
(2025/02/04)
イノベーションが企業価値増大に貢献するためには、イノベーションが全社戦略を実現するうえで有益な取り組みであるとともに、全社戦略が会社のあるべき姿や使命を効果的に実現しうるものでなければならず、いいかえれば、経営環境や自社アイデンティティと全社戦略とイノベーションの取り組みに一貫性が不可欠と言えます。
ISO56002はイノベーション戦略が全社戦略に準拠することを要求しているものの、全社戦略と会社使命・ビジョンとの整合性まで言及し要求できる位置づけの規格ではないので、全体一貫性を確保するにはISO 9004/JIS Q 9004(以降ISO 9004)でISO56002の上流を補強することが不可欠であるといえます。
この記事では効果的なイノベーションマネジメントの仕組みを効率的に作るために、ISO 9004とISO56002をどう読み解き、どんなことをどういう手順でやっていけばよいか、著作権抵触リスクをナニゲに回避するためほどほど端折りながらになりますが、ざっくり全体像を説明します。
一般的にマネジメントシステムはPDCAが2層入れ子状構造になっているといわれます。
すなわち、
┏ PLAN:箇条4、箇条5、箇条6、箇条7
┃ DO:箇条8
┃ ┏ PLAN:箇条8.1、箇条8.2、箇条8.3、箇条8.4
外側┃ 内側┃ DO:箇条8.5、箇条8.6
サイクル┃ サイクル┃ CHECK:箇条9
┃ ┗ ACTION:箇条8.7
┃ CHECK:箇条9
┗ ACTION:箇条10
外側の大きいサイクルがマネジメントシステムの基本設計~システム改善と年間計画、内側の小さいサイクルが個別マネジメント対象テーマの対処活動サイクルに該当する、という考え方です。
箇条4の「組織や経営環境の理解」は昔からPLANに分類されることになっていて、それをいまさらとやかく言う気もないのですが、情報収集や分析を計画に入れ込むのはどうも十把一からげみたいで居心地がよくないのです。
ここではイノベーションマネジメントがISO 56002だけでは不十分と考え、その実装手順をISO 9004とハイブリッドで考えることにして、
●ISO 9004の手順は観察(Observe)-方向づけ(Orient)-意思決定(Decide)-実行(Act)からなるOODAループ
として扱い、さらに
●OODAループ実行(Act)の内部にISO 56002の外側PDCAおよび内側の試行錯誤ループ(機会の特定/コンセプトの創造/コンセプトの検証/ソリューションの開発/ソリューションの導入)からなる2層入れ子サイクルを入れ込む
、という3層構造の建付けで考えます。

昨今はVUCAなので経営環境変化を予測するのは容易でなく、「組織や経営環境の理解」の結果をもとに対応を計画したところで、中長期でうまく予定していた通りになるようなことはむしろ稀です。
PDCAは事前に落としどころを計画できる予定調和的な取り組みに適合したフレームワークで、状況変化が早いときや激しいときは実行中に前提としていた環境が変わり計画・現状の乖離が大きくなりすぎて、にっちもさっちもいかなくなります。
必ずしもOODAも完全ではないものの、やはり「組織や経営環境の理解」はObserveと考えるのがふさわしく、それをふまえOrientしDecideしたのち、実際にISO 56002をActするという流れがおさまりが良いと思えるのです。
わかりやすいようにもとの規格から項番を引用併記し、ISO 56002の項目は560002、ISO 9004の項目は9004と付記していて、ISO 56002とISO 9004のいずれにも記述されていない加筆事項は項番なし(----マーク)で補足しています。
注)ここではISO 56002とISO9004に敬意を表してその項建てに準じた記事にしていますが、両規格ともやや旧来の作法や概念などに準じていることもあり、本質を理解しより良いアプローチや手法を取り入れることが肝要です。
(9004)4.2.1 a)全ての利害関係者を特定し,そのニーズ及び期待並びに組織のパフォーマンスに対する個々の利害関係者の潜在的な影響を明確にするため,定期的に組織の状況を監視し,分析し,評価し,レビューする
・・・・etc.
(9004)5.2 どの利害関係者が次の事項に該当するか明確にする
a)組織の持続的成功へのリスクとなる
b)組織の持続的成功を強化する機会を提供できる
・・・・etc.
(9004)5.3 外部及び内部の課題(を把握する)
(9004)5.3.1 a) 法令・規制要求事項 b) 分野固有の要求事項及び合意事項 c) 競争 d) グローバル化 ・・・
(9004)5.3.2 a) 規模及び複雑性 b) 活動及び関連するプロセス
・・・・etc.
(9004)6 組織のアイデンティティ(を見つめなおす)
(9004)6.2 a) 使命:組織が存在する目的 b) ビジョン:組織がどのようになりたいのかについての願望 c) 価値観:組織の文化の形成に役割を果たし,使命及びビジョンを支持しながら何が組織にとって重要なのかを明確にすることを意図する原則及び/又は思考パターン d) 文化:組織のアイデンティティと相互に関連する,信念,歴史,倫理,観察される行動及び態度
ISO 9004の特徴的なところは、組織のアイデンティティ(使命、ビジョン、価値観、文化)の自問自答を前提にしていることで、ISO9001やISO14001では気にもされていない要求です。
長期的な内外の課題や想定できるリスク次第では、使命に相当する理念やミッション、パーパスなどの軌道修正さえも必要になるでしょう。
自らのありようを見つめなおしたうえで全社戦略立案に臨むかどうかが良い会社と並の会社の違いの始まりであり、イノベーティブな会社になれるかどうかの分岐点になるといえるのかもしれません。
(9004)7.1 リーダーシップ一般(組織アイデンティティ統一浸透)
(9004)7.1.1 a) 簡潔かつ容易な方法で,使命,ビジョン,価値観及び文化の採用を促進し,目的の統一を図る。 b) 人々が組織の目標の達成に積極的に参画し,コミットメントする内部環境を生み出す。 c) トップマネジメントが確立したとおりに,目的及び方向性の統一を促進し,維持するよう,適切な階層の管理者を励まし,支援する。
(9004)7.1.2 a) 組織のアイデンティティの確立 b) 信頼及び誠実の文化の促進 c) チームワークの確立及び維持 ・・・etc.
(9004)7.2 方針及び戦略
組織(全社)の方針という形で組織の意図及び方向性を提示、戦略は,組織のアイデンティティ,組織の状況及び長期的な展望を反映すること
(9004)7.3 目標
組織の方針及び戦略に基づいて組織の目標を定めて維持し,展開、様々な部門と階層との間でのすり合わせのための議論を奨励、目標は,短期的及び長期的に定め,明確に理解できるものとする
(----)0 ロードマップ
自社将来像(ビジョン)、それに至る自社全体のロードマップ作成、短期~中期のステージに区切って短中期のロードマップ作成

Orientではまず、よほど急を要す深刻な課題や目先の大問題があるのでなければ、比較的遠い将来のあるべき姿を目指した全社的・長期的な方向付けをしたうえで当面の対処を考えるべきでしょう。
注)ここでは理解の簡単のためiso9004に準拠した説明にしていますが、未来を決め打ちすることなど不可能に近いので、実際に取り組むときは未来洞察手法など取り入れ、起こりうる未来に幅を持たせて戦略を立てます。
方針や戦略、目標はほとんどの会社で決定されるでしょうが、その土台としての組織アイデンティティがあやふやだったり浸透が不十分だと、当然ながら施策の統一感が乱れ、構成員のベクトルが揃わず組織内部の協調効率は下がり、目標未達・戦略不達が起きます。
とはいえ遠い将来のあるべき姿は現状とのギャップが少なくないから、どのような道筋をたどってそこにたどり着くのがよさそうか、そのシナリオとして戦略や技術の中継地点を示すのがロードマップで、プロジェクトマネジメントとかMOT(技術経営:Management of Technology)で使われる手法です。
段階的にありたい姿に近づくステージごとの全社方策を考え、絵すごろく(古い/笑)のように最終目的への道筋をステップバイステップで示して現実的な目標を提示するわけです。
(56002)5.1.3 イノベーションのビジョン
イノベーションのビジョンを確立し、実施し、維持する
(56002)5.1.4イノベーションの戦略策定
最終イノベーションに至るため、途中のイノベーションを順次クリアするための戦略+イノベーション以外の戦略の設計
(56002)5.2イノベーションの方針
イノベーションの基本スタンス、目標の設定のための枠組み
(56002)4.4.3協働マネジメントの設計
a) イノベーションの戦略、 目標並びに既存の能力、 経営資源、知識及び力量
・・・・etc.
(56002)4.1.1価値実現機会の決定
(56002)4.2 利害関係者のニーズ及び期待の理解
(56002)4.2.1 a) 及び機会が存在する分野に関係する内部又は外部の利害関係者、現時点の又は潜在的な利害関係者
イノベ-ションマネジメントシステムの基本設計
(56002)4.1.1a)組織のイノベーション・マネジメントシステムが意図した成果を達成するための組織の能力に影響を与えるもの
(56002)4.3 イノベーションマネジメントシステムの適用範囲の決定 イノベーションの意図、並びにイノベーションマネジメントシステムの境界及び適用可能性
(56002)4.3c)シナリオ
(56002)5.1.1b) イノベーションのビジョン、戦略、方針及び目標
(56002)5.3 組織の役割 責任及び権限
観察(Observe)、方向づけ(Orient)で実施したことは、当面だけでなく長期的な全社環境把握・戦略・長期ビジョンなど、イノベーションマネジメントシステムを設計するための環境理解・方向性の決定であったのに対し、いよいよイノベーションマネジメントシステムの構成要素を設計し、前提条件を確定するステージと言えます。
イノベーションはあくまでひとつの戦略ステージをクリアするための手段のひとつであり、全社戦略のビジョンやロードマップの構成要素のひとつとして、ビジョンやロードマップに違和感なく入れ込むことが重要です。
ようやくISO 56002の項番が登場してくる段階で、逆に言えばここまで(Observe、Orient)を念入りにやっていないと、意思決定(Decide)の足元がぐらつき、結果、実行(Act)の軸足が定まらず残念でとんちんかんな事態を招くといえます。
とはいえいうまでもないことですが、絶賛Decide中、絶賛Act中であっても、常にObserveを継続し、重大な環境変化があったらその影響を評価し、場合によっては戦略を組み替えたりいま行っていることを破棄してOrientに戻る、勇気ある撤退をためらわないことも重要です。
イノベーション活動の下地作り・方針決定
(56002)4.4.2 組織文化
(56002)4.4.2.1組織環境提供
(56002)4.4.3 協働をマネジメントするための方法
(56002)4.4.3c) 外部との協働のための種々のアプローチ,方法, 規則及び契約
(56002)4.4.3d) 知的財産に関する論点
イノベーション体制の構築
(56002)6.3 組織構造
(9004)7.4 コミュニケーション
実行(Act)に入ってもただちにISO56002のPDCAサイクルに入るわけではなく、PDCAをまわすための土台作りが必要です。
観察(Observe)、方向づけ(Orient)で長期の方向付けをやるとして、それに矛盾しないように、実行(Act)で短期~中期でイノベーションへの方向付け、対処すべき事項の調査分析方向付けをします。
(56002)6.1.1取り組む機会及びリスク
(56002)6.1.2a)許容されるリスク, 又は許容されないリスクの程度及び種類決定
(56002)6.1.2b)取組みのIMSプロセスへの統合及び実施、取組みの有効性評価
(56002)6.2.1適切な職務及び階層において, イノベーションの目標(年間)を確立
モニタリング/目標達成
(56002)9.1.1.1a)モニタリング及び測定の対象 b)モニタリング, 測定, 分析, 並びに評価のツール及び手段
c)モニタリングの実施時期 d)モニタリング結果分析評価時期 e)責任者
(56002)6.2.1c)測定検証方法/モニタリング方法
(56002)6.2.2目標達成計画策定、必要リソース、スケジュール、ポートフォリオ、結果評価方法
・・・・etc.

(56002)6.3実行組織構造決定/設置(サポート組織含む)
(56002)6.4ポートフォリオマネジメント
(56002)7.支援体制
(56002)7.1経営資源
(56002)7.2力量(IMS運用要員、イノベーション支援要員/イノベーション実践力量)
・・・・etc.
マネジメントシステム自体の運用設計を行い、必要なリソースを見積もり枠取りし、今期の取り組み全体像を確定します。
(56002)8.1 活動の計画及び管理
評価基準とモニタリング手順、記録手順、変更管理手順、予実差異分析、外部活動管理
(56002)8.2.1a)スコープ設定、b)活動モニタリング方法確立、c)意思決定チーム・・・
(56002)8.2.2 オープンイノベーション方針決定
試行錯誤ループに取り組む前に、個別のイノベーションテーマ活動についての個別具体の取り決めをして、プロジェクトごとの詳細設計・実施準備をします。
ニーズや期待、イノベーション環境についての洞察と知識を踏まえ、機会を見出して優先順位付けをします
input:組織状況,イノベーション意図,イノベーション範囲,過去の学び・・・
output:実現価値,潜在的影響,定義・優先順位付いた機会,存在領域,問題記述,動向の理解
特定・定義された機会をもとに、新たなアイデア、潜在的なソリューション、又は既存のアイデア若しくはソリューションの組合せを生み出し、それを文書化し評価し、価値提案・アイデア及び潜在的なソリューションから現実のソリューションコンセプトを開発します
input:特定及び定義された機会
output:初期コンセプト、不確実性・仮定認識、リスクや 新規性の評価
コンセプトの不確実性, 仮説又は仮定を検証し、不確実性を低減するために学習し新たな知識を創造するとともに、コンセプトを調整及び改善し、仮説又は仮定へ対処します
input:初期コンセプト
output:コンセプト洗練,不確実性低減、利害関係者との関係(?)、新たな知見
コンセプトから実用的なソリューションを開発し、それを内部で開発するか外部調達するか、導入リスク有無、導入に必要な能力などを検討し確立します
input:検証済コンセプト
output:ソリューションによる価値実現モデル、導入計画、知的財産権含む導入条件
ソリューションを利用可能な状態にし、普及を推進し支援すること、利害関係者からのフィードバックをモニタリングしソリューションを改善し、新たな機会のきっかけとなるように、導入後も新たな知識を獲得します
input:ソリューションコンテンツ
output:価値実現、利害関係者の採用と影響、改善するための知見知識
いうまでもなく、「機会の特定」「コンセプトの創造」「コンセプトの検証」「ソリューションの開発」「ソリューションの導入」は単純に一方向に進むわけではなく、試行錯誤的で非直線的・反復的に実施するイノベーションの中核プロセスだといえます。

さらっと書きましたが、一筋縄ではいかないことは承知の通りです。
(56002)9.1 モニタリング, 測定, 分析及び評価
(56002)9.1.2.1イノベーションパフォーマンス,イノベーションマネジメントシステム有効性・効率性の分析評価
(56002)9.2 内部監査
(56002)9.2.2a)監査プログラムを計画確立実施維持
・・・・etc.
(56002)9.3 マネジメントレビュー
いわずもがな、PlanとDoを適切に回せたか、PDCAの設計は妥当で効果的効率的であったか、マネジメントシステムそのものを検証する段階であって、戦略やビジョンが正しく組織アイデンティティがしっかりしていることが大前提になります。
逆に言うとISO56002は全社戦略やビジョンや組織アイデンティティのCHECKを求めておらず、PDCAのなかではそれらの妥当性は念頭外といえます。
ISO56002が他のマネジメントシステムと異なっている点として、9.1.2.1イノベーションパフォーマンスで、イノベーションの結果のパフォーマンス分析評価を求めていることがあります。
QMSやEMSはマネジメントシステムのパフォーマンス及び有効性の改善は求めても、マネジメント結果、つまりビジネスのパフォーマンス改善度合いの評価は求めていないです。
ISO56002は5.1.3 イノベーションのビジョンや5.1.4イノベーションの戦略を求めている手前、その検証をしないとつじつまが合わないということでイノベーションそのものの評価を求めているのでしょう。
(56002)10.2 逸脱, 不適合及び是正処置
(56002)10.2.1d)是正処置有効性をレビュー e)機会及びリスク更新 f)イノベーションマネジメントシステム変更
あくまで全社戦略やビジョンが正しいとしてそれらからのマネジメントシステムの乖離、約束事としてのマネジメントシステムからの逸脱・不適合に対する是正です。
(9004)11.4 革新
学習を経験し,組織の知識を増加させるため,革新の結果をレビューすることが望ましい
The results of innovation should be reviewed in order to experience learning and to increase
organizational knowledge.
ISO56002は、5.1 リーダーシップ及びコミットメントの5.1.1 概論で、「イノベーションのビジョン, 戦略, 方針及び目標を確立し」と求めているので、イノベーションそのもののビジョン, 戦略, 方針及び目標は箇条9、箇条10で検証し更新することが求められていると考えるべきです。
とはいえ、イノベーションのビジョンや戦略が立案される大前提となる会社全体の戦略やビジョンは、IMSの上位層にあたるので範疇外であり、マネジメントシステムのCHECK、ACTで是非を議論する対象にはなりません。
いっぽうOODAには、実行(Act)やその前提となる方向づけ(Orient)・意思決定(Decide)を事後レビューするという概念はなくて、次のループで初心に帰って観察(Observe)方向づけ(Orient)意思決定(Decide)はしますが、それで軌道修正できるとはいえ、体験したことを学び洞察しないのはなんとなく腑に落ちません。
ISO9004は、11.4 革新 の本文最後にサラッと革新の結果をレビューすることが望ましい、と述べていて、まさにこの一文がOODAもISO56002もカバー出来ていない全社戦略やビジョンのレビューやフィードバックの仕組みづくりに言及していると思えるのです。
革新の結果を戦略的にレビューし学習し活用可能な新たな知恵とする、つまり知識マネジメントを通じて次のOODAに備えること、その仕組みを築いていくことが組織品質向上の中核活動といえるでしょう。
なお、この記事ではイノベーションをテーマとして規格を読み解いている関係で、ISO56002をISO9004の出口という建付けで記述していますが、ISO9004は単独で読みこむと異なる本来の意図が読み取れるので、その点はのちほど概観します。