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11 イノベーション・マネジメント実践/IMSの狙いと限界

(2024/12/03)

会社が自社の存在意義を高めるもっとも有力な手段がイノベーションであり、その効果的・効率的実現を促進するためのモニタリング&コントロールの概念がイノベーションマネジメント、そのひな型であり目標となる仕組みがイノベーションマネジメントシステム(以下IMS)である、といえるでしょう。

ここからは、IMSの国際規格である ISO56000 シリーズをベースに、どうイノベーションをマネジメントすればよいか、その過程で経営学や産業組織心理学といった科学的体系的な知見がどう必要不可欠なのか考えていきたいと思います。

この記事、第11話 イノベーション・マネジメント実践/IMSの狙いと限界 はこれまでの(第10話 イノベーションのための戦略作法/ISO規格発動編)などと少なからず重複するところがありますが、念を押しておきたい部分なのであえてそうしています。

規格書

※ISO56000シリーズは
●56000:基本及び用語(2019年)
●56001:認証規格(2024年09月)
●56002:ガイダンス(2019年)
●56003:パートナーシップの方法とツール(2019年)
●56004:イノベーションマネジメントアセスメント(2019年)
●56005:知的財産マネジメント(2020年)
●56006:戦略的情報マネジメント(2020年)
●56007:アイデアマネジメント(2021年)
●56008:イノベーション活動の測定方法(2021年)
●56010:iso56000の実例(2021年)
が発行されていますが、2024/12時点ではISO56002:2019だけが国内規格化されているので、ISO56002 を日本産業規格化した、JIS Q 56002:2023 をもとにして記事を書きます。
最新発行のISO56001:2024とは若干ニュアンスが異なるかもしれないのはご了承ください。

イノベーションマネジメントはなぜ必要なのか

そもそもですが、企業が存続する条件は、企業が社会や顧客の課題解決に貢献し、それを通じて存在価値を認められ続けることであると言え、解決のご褒美として利益を頂戴して生きながらえるという訳です。

お客様には大なり小なり、自分では解決できない顕在・潜在の課題があって、それを解決したいと意識したときにだけお客様は解決のために財布を開く気になります。

※課題があっても、主観的にもっと優先度の高い課題があったり課題のうちに入らないと思っていたら財布を開きはしません。

自社のサービスや商品に、ほかのソリューションよりも優れた課題解決メリットがあることが、お客様が競合商品でなく自社の商品を購入してくださる条件であり、自社が社会や顧客の課題解決に貢献できる機会です。

自社商品に課題解決メリットがあることをお客様が知ってなければ購入には至らないので、宣伝を通じて課題解決メリットの認知を促進する必要もあります。

※課題がない人にいくら宣伝をしてもやはり財布を開く筈はないのに、宣伝すれば買う気にさせられると勘違いしている自称マーケターは少なくないですが。

以上が、企業がお客様の課題解決に貢献するもしくは商品が売れるための条件ですが、お客様のニーズはどんどん変化していくし、競合他社はより良くお客様の課題を解決する手段を開発し実現していくので、自社も継続的に解決メリットの改善・増加、つまりなにがしかのイノベーションをし続ける必要があります。

※お客様のニーズはどんどん変化していく、と書きましたが、移動手段が徒歩から馬車、内燃機関乗用車になり、鉄道もでき飛行機もでき、電気自動車やそのうち空飛ぶ自動車が移動手段の中心になるとしても、根っこにあるニーズである「早く安く快適に移動したい」という欲求(つまり課題)の本質は変わることなく、実現手段が変わるだけだったりします。

しかしながら「新規事業の成功確率は千三つ」などといわれるように、従来イノベーションは誰でも簡単に実現できるものではありませんでした。

それは言い換えると、イノベーションを達成する方法論ないし定石手順が仮にどこかに存在するとしても、それが属人的で複雑極まりないうえにたまたま成功したように見えるから形式知として体系化されず、ゆえにイノベーションが偶然の産物に類するものとみなされていたのかもしれません。

イノベーションの起こし方を手順化し定石化できれば、その通りに取り組めば誰もがイノベーションを起こすことができるようになるに違いない、と考えたのがすなわちイノベーションマネジメントの概念であり、それをひな型化・規格化したのが ISO56000 シリーズだといっていいでしょう。

イノベーションマネジメントは、画期的なアイデアを生み出すための方法論とか開発論というよりは、イノベーションという作業プロセスを標準化しルール化・仕組み化するための概念であり、イノベーションマネジメントシステムはそのフレームワークであると言えます。

IMSを導入すれば本当にイノベーションを量産できるのか

これからIMSに取り組むかどうか検討している会社の最大の関心事はたぶん、IMSを導入すれば誰もが有益なイノベーションを次々に起こせるようになるか?でしょうし、IMSにすでに取り組んでいる会社の課題は、取り組んではみたもののどうすれば実際にイノベーションを次々に起こせるようになるか?でしょう。

結論から言えば、IMSは相当に完成度が高まれば相応の運用効果は出るでしょうが、そのレベルに至るにはただならぬ努力と学習が必要で、それまでは期待するほどの効果はさほどには出ない、イノベーションをマネジメントするのは容易でない、と考える方がよさそうに思います。

ISO56002ではイノベーションマネジメントをPDCAのフレームワークに当てはめ、イノベーション実行の中核プロセスを、機会の特定、コンセプトの創造、コンセプトの検証、ソリューションの開発、ソリューションの導入の5つのステップで説明しています。

イノベーションループ
機会の特定では、どんなに高度な手法を手順化していても機会の稀有さに見合った深い洞察が働かなければ機会を見出すことは容易でないし、誰も思いつかないような新規・進歩的コンセプトを創造するのは多分に個人の閃きに依存しがちだし、漫然とあるいは機械的に手法を使っていてコンセプトの検証ができるものでもなく、やはり属人性を排除し組織の形式知にするのは容易ではありません。

※認知科学では、『自分自身の認知特性に関する知識』と『課題についての知識』と、さらに『課題解決の方略(課題をより良く解決するための工夫に関する知識)』を多く持ち『それらを実際に活用する(使いこなし方を学ぶ)』ことで課題遂行レベルが高まるといいます。自己流で試行錯誤的に問題解決の工夫をするより、体系的にもれなく手法が整備され利用指針があれば問題解決方略を模索し試行錯誤する負荷が減って、より効率的に課題解決できる可能性があるのは確かでしょう。もっとも、身も蓋もないいいかたですが、力量のないヤツ(認知科学的にいえばメタ認知力や必要知識が乏しいヤツ)にいくら良い環境を提供しても猫に小判、本人が持っている力量以上の結果を出せるわけがないとも言えます。

しかも規格が「〇〇することが望ましい」とさらっと言ってることが実は、高度な知見と実践能力がなければ実現できないことだったり、規格の実運用の前にあらかじめ入念に準備しておかなければならない(のに規格では全く触れられていない)布石が実はその後を決定的に左右したりしかねなくて、規格を安易に解釈して無邪気に実施したつもりになっていたのでは、とうてい効果は出そうにありません。

イノベーションマネジメントに戦略的に取り組む

イノベーションマネジメントシステムの実装のガイダンスである ISO 56002(JIS Q 56002) には、「戦略」という言葉が実に36回記載されています。

同じくマネジメントシステムの適用指針である ISO 9002(JIS Q 9002)や ISO 14004(JIS Q 14004)は半分に満たない17回で、しかもこれらは組織の既存の戦略への準拠を求めるニュアンスで触れられているだけで、イノベーションマネジメントシステムは従来のマネジメントシステムとは別次元なほどに戦略を重視しています。

そもそもマネジメントというのは、このホームページの人材戦略記事の第28話 マネージャ育成の前提知識でマネジメントフレームワークとして説明したように、戦略計画(strategic planning)、マネジメント・コントロール(management control)、オペレーショナル・コントロール(operational control)の3階層から構成されるのですが、マネジメントシステムとはマネジメントコントロールの階層に位置付けられるルール化・効率化の仕組みであって、本来は上位の戦略がすでに決まっていてそれに準拠した戦術レベルの取り組みであるはずです。

だから、品質マネジメントや環境マネジメントの実装には戦略はほぼ必要ありません。

やり方を決め文章化し共有しルールを守ればよいだけの仕組みであり、不良率や廃棄物量自体がマネジメントシステムと戦略の目的であり、取り組みの結果がすぐに目に見えてわかりやすいのです。

ではなぜ、イノベーションマネジメントシステムもマネジメントレベルの戦術的な位置づけであるのに、上の階層の戦略を強く求めるかというと、まさに深い戦略があって初めて設計することが可能になるからです。

たとえば、今後10年くらいは競合他社より良い顧客課題解決をできる事業優位性を持つ会社であれば、15年後にその強みが弱体化してもそれに代わって業界をリードできる新たな強みを獲得する必要があって、そのために10年かけて次世代イノベーションに匹敵する優位性を獲得することがなにより最優先事項です。

事業上の強みはあるにはあるが十分に活かせておらず、二番手三番手に甘んじている会社であれば、現有の強みを最大限生かして一番手を脅かすポジションを目指すためのビジネス構造改革が最優先イノベーションテーマでしょう。

それなり収益性は良いがこれと言って競合優位な強みがない会社なら、利益の大半をつぎ込んででも一刻も早く他社にない強みを獲得し、独自の安泰ポジションに達することが目下最大の関心事になります。

つまりイノベーションに取り組む前に、自社はどう在りたいか/どう在るべきか/自社の存在意義は何か、その実現のためにいつまでに何を目指すべきか全体一貫性のある長期シナリオを練る必要があって、常に事業活動の相互作用バランスを意識し慎重かつ大胆にイノベーションとそのマネジメントを仕組み化する必要がある、しかも自社の力量に見合う目標でなければ成功はおぼつかないというのが、イノベーションマネジメントシステムが戦略を求める理由です。

先に述べたように、往々にして構成員の力量がイノベーションの成否を分けるのですが、15年後のラディカルイノベーションを目指すのと一番手を脅かすビジネス構造改革を起こすのとでは、必要なスキルと実現時期が全く異なるから、戦略なくしてはイノベーション人材を育成することさえできない、ということになります。

ISO 9004/JIS Q 9004 に学ぶ

経営環境をふまえ、自社のアイデンティティも振り返り再設計しながら組織能力を戦略的に高めていくうえで、大いに参考にできるのが意外とあまり知られていないISO 9004/JIS Q 9004「品質マネジメント-組織の品質-持続的成功を達成するための指針」です。

ISO 9000シリーズは誰でも知ってる品質マネジメント規格群ですが、代表格の ISO 9001 が簡単に言って
「顧客満足を向上させる製品及びサービス品質を実現する」
ことを目的にしているのに対し、ISO 9004 は、
「顧客及びその他の密接に関連する利害関係者のニーズ及び期待を満たすための組織の能力(組織品質)の向上」
を目的にしています。

ISO 9004 と同等の国内規格であるJIS Q 9004 は、その序文で「JIS Q 9001:2015は,組織の製品及びサービスについての信頼を与えることに重点を置いているが,この規格(JIS Q 9004:2018)は,組織の持続的成功を達成する能力についての信頼を与えることに重点を置いている」と言っています。

取り組むことでどんなメリットがあるのか、組織品質ということばはちょっと耳慣れないのですが、ベタにいえばだれが見てもいい会社になる、ということです。

規格の項建ては

箇条5:組織の状況を理解する
箇条6:組織のアイデンティティを確立する
箇条7:リーダーシップを発揮する、戦略/目標/方針
箇条8:プロセスを最適化する
箇条9:経営資源をマネジメントする
箇条10:組織のパフォーマンスを分析評価する
箇条11:改善,学習及び革新に取り組む

という構成になっていて、ちょっと専門的なお話になりますが、附属書SLに従っておらずマネジメントシステムの規格書ではない、いわばダイナミックケイパビリティ獲得の指針を意図した文章といえます。

ISO 9004は2018年の制定で、組織品質強化の取り組みの一つとしてイノベーションに言及していること、ISO 56002の制定は2019年であることからして、当然制定メンバーは相互に内容把握できているはずで、ISO 9004の取り組みのうちイノベーションに特化したのがISO 56002である、イノベーションを含む幅広い組織品質向上の全般的指針がISO 9004であるとも解釈出来ます
両規格は相互に補完しあう位置づけでもあり、ISO 56002からみればISO 9004はイノベーション戦略を全社戦略や企業使命に準拠するうえで極めて有益な指針である、と考えてよさそうです。

次の記事では、実装手順がややわかりにくいISO 56002について、ISO 9004が推奨する組織品質改善手順を盛り込みながら順を追ってざっくり説明します。

ただし産業組織心理学と経営学と特に経営戦略論が相当程度に理解できていないと、意味を理解しきれないかもしれないことをご了承ください。

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