを考える
と指摘していて、取り組み方に習熟が必要でしょう。
シナリオ・プランニングが有効であるためには角和が「シェル流」シナリオプランニングの実践手法で言及するように、リベラルな社風に支えられた学習する組織であることは非常に重要で、シナリオプランニングをうまく運用し効果を出すにはまず組織文化作りから、ということになりそうです。
情報収集・分析全般に、一人だけだと考え方が限定されてしまうので、力量が備わりダイバーシティに富んだメンバー集めを考慮したいところです。
忘れてはいけないのに意外と言及されていないのは、状況変化の予兆となる先行指標を設定し対策計画の発動ルールを決めて、継続モニタリングを仕組み化することです。
◆参考◆
気候変動マネジメントにおけるシナリオ・プランニング理論の展開によれば、シナリオ・プランニングの流儀にはフランス流とアメリカ流があるといい、
フランス流:
あるべき未来(組織にとって都合の良い未来世界像)を想定し、その未来世界を実現するために何をするべきか、実現に向けたアクションプランを戦略に落とし込む規範型シナリオ
アメリカ流:
演繹的アプローチに基づいてデータを収集・選別し、そこにシナリオのフレームワークを見い出しいくつかの異なるシナリオを想定し、未来のある時点における状況を表現する。いかなるシナリオが発生しても対処ができるよう組織的なシミュレーションに活用し、未来の不確実性を論理的・構造的に理解すること、未来に関するより良い意思決定を行うことが目的
なのだそうです。
世の中には亜流もいろいろありそうで、当ホームページはアメリカの流儀に準じていますが、必要に応じ併用することも必要かもしれません。
インテリジェンス力量そのものやその強化にフォーカスした研究は今のところ見当たりませんが、ざっくり情報収集と分析の力量ということになりそうで、認知バイアスを適切にコントロールしないと見当ちがいな結果になりかねません。
情報収集と分析の力量を高めるにもそれを実践するにも、モチベーションやコミットメントの強さが重要になるように思えますが、これらについては後ほど考えます。
その昔は、民間企業が情報収集するというと各種紙媒体情報以外に有料の商用データベースとか特許検索などが中心でしたが、昨今では玉石混交でガセネタも少なくないものの、インターネットで良質な情報を収集できるようになってきました。
もっともインターネットでいい情報を探し出すにはそれなりのスキルが必要です。
三輪は情報を探しやすくするには(情報の科学と技術/68巻 (2018)11号)で、情報探索の成功に影響を及ぼす個人要因として
探索者の情報探しの経験知と,各領域に関する基本的な知識,および高い自己効力感
を挙げ、
ある領域での情報探しの経験知が,別の領域での情報探しに応用できるメタ認知であることは,いくつかの事例からも推測できる
各領域に関する基本的な知識は,検索に使うキーワードの選択と,検索結果を評価して自分の知識構造を変えるために必要となる。こうした知識は,検索経験を積み重ねるうちに,習得できるものである。
探索者の高い自己効力感とは,バンデューラの社会認知理論の中核概念で,「自分にはある目標を達成する能力がある」という認識を指す。自己効力感は,個人の選択する行為やそのために費やす努力の程度,および失敗への抵抗力を調整するもので,教育をはじめとする様々な領域で取り上げられている。検索に対する自己効力感が高ければ,最初の検索で躓いても,そこであきらめずに納得のいくまで探し続けることができる。情報探索は究極の自律学習方法なので,検索経験知を積み重ねて自己効力感を高めることは重要である。
と指摘します。
石田らは検索能力とその要因との関係モデル(第62回日本図書館情報学会研究大会発表論文集 62 113-116 2014年11月)で、検索能力を構成する因子を分析し、彼らのモデルでは検索能力は「探索戦略と評価基準」因子と「検索方針と効果」因子の係数がそれぞれ0.88と0.76となっており影響が強いこと、検索技法因子は0.65であることを見出しました。
また、検索能力に影響を与える因子をパス係数でみると、批判的思考能力が検索能力に強い影響(0.78)を与える因子だと指摘しています。
ほかには、
アイデア生成における情報探索行動の特徴分析(筑波大学図書館情報メディア研究科2017年3月 寛長)
ExpertはNoviceと比べて少ない検索結果ページから多くのページを閲覧しており,ランキングの高いページが含まれている検索結果空間から多くのページを選択する効率のよい探索をしていることや,クエリの発行,検索結果の閲覧,特定のページの閲覧をバランスよく行っている
クエリの有効性や検索結果についての予測や,閲覧したページの内容からクエリとして有効なキーワードの発見に関する発話を多く行っており,Web空間から情報を集めてクエリにフィードバックするインタラクティブな探索を行っている
検索熟練者もしくは領域知識がある者の方がそうでない者よりも検索パフォーマンスが高かった
問題解決活動としてのWWW情報探索 : 科学的発見の枠組みに基づく検討(齋藤ら 認知科学/10 巻 (2003) 2 号)
キーワード作成し検索結果をキーワード作成にフィードバックすることで効率的に正解にたどり着けた
といった報告があり、三輪が言及した情報探索成功の個人要因である情報探しの経験知は、コルブ経験学習モデルでいう省察(振り返り)から抽象的概念化(理論化)を支えるメタ認知のたまものと言えるし、石田らの探索戦略や検索方針の設定や批判的思考能力、寛長の指摘するフィードバックもメタ認知方略やその成果と言えます。
ほかにもインターネット情報検索に及ぼすメタ認知過程の意識化の効果に関する研究(吉岡 広島大学学術情報リポジトリ 学位論文一覧 2003)、Web情報検索におけるリフレクションの支援 探索行動フィードバックシステムの構築(齋藤ら 人工知能学会論文誌/19 巻 (2004) 4 号)など情報検索へのメタ認知の寄与は多数示唆されています。
いっぽうで、WWW探索行動研究における諸問題~「探索の成功」という概念を中心に(相良 情報知識学会誌/16 巻 (2006) 4 号)は
主題的適合性では,ユーザの「表現された要求」と得られたテキストの「客観的な主題」とによって判定が行われている.同様に認知的適合性は,「認知的な要求」と「主観的な主題」とによって判定される.
ここでの「認知的な要求」とは,ユーザ自身が必ずしも明確に表現できない要求も含んだ概念である.また「主観的な主題」は,個々のユーザの知識状態,認知的状態に基づいたテキストの理解である.その状態はユーザごとに異なると考えられ,あるユーザの理解が他のユーザの理解と一致するとは限らず,客観性に欠けている
主題的に適合しているとしても,ユーザ自身にとって理解できない,あるいは理解が難しいウェブページは利用されていない.状況的適合性や認知的適合性を判定する上で,このような主題以外の要素も重要である
といい、
情報検索者が必ずしも知りたい情報に最適な検索語をデザインできるとは限らず、仮に最適な検索結果を得ても必ずしもそれを最適だと解釈判断できず、正解にたどり着けないこともある可能性を指摘します。
インターネット検索能力の差異に及ぼす要因の検討 その1(福島ら コンピュータ&エデュケーション/18 巻 (2005))、インターネット検索能力の差異に及ぼす要因の検討その2(福島ら コンピュータ&エデュケーション/20 巻 (2006))は、小学生、高校生、大学生のインターネット検索能力に国語あるいは言語に関わる知識・理解が強い影響を与えていると指摘します。
正しい情報にたどり着くには、その領域知識に加え国語能力も重要だといえそうです。
メタ認知能力や対象領域の習熟/熟練、自己効力感、さらには国語能力に関しては後の記事でも重要なキーワードなので、記事を改めて考察します。
シナリオプランニング過程での情報分析の中心的な力量は基本的にリスク評価力量で、当ホームページ「04 経営環境変化へ適応し機会に変じる組織能力」でざっくり触れたとおりです。
リスクマネジメントは解説が多数あるので、それで基本から体系的に学ぶのがいいでしょう。
「04 経営環境変化へ適応し機会に変じる組織能力」記事では発生確率が全く分からない事象は対策しない、という一般的なリスクマネジメントスタンスを踏襲していますが、シナリオプランニングの場合は、高インパクトな事象は対策実装まではしないものの対処方針を練り上げ共通認識にして万一の発生に備えるという取り組みになります。
極論すれば日本の敗戦は認知バイアスがもたらしたと言ってもいいくらいで、認知バイアスはしばしば悲惨な結果を生みます。
注)バイアスが無ければ勝てたというハナシではなくて、無謀な戦争を仕掛けなかっただろうということです。
とはいえ、人間が周囲の環境を把握するため情報を見聞きし判断し行動する際に、実は環境には人間の処理能力を超える情報があふれているので、人間はその中から必要な情報だけを自動的にふるい分ける能力を無意識に発揮しているそうです。
通常はその能力によりうまく環境順応できるものの、その能力が望ましくない方向に働くとき認知バイアスによる各種エラーが生じるということらしく、認知バイアスは人間が持って生まれた性(さが)だといえそうです。
ヒューマンエラーの観点から認知バイアスの知見をまとめたのが認知心理学から見たヒューマンエラー(篠原 Medical Gases/17 巻 (2015) 1 号)ですが、
誤った行動を「できない」ようにすることが必要
作業者の行動コントロールに頼らざるを得ない場合は,確実に確認させ,不用意に誤った行動を取らないような方法が必要
だと指摘し、認知バイアスそのものの発生を制御するのは困難だという認識を読みとれます。
山崎は各種のバイアス低減手法の効果を調査し、意思決定に対する脱バイアス (Debiasing) 手法の効果に関する実証研究で、
各脱バイアス手法はすべてのヒューリスティックスないし意思決定傾向に効果的なわけではなく,ある意思決定傾向に対しては効果を発揮するが,別の傾向に対してはかえって成果を悪化させるものもあり,言わば状況適合的な要素を多分に含む
としてやはり認知バイアス予防・防止の決め手がないことを示唆しています。
竹林は認知バイアスとナッジで、
認知バイアスの影響を完全に排除するには、常に理性が作動しなければならず、現実的ではない
行動の阻害要因となる認知バイアスを抑制し、促進要因となる認知バイアスを味方につけることで、望ましい行動へと促す設計が可能になった。この設計がナッジである
といい、認知バイアス封じ込みは困難であること、ときに一部の認知バイアスを逆手にとれる可能性があることに言及します。
バイアス低減に関して清水は判断におけるバイアスを削減するためのインタラクション技術に関する研究で、
現状維持バイアス下にある人は,現状変更に反対する正当な理由を説明できないことから、現状維持バイアスの検出是正には Reversal test が有効であると主張しています。
平山の批判的思考能力と態度が対立情報からの結論導出プロセスにおける情報参照行動に及ぼす効果によれば、
確証バイアスが生じうるトピックにおいて、批判的思考態度が次の過程である適切な結論導出に関わることが示唆された
と言い、批判的思考態度の認知バイアス抑止効果に期待を寄せます。
自らの判断や思い付きを批判的に再吟味できればそれは確かに有効だろうとは思いますが、批判的思考自体そうたやすく修得できろものでもありません。
批判的思考態度の育成はあとで考えるとして、いずれにしてもいまだ認知バイアスを封じ込む良案はなさそうです。
戦略的インテリジェンスにおける認知バイアス対策に限れば、
髙橋は井上成美の情報論の特徴と限界 : 競合仮説分析(Analysis of Competing Hypotheses)との比較からで
解答となりうる仮説を複数設定した上で、それらを否定(反証)するインフォメーションを重視して、最も確からしい仮説を判定する手法である、競合仮説分析(Analysis of Competing Hypotheses)に言及しています。
この記事は、本物の軍隊が国家間で戦争する際の情報分析に関する研究であって、それこそ皇国の興亡この一戦にありというくらい重要な局面なら、それに見合う情報分析リソースを投入する価値がある手法が競合仮説分析、と解釈できなくもありません。
ちなみにこの文献では論理学つまり情報分析におけるロジカルシンキング、ならびに敵情補充つまり継続情報収集・リンチピン分析の重要性にも言及していて、いわずもがなな指摘と言えます。
競合仮説分析は認知バイアスは必ず発生することを前提とし、消去法でバイアスがかかっていそうな仮説を淘汰する考え方であるとも言えます。
認知バイアスを少しでも軽減し予防・防止するという観点からは、自らの考えや行動を常に批判的に観察し振り返る強い批判的思考が不可欠で、それはすなわちメタ認知・メタメタ認知に他ならないと言えます。
なお改めて、分析に取り組む以前に状況を正しく理解する前提として、各領域に関する基本的な知識、高い自己効力感、国語能力は不可欠です。
上記の取り組みを極めていけばシナリオはできるでしょうが、もっとも肝心なのは経営者がそれを理解し戦略として展開し実行できるだけの力量を持っているかどうかです。

少なくとも体系的な経営学知識がなければシナリオも戦略も正しく理解することはできないし、従業員にアイデンティティや戦略を浸透し統率するには産業組織心理学の心得が不可欠で、これについても後の記事になります。
先にも触れましたが、情報収集分析をより高いレベルで達成するうえで、モチベーションやコミットメントの強さは不可欠と思えるので、そのための施策にコミットし実践するのも経営者の力量と言えます。