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13 イノベーション・マネジメント実践/戦略的インテリジェンスの勧め

(2024/04/01)

企業価値の高い組織になるにはそうなるための経営戦略が不可欠ですが、有効な戦略を立案するためには経営環境情報の収集・分析・判断いずれにも高度な力量が必要です。にもかかわらず意外と私たちは、戦略立案に本来不可欠な戦略的インテリジェンスの正しい作りかたを知らず、改善余地だらけの自己流もしくは時代遅れの戦略策定をやっているのかもしれません。

そう思って情報収集するのですが、VUCAな経営環境下の経営戦略立案に必要な情報の集め方・分析の仕方・合理的な判断のしかたについての具体論や勘所は意外と見つからなくて、肝心なことはいまだ属人的な暗黙知の域を出ないのかもしれません。

インフォメーションとインテリジェンス

「インテリジェンス」は、一般的には「知性」とか「知能」を指して使うことが多いのですが、どちらがより正しいのかはともかく、政治とか外交の世界ではやや違うニュアンスで使われます。

北岡は記事外交とインテリジェンス(一社 研究・イノベーション学会 学会誌「研究 技術 計画 Vol23,No.1,2008」)で、

すべての情報は入手した時には、どれほど信頼が置ける人がもたらしたものであっても所詮インフォメーション(或る事柄についてのしらせ)に過ぎない。それをもとに即判断・行動するのは危険である。まず入手したインフォメーションを、頭の中でしっかりと吟味する。他のインフォメーションとも突き合わせてみる。そしてそれがインテリジェンス(判断を下したり行動を起こしたりするために必要な知識)に高まったと確信を持てた時に、初めて判断・行動すべきなのだ。

インテリジェンス

「すべての情報ははじめはインフォメーションに過ぎない」というのは、国家から企業、そして個人に至るまで、あらゆるレベルでの情報処理の基本である。

といい、

上田は著作武器になる情報分析力(並木書房 2019)でインテリジェンスについて、
「インフォメーションに思考的かつ能動的作用を加えて、判断決心および行動をするうえで役立つレベルにまで高めた知識」

といいます。

判断決心および行動するため高度に吟味され真に信頼に価する情報がインテリジェンスであり、企業経営においては膨大な環境情報のいわばエグゼクティブサマリーであって、インフォメーション段階で物事を判断するのは早計・拙速であり愚の骨頂だと肝に銘じるべきなのでしょう。

戦略的インテリジェンス

規格ISO56006:2021 Innovation management - Tools and methods for strategic intelligence management - Guidance (イノベーション・マネジメント-戦略的インテリジェンス管理のためのツールと方法)は、戦略的インテリジェンスについて、

組織のビジョン、戦略、ポリシー、目標、およびイノベーション活動に影響を与える意思決定を行うための推奨事項を含む、トップマネジメントに向けたインテリジェンス

であるといいます。

注)ツールと方法というタイトルにしては、ISO56006:2021が挙げる手法はかなり浅くてありきたりに感じられますけど。

上田は著書 武器になる情報分析力 で、

ストラテジック・インテリジェンス:
戦いに勝つための長期的計略、大局的な方針。物事がいかにあるべきか、目的(what)
であり、関連概念に
タクティカル・インテリジェンス:
戦略を実現するための具体的な手段、方法、やりかた。物事をいかになすべきか、手段(how to)
があるといいます。

ISO56002では、箇条7支援体制の7.7で戦略的インテリジェンスのマネジメントに触れているので、なんとなくイノベーションの試行錯誤プロセスを支援するために必要な概念のように思えますが、むろん試行錯誤プロセスやPDCAサイクルでも有益ではあるにしても、本当に戦略的インテリジェンスの真価が問われるのはいうまでもなく全社戦略の立案過程、ISO9004でいうと箇条4~箇条6だといえるでしょう。

コンペティティブインテリジェンス

コンペティティブインテリジェンス(CI)は、営利企業が将来の不確実性を克服するのに必要なインテリジェンスで、戦略的インテリジェンスのいわばサブセットと言えると思いますが、日本企業の取り組みはひどく低調だといいます。

経済産業省が所管する独立行政法人の政策シンクタンクである経済産業研究所は、2018年に日本企業の競争力強化に向けた戦略的な調査分析機能と外部知識吸収のあり方(土本 一郎 RIETI Policy Discussion Paper Series 18-P-015)を公表して、

CIは企業の経営戦略と密接にかかわる機能であり、企業秘密保持の観点からか欧米企業においてもCIの実践状況を積極的に開示している例は少ない

としたうえで、それでも

米国で恒常的な(“formal”)CI部門を持つ企業として、マイクロソフト、GE、IBM、P&G、ゼロックス、3M、モトローラなどがあり
Futures Group(1997)は、調査対象とした101の米国企業のうち、60%が恒常的にCI活動をしているとしている。この101の企業のうち、66%が売上高10億ドル以上、28%が売上高100億ドル以上

だといいます。
シンプルに言えば、ひとかどの欧米企業は当たり前のこととしてCIに取り組んでいる、といったところでしょうか。

これに対して日本企業については、

日本企業でも勝ち組企業ではCIとは認識せずにCI的な調査分析活動を行っている、他方、そのような企業は例外的な存在で、多くの日本企業は欧米企業に比べて「先読み」能力などの重要な点で劣っている

しかし、恒常的に体系立って行われておらず、欧米企業のCIと比べると十分なレベルにない。中期計画の策定、提携先や展開国でのトラブル、大型M&Aといった「お祭り」の時だけタスクフォースのようなものができて、情報収集と分析を行っている。・・・そもそも日本では、調査分析職という職業類型を聞かない。

と指摘し、危機感をにじませます。

会社が大きくなって、各部門の専門知識が深くなるほど、膨大な量の情報が経営陣に襲い掛かってくる。経営陣の双肩にかかっている責任は、時代とともに複雑さと重大さを増している。

として、経営陣の情報処理(先読み)能力がボトルネックあるいはアキレス腱になって、企業成長はおろか存続すら脅かしかねないことを示唆します。

情報処理

欧米の名だたる企業はCIに取り組むことで優れた経営戦略を実践でき、日本企業がその後塵を拝し引き離され国力衰退が進む原因のひとつにインテリジェンス欠如による戦略の脆弱さがあると読み取ってよさそうです。

CI・戦略的インテリジェンスを実装するには

CIや戦略的インテリジェンスも戦略も手段でしかなくて、より良く社会や顧客の課題を解決できる組織になって自己の存在意義を高め続けることを目的にすべきなのですが、そのためには良質な戦略が必要だから、CIや戦略的インテリジェンスを使いこなせるようになるのは必須といえるでしょう。

菅澤はコンペティティブインテリジェンスの戦略的活用の論拠で、

戦後60年を経て多くの日本企業は米欧諸国の優れた製品・技術を追いかけ,時には追い越して来たと思う。
・・・・
追う者として重要な役割は,明確なライバル企業から市場に投入されてくる製品・技術あるいはサービスを特定化し,ライバル企業よりは優れた製品・技術あるいはサービスを市場に投入することで,市場を獲得することが可能となる。つまり,特定情報を収集し活用すれば良さそうである。しかし,追われる者の立場は違う。
・・・・
不特定かつ今までにない製品・技術を生み出すためには,既存の市場での競争を避けるために類似した市場での競争を出来る限り避けるために不連続(既存市場の延長には無いとの意味)な情報を求めてくる。

と指摘し、先進国のビジネスをもっぱら模倣する追従者なら「物事をいかになすべきか」戦術的インテリジェンスをもとに事業運営すれば事足りるが、先行集団に追いつきベンチマークする対象がなくなると「物事がいかにあるべきか」自ら戦略的インテリジェンスや他と一線を画す戦略を立案実行しないと、たちどころに追い落とされてしまうことを示唆します。

政策討論文書「日本企業の競争力強化に向けた戦略的な調査分析機能と外部知識吸収のあり方」は2018年発行ですが、もはや先行者の真似で凌げるご時勢でもないのに、いまだ日本企業は時代遅れの戦術思考から脱却できていないことが読み取れるのです。

日本企業の競争力強化に向けた戦略的な調査分析機能と外部知識吸収のあり方で土本は、CIが機能するための条件・方法論として

(1)経営陣のCIへのコミットメント
(2)外部知識の吸収に貪欲な企業文化
(3)CIの成果を意思決定プロセスに組み込む仕組み
(4)リクワイヤメントの具体化、明確化
(5)CI部門のケイパビリティの向上
(6)リスクマネジメントの一環としてのCI
をあげ、
「勝つために何を知る必要があるか」が明確化できなければインテリジェンス・サイクルも回せない。経営陣や事業部門のキーパーソンにCI的な視点や意識がないことが原因であるとの指摘があった

と言います。

かつて旧日本軍は、作戦部が情報部からの戦略的インテリジェンスを軽んじ部内特有のバイアスに惑わされ、戦術的インテリジェンスを妄信して大敗を喫したといえます。

いかにうまくやる算段をしても、そもそも実行すべきこと・あるべき姿や方向性を誤っていては取り返しがつかないのです。

歴史は繰り返すといいますが、あまり好ましくない歴史が繰り返されているようで気がかりです。

経営層・管理層の経営力量の強化が必要

旧日本軍は、曲がりなりにも戦いに勝つために情報収集分析が不可欠なのは知っていたし、作戦部にも情報部ほどでないにせよ情報収集分析の技量はあって、大敗を喫する原因になった作戦部の暴走は、心理バイアスに囚われ情報部の戦略的インテリジェンスを軽視し集団浅慮に陥ったからでした。

いっぽう昨今の日本企業においてCIの取り組みが低調なのは経営陣がその実践をコミットしていないから、さらに言えばCI(あるいは戦略的インテリジェンス)を活用し経営環境に適合した戦略を策定実行することの必要性を認知できていないからでしょう。

CIへのコミットメントのみならず、企業文化醸成、意思決定プロセス、リクワイヤメント、CI部門力量アップ、リスクマネジメント、いずれにしても結局は経営判断であって、とどのつまり経営陣の認識不足・力量不足、指導力不足に帰結します。

経営陣は自らの不明・不勉強に気づき、襟を正して自分の経営力量の強化に取り組むべきなのです。

※真っ先に学ぶべきは経営学、せめてMBA程度の教養は必要でしょう。それを実務で活用できるには知識を身につけるよりもはるかに高い力量が必要ですが、体系的基礎知識を持たないことには話についていくことすらできません。マネージャ以上では必須知識と言えます。

※併せて学んでおきたいのが産業組織心理学、組織の中で構成員がどのように感じそれがどう業務行動に影響するか探求する科学と言えます。こちらも学んだだけでは実践することは到底できませんが、科学的根拠のある原理を知らなければ、組織構成員と正しく関わることはおぼつかないです。

ご参考)経営学は数多の書籍が出版されているから自分に合ったものを探すとして、産業組織心理学の入門書としては組織行動 - 組織の中の人間行動を探る (有斐閣ストゥディア) ISBN-10:4641150664がお勧めできる良書です。

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