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08 イノベーションのための戦略作法/リスク対応編

(2024/04/02)

第7話 マッキンゼー7Sの今日的意義を再考するでマッキンゼーの7Sが組織の有効性やイノベーションの生起に影響しそうなことはわかったので、まず7つのSのうち戦略(Strategy)について、どのような説や指摘があって、イノベーション促進のためどういった配慮ができそうか、少し掘り下げてみます。

注:組織の状況や経営環境によっては、必ずしも一般論が当てはまらない場合もありえます。

企業活動における戦略の位置づけ

本論に入る前に、マッキンゼー7Sのように組織でなく戦略から検討を始めるべき理由を確かめておきます。

組織の行動は、むろん想定外の環境変化が起きた時にそれに対処するために実施することもありますが、通常は、当面実現したい目標があってそれを実現するために行動する、OODAではなくPDCAに即した活動が主体でしょう。

PDCA

つまり行動を起こすよりどころとして最上位のミッション(企業としての存在目的)に準じた目標設定が必要であり、いつまでにどういう状態に到達しなければならないか、そのために何をどのタイミングでどのくらい実行するか、という順で計画を立てて実行に移すのであって、目標があいまいだと、うまくいったかどうか判断できず学習もできないし、実現したい状態次第でとるべき手段も必要なリソースも異なるから、取り組む手はずを考えることさえできなくなります。

やむを得ず創発的・探索的に行動せざるを得ないこともあるとはいえ、計画なしに取り掛かるのは出たとこ勝負の場当たりであって経営ではないしましてや目的がないのは論外なので、やはりまず最初に目的に準じた適切な目標設定と計画立案は必要です。

マッキンゼーの7Sは、Strategy(戦略)、Structure(組織構造)、System(システム・制度)、Shared value(共通の価値観・理念)、Style(経営スタイル・社風)、Staff(人材)、Skill(スキル・能力)でしたが、このなかで目標決定プロセスを含むのは戦略だけであって、ゆえに戦略立案から着手しないと物事が進まない、ということになります。

※いうまでもなくShared value(共通の価値観・理念)あるいはミッション、Style(経営スタイル・社風)がないと目標という戦略意思決定ができないので、戦略以前にそれらありきですが、ここではそれはそれなり整っていると仮置きして詳細は後ほど考えます。

補足すると、仮に実行する内容自体が同じでもそのたびに経営環境も実行環境も異なるという点で、戦略はいつも初めての試みであり、かつ従来実現できなかった付加価値を創造するための活動なので、経営戦略とは広義のイノベーションの一形態であると言っていいと思います。

経営戦略のVUCA耐性

経営戦略が「企業が組織や利害関係者に価値を提供し、市場で競争優位を確保するための戦略的な取り組み(Wikipedia)」であるからには、少なくとも昔(VUCAでない従来のような安定した経営環境下)は正しく立案し実行されれば有益だったはずです。

イノベーションなり組織変革が必要なのもダイナミックケイパビリティが求められるのも、ある意味では経営環境が変化するからでそのために戦略をたてる筈なのですが、問題は従来の経営戦略の運用では、実行するうちに環境変化が起きること、それによって戦略が目指した効果が得られなくなることについてあまり認識されておらず対処が適切といえないことです。

それはそもそも経営戦略の母体である経営学が、企業経営事例を単純化し静的モデルとして理論化してきた学問だから、予測外の環境変化とか不確かさによる影響をモデルに反映しきれていないのかもしれません。

イノベーションの取り組み自体も経営戦略の一部分なので、戦略が環境変化に弱いのでは前提としていた戦略全体の整合性が崩れ、戦略の成果と企業目的が乖離して有効性が低減するし、イノベーション戦略自体が変化に弱いのは論外なので、変化とか不確かさへの対処手法を戦略に組み込む必要があるといえます。

変化とか不確かさという表現をしましたが、実は経営環境変化には一時的突発的な変化例えば為替変動や自然災害などと、継続的な変化例えば高齢化や化石燃料の枯渇や技術進歩などがあり、またそれほど変化として認識されるわけではないが情報収集が難しく実態をつかめない要因もあって、実は根本的に対処の考え方や取り組み方が異なります。

※ここでは主として企業業績にとって好ましくない変化の影響について考察しますが、発生が予測できない一時的変化には経営に好ましい影響もあるし、継続的な変化も見方を変えると好ましい影響もあるので、両面から考える必要があります。

曖昧さに対処する

ある程度発生確率を予想できる状況変化、いわゆるリスクによる影響に対処するための、合理的で科学的な理論がリスクマネジメントです。

調べればわかる事なのでここでは詳細は省きますが、『企業が経営を行っていく上で障壁となるリスク及びそのリスクが及ぼす影響を正確に把握し、事前に対策を講じることで危機発生を回避するとともに、危機発生時の損失を極小化するための経営管理手法』(2016年版中小企業白書 第2部第4章)であって、これを実践することで正確に影響を把握できるかどうかはともかく、合理的に損失を減じることができるというわけです。

確率

※繰り返しになりますが、リスクマネジメントシステムの規格ISO31000では「リスク」は「目的に対する不確かさの影響」と定義され、好ましくない影響のみならず好ましく思える影響もリスクとされます。

リスクマネジメントシステムを構築したり環境変化を察知し適切にリスク対応を発動するためにはダイナミックケイパビリティが求められますが、運用自体はマネジメントシステムなのでルーチンに行えます。

リスクの低減、回避、移転(共有)、受容といった対処には、コンティンジェンシープランの準備実行やリアルオプションなどの選択肢も含むとよいでしょう。

リスクマネジメントは、当初の目標を変動から守って達成するうえで有益だし、当初の目標を上方/下方修正せざるを得ない場合の判断にも有益な示唆を提供してくれます。

VUCAになってリスクの出現頻度が増えてきたことで、従来だと運用負荷が少なくなかったリスクマネジメントですがコストパフォーマンスが相対的に高まってきたと考えていいでしょう。

変化に対処する

戦略や戦術の着手段階・実行段階で、環境変化を把握しリスクに応じて方針修正しさえすればいい成果を出せるのに、それを怠り残念な結果になるケースが少なくないのですが、それにもまして問題を抱えるのが中長期戦略の見直しの稚拙さかもしれません。

短期で生じる不規則変動にはリスクマネジメントが効果的だとして、不確実性は高いが致命的かもしれない(あるいは千載一遇のチャンスかもしれない)変化や傾向変動(長期にわたる持続的な変化)には、昨今かなり認知が高まってきたシナリオプランニングで将来シナリオと対処計画を決めるのが良さそうです。

傾向変動

シナリオプランニングはロイヤル・ダッチ・シェルの事例で有名なフォーサイト(未来洞察手法)の一つで、この事例をとても単純に言ってしまえば事態の発生に遅滞なく対処するため事前に対処案のコンセンサスをとっておきましょう、というBCM(事業継続マネジメント)に通じる話で、BCMは緊急事態発生後の損害の抑止低減が主眼なのに対し、シナリオプランニングは機会活用的なニュアンスで語られることが多いようです。

もっともシナリオプランニングで確実に未来を予測できるわけはなくて、何か予兆が現れた時に適切に解釈しオロオロせず比較的容易早急に対策実行の合意が取れて、事後に意思決定者の判断の甘さに対する批判が生じにくい、という理由で採用が進んでいるように感じられなくもありません。

シナリオプランニングは語る人によってやや流儀があるようなのですが、うまく使えばインパクトをチャンスに変えられる可能性があり、自分がそれ以上に興味を持っているのはむしろ、未来の顧客課題を推測しうるシナリオからバックキャストすることで、戦略的に傾向変動に乗じたイノベーションチャンスを掴めそうなことです。

シナリオプランニングほかフォーサイトについてはここでは解説はしませんが、

シナリオ分析の技法 北岡 元 インテリジェンス・マネジメント1巻 (2009)1号
世界における予測活動の最近の動向 横尾 淑子 科学技術動向 2014 年 5・6 月号(144 号)
シナリオ・プランニング 西村 行功 日本LCA学会誌/10 巻 (2014) 3 号
不確実性下における戦略手法に関する一考察 手塚貞治 立教DBA ジャーナル第11 号

などネットでもかなり独学できるし、また公開された未来年表や科学技術予測として

科学技術予測・科学技術動向 文部科学省 科学技術・学術政策研究所(5年ごと)
NRI未来年表 2024-2100 野村総合研究所 2023年12月
未来年表 博報堂 2024/01更新

など、根拠の有無を含めいろいろありそうです。

変化を予測する意義とは

今入手できる情報で人間に未来が予測できるかといえば、そんなことは不可能だと断言できます。

だいぶ昔からBCM(事業継続マネジメント)界隈ではパンデミックに対する注意喚起がされていて、現実に202X年に新型コロナウィルスが大流行したわけですが、発生源のC国が発生を隠蔽するとか、人種によって感染率や致死率が違うとか、ロックダウンなど対策の実施方針が国によって異なるとか、幸運なことにかなり早期にワクチン供給がはじまった事、など、誰も予想だにできなかったことが多すぎて、流行の拡大状況はおろかビジネスへの影響は全く予断できないものでした。

実際VUCA以降予測困難な状況はますばかりで、果たして未来予測することに意味があるのかと思いたくなるのですが、この記事の読者ならばその不安を抱えながらも未来予測は必要なことと信じて実践しているだろうと思います。

実際のところ、リスクマネジメントやフォーサイトにどのくらいのご利益があるかは、やった場合とやらない場合の比較ができないので、調べてもわからないだろうと思います。

とはいえ、効果が出るのに時間を要する対策を備えておかなかった場合でリスクが現実のものになったら損害を軽減することは不可能だから、リスクによる損害の期待値を下回る負担で対策できるなら準備する価値はあるはずです。

また予想できていた変化には迷わず対処できるし、それなり体系的に未来予測していればリスクに対する知見も体系化できるから、寝耳に水の事態は避けられるでしょう。

まったく事前検討がなされていないと、危機が迫って十分な検討余裕がない中で関連する情報収集や分析を全部やらなければなりません。

人間はストレス下で意思決定するといわゆるテンパって不合理な判断を下すことが認知科学で広く知られていて、しかも状況悪化はどんどん進むので、ある程度生起確率と損害度合いが概算できるリスクなら、「備えあれば憂いなし」とまでは言いませんが事前に対応しておく方が分別があって合理的だと言えます。

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