
(2024/06/04)
第06話 組織をイノベーション志向に改造するいとぐちでうっかり「7Sもなかなかに大昔の概念なうえ誤解が少なくないのですが、その後、広く認知され支持された組織要素の概念が見当たらないので、さしあたって7Sをベースに話を進めたいと思います」と書いてその方向で進め始めたのですが、よくよく考えるとイノベーションの誘起因子を考えるためのフレームワークとして、イノベーションマネジメントシステム(ISO56000シリーズ)が最適なのを失念してることに気づいたので、若干の軌道修正を念頭にいったん簡単に言及しておきたいと思います。
なおこの記事は、2019年7月に国際的なガイダンス規格として発行されたISO56002について2024/05時点でざっくりまとめようとするものですが、2024/末頃にはイノベーションマネジメントシステムの認証規格がリリースされるらしくて、その動向を踏まえこの記事の後編補足なり更新記事を作るつもりではいます。
経済産業省が2019年にまとめた日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針は、イノベーション・マネジメントシステムの国際規格が発行された背景として、
1,世界各国で既存組織からイノベーションを起こす必要性が高まり、問題意識が醸成されてきたこと
2,各国から持ち寄れる実践的な知恵が蓄積されてきたこと。
を指摘します。表現の問題とも言いますが個人的には、
●効率よくイノベーションを起こすためのベストプラクティスのニーズが高まった
●適正にマネジメントサイクルをまわしているという格付け判断材料を作れば投資活動を活性化できる
ことがより実態に近い気がしますが、ともあれ2019年にイノベーション・マネジメントの実行指針つまり取り組みのベストプラクティスであり、おそらく今後のマネジメント枠組みのデファクトスタンダードになるであろうISO56002が発行された(2023年に同等内容でJIS Q 56002として日本産業規格化)というわけです。
ちなみにISO規格は一連連番の規格群で成り立っていて、イノベーション・マネジメントシステムシリーズのリリース状況は以下の通りで、2024/05時点でJIS化されてるのは56002だけみたいです。
●56000:基本及び用語(2019年)
●56001:認証規格(未発行→2024年末?)
●56002:ガイダンス(2019年)
●56003:パートナーシップの方法とツール(2019年)
●56004:イノベーションマネジメントアセスメント(2019年)
●56005:知的財産マネジメント(2020年)
●56006:戦略的情報マネジメント(2020年)
●56007:アイデアマネジメント(2021年)
●56008:イノベーション活動の測定方法(2021年)
●56010:iso56000の実例(2021年)
認証規格である56001は未発行ながら、品質マネジメントシステム(ISO9000シリーズ、以下QMS)や情報セキュリティマネジメントシステム(ISO27000シリーズ、以下ISMS)など他のマネジメントシステムと同じ国際規格の位置づけで、マネジメントシステムの推奨枠組みを示しその導入を支持する規格であると言えます。

※もっとも、ガイダンス規格が発行され一時静かにバズった割に、その後世の中のイノベーションが強力に加速されたという印象は薄くて、はっきり言って難解で使いこなしが困難だと言えそうです。
以降、ISO56000シリーズ全体あるいはISO5600X規格をあまり厳密に区別せずIMS(イノベーション・マネジメントシステム)と略記することがあるので承知ください。
なおNEDOがまとめたオープンイノベーション白書 第三版日本におけるイノベーション創出の現状と未来への提言は、昨今のオープンイノベーション信仰をやや冷ややかに眺めつつイノベーション全般についてよく整理した力作で、1章2節 イノベーション論が実際にビジネスに活用されるケース(p19~)にISO56000含め関連情報が網羅されてて改めて参考になります。
イノベーション・マネジメントのやりかたを規定する規格(あるいはひな形)がないと、イノベーションの取り組み方は組織それぞれ、多くの場合は組織内ですら統一されていない属人的な取り組みになり、もし有望なイノベーションの種が考案されたとしても、扱うヒトのスキル次第で芽が出ず埋もれ忘れ去れたり齟齬が生じたりしかねずまさにマネジメントされていない状況に陥るので、好ましい取り扱い方を標準化しようという問題意識がそもそもの発端なのでしょう。
しかしIMSはそれ以上のことを狙っている意欲がありありと見えていて、取り組み方の標準化だけでも十分難題なのにさらに解釈実行を困難にしていると思えるのです。
ISO56002は、0.1概論で「この規格に従ってイノベーションマネジメントシステムを実施する」便益について
a) 不確実性をマネジメントする能力が向上する
b) 成長、売上、収益性および競争力が高まる
c) 費用及び無駄が削減され生産性及び資源利用の効率性が向上する
d) 持続可能性及び抵抗力が改善する
e) 利用者、顧客、市民及びその他の利害関係者の満足度が向上する
f) 製品サービスのポートフォリオが持続的に更新される
g) 組織内部の人々がより積極的に参加しており権限が与えられている
h) パートナー、協力者及び資金を惹きつける能力が向上する
i) 組織の評判及び価値が高まる
j) 規制及びその他の関連する要求事項の順守が促される
だとします。

もっともこれは、IMSが正しく高いレベルで実装実施された場合であって言うは易く行うのは並大抵なことではなく、深い理解なしに無邪気安直に取り組むと、労多くして功少ない目に合いかねないのは他のマネジメントシステムの比ではなさそうです。
QMSやISMSなどマネジメントシステム規格には必ず「意図した結果(または意図した成果)」とか「リスク及び機会(または機会及びリスク)」というキーフレーズが出てきて、シンプルな表現で騙されそうになりますが深い意味を正しく読み取らないと規格の意図を取り違えます。
詳細は省きますが、たとえば品質マネジメントシステム(以下QMS)でいえば、「意図した結果」とは良品だけが生産販売され顧客要求事項を必要十分・過不足なく実現することであり、不良品を作らないか顧客に提供しない仕組みを維持改善することがQMSの要求事項だと言えます。

「意図した結果を達成」する確信を高めるために「リスク及び機会」に取り組むことが求められているので、その製品に対する顧客要求事項(一般的には製品検査合格基準)を大きく上回る高性能化や高精度化は基本的に機会の追及にあたらず、QMSが目指していることには該当しません。
いっぽうで「リスク及び機会」に取り組むことが求められているのに、その取り組み方には何の要求も指針もなかったのが従来のマネジメントシステムだったわけで、そこに新たに秩序を作ろうとしているのがIMSなわけです。
つまり、IMSの目的(のひとつ)は、「意図した結果を達成できない製品、つまり不良品を作らない仕組みの構築」という業務を仕組み化・手順化・標準化することにあるといえます。
これは規格の1.0適用範囲の1.2b)で、「斬新的なものから革新的なものに至るまで、あらゆる種類のイノベーション」が指す「斬新的なイノベーション」に該当し、現場での創意工夫や業務のカイゼンといった、いうなれば低次のダイナミックケイパビリティの実践プロセスを標準化しようということです。
斬新的なイノベーションを1階部分だとして、2階であり高次ダイナミックケイパビリティともいえる革新的なイノベーションの仕組み化・増進も狙っているからわかりにくく実行しにくくなっているのがIMSです。
そもそもマネジメントシステム規格でありマネジメントすることが趣旨なので、これを導入することで低次ダイナミックケイパビリティレベルの有益な寄与はあるはずですが、それによってイノベーションの革新性や経済価値が高められるものではないし、イノベーションの乏しかった組織が量産できる組織にたちまち変貌できるわけではなく、そのためにはいまだ正体不明な高次ダイナミックケイパビリティを強化する必要があることを理解する必要があります。
おそらくですが、品質マネジメントシステム(QMS)や情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)を導入していない企業にはそもそも使いこなすことはできず、かつ、それらを導入していても効果を出せていない企業すなわちマネジメントシステムの何たるかがわかっていない企業には、導入メリットは期待薄なのだろうと思えます。
以下がISO56002の項建てになります。
0.0A 一般
0.1 概論
0.2 イノベーション・マネジメントの原理原則
0.3 イノベーションマネジメントシステム
0.4 他のマネジメントシステム規格との関係
1 適用範囲
2 引用規格
3 用語及び定義
4 組織の状況
4.1 組織及びその状況の理解
4.2 利害関係者のニーズ及び期待の理解
4.3 イノベーションマネジメントシステムの適用範囲の決定
4.4 イノベーションマネジメントシステムの確立
5 リーダーシップ
5.1 リーダーシップ及びコミットメント
5.2 イノベーションの方針
5.3 組織の役割 責任及び権限
6 計画
6.1 機会及びリスクへの取組み
6.2 イノベーションの目標及びそれを達成するための計画策定
6.3 組織構造
6.4 イノベーションのポートフォリオ
7 支援体制
7.1 経営資源
7.2 力量
7.3 認識
7.4 コミュニケーション
7.5 文書化した情報
7.6 ツール及び方法
7.7 戦略的インテリジェンスのマネジメント
7.8 知的財産のマネジメント
8 活動
8.1 活動の計画及び管理
8.2 イノベーションの取組み
8.3 イノベーションのプロセス
9 パフォーマンス評価
9.1 モニタリング, 測定, 分析及び評価
9.2 内部監査
9.3 マネジメントレビュー
10 改善
10.1 概論
10.2 逸脱 不適合及び是正処置
10.3 継続的改善
※JIS規格やISO規格も著作権の保護対象になるのでうかつに抜粋できないのですが、これくらいなら許してもらえるでしょう。
4 組織の状況、5 リーダーシップ、6 計画、7 支援体制、8 活動、9 パフォーマンス評価、10 改善 を全体でとらえると、QMSと同じくIMSも大きなPDCAをまわす仕組みであることがわかります。

6.3 組織構造、6.4 イノベーションのポートフォリオ、7.6 ツール及び方法、7.7 戦略的インテリジェンスのマネジメント、7.8 知的財産のマネジメント、が、品質とイノベーションの違いに合わせてチューニングされているほか、
8 活動(QMSでは 8 運用)
の内部のアクティビティが、QMSでは小さなPDCAになっているのに対し、IMSでは試行錯誤的反復的な取り組みで表現されているという違いがあります。
従来のマネジメントシステム(QMSやEMS、ISMSなど)は、大きなPDCAのなかで小さなPDCAをまわす、つまり全体方針や年間計画の大枠のなかで個別テーマの計画/実行/測定評価/対策改善を行い、大枠に戻って総まとめレビューを次年度方針のインプットにする、といった入れ子PDCAの取り組みです。
イノベーションマネジメントシステム(IMS)は、外側の大きなPDCAは同じ考え方にもとづいているものの、最内部ループはPDCAではなくて、
機会の特定(8.3.2)⇒【コンセプトの創造(8.3.3)⇔コンセプトの検証(8.3.4)】⇔ソリューションの開発(8.3.5)⇒ソリューションの導入(8.3.6)
という反復ループになっています。

これはむろん、イノベーションに大なり小なり不確実性があって、ほぼ結果が予測できる従来のマネジメントシステム対象と異なり行きつ戻りつせざるを得ないことに加え、試行錯誤によって新たな周辺知識を得ることも重要な目的だからです。
ISO56002の文中、0.4他のマネジメントシステム規格との関係 に、
その他のマネジメントシステム規格とのバランスを取ることが可能
この規格を組織内で単独の手引きとして採用することが可能
というフレーズがあります。
他のマネジメントシステムに取り組んでもいないし使いこなせていないのにイキナリIMSだけ取り組むのは決してお勧めできないとして、このシステムは他のシステムと共存することを前提に設計されています。
ちょっと業界知識になりますが、附属書SLの定める上位構造(High Level Structure)に従っているから大きなPDCAはほかのマネジメントシステムと共通構造になっていて、その昔に比べてマネジメントシステムの統合はとてもやりやすくなっています。
異なるマネジメントシステムは異なる問題意識で対象が違うので、たとえばQMSはルーチンに繰り返される付加価値生産プロセスの確実な達成、ISMSはビジネス情報の機密性、完全性、可用性の必要十分な維持を通じたビジネス成果の確実な達成、IMSは新規の付加価値(機会)の試行錯誤的な実現手順の標準化を通じたイノベーション活動の確実な達成、といった具合です。
ちなみに機会と対で扱われることが少なくないリスクは、リスクマネジメントシステムが取り扱うテーマといえます。
製造現場はQMSだけ、研究開発部門にはIMS、という考え方ではなく、製造現場にもルーチンな活動はもちろんカイゼンや外乱・内乱への対処といった低次ダイナミックケイパビリティの実践は必要だし、研究開発でも指揮命令とか実績管理とか定型の仕組みはルーチンに繰り返されるから、どの部署・部門でも、比率は異なるもののQMS、IMS、ISMS、RMSは混在するべきだし使い分けることがビジネスの効果効率を高めるうえで重要だと言えます。
とはいえ高次ダイナミックケイパビリティに関わる実装は、まだ有効性が検証された取り組み手法がないことも多いのに、規格では「~すること」とか「~することが望ましい」とかサラッと書かれているので、成果を出すのは容易でないといえます。